18

「わっ!」


『手刀』スキルを全員が発動させ、斗真に狙いを定めた連携攻撃。

装備によって爆発的に上昇したステータスを基に、確実に見えるようになったその手刀攻撃を、斗真は大きなな動きで躱した。

拙いというか雑というか、何もかもが無駄で、見ているだけでもムズムズする。

何故そこでそんな動きを、何故今の攻撃にカウンターを——。

第三者目線で画面越しに斗真を見るなら、そんな感想は容易に頭に思い浮かべる。ましてやアクションゲームや武道に精通している者なら猶更。

陽菜乃も気が気でなかった。


「わわっ!」


転びそうになる動きで、一手二手三手と、攻撃を回避していく。

変幻自在に迫りくる手刀、足刀、尻尾と、三百六十度からの無尽蔵な連携攻撃。

躱してもその先に攻撃が置かれているという不可避を、しかし斗真はギリギリの所で、体勢を崩して躱していた。

無様にも地面をごろごろ転がって、装備をドロドロに汚す醜態を晒してしまうほどに。


「ッ」


顔面に迫った手刀を、斗真は咄嗟に腰から抜いた短剣『竜の牙』でガードして、攻撃を逸らす。体勢を崩した猿モンスターの顔めがけて、一閃。豆腐を切るような感触で、顔上半分がズルリと落ちた。血が舞う。

猿モンスターたちの激昂。

より激しさが増した。


——なんか解ってきたかも。


初めて猿モンスターと対峙した時とあまり攻撃パターンは変わらない。

主に肉弾戦。

足や尻尾の攻撃が加わったとはいえ、地形を利用した変則的な動きをするとはいえ、ステータス向上によってその動きは捉えられている。それに何とか回避できているのは、そうした斗真の直感的判断によるところが大きい。


「ここっ!」


背後からの不可視の攻撃を、斗真は振り返りざまに腕を切り落とした。

痛みにもがくその猿モンスターをすかさず切り捨て、次なる相手に標準を定める。

無駄の多い動きが少しずつ改善されていき、慌てた様子に落ち着きが伴っていく。振るわれる『竜の牙』の軌道も、不安定な線が消えていき、徐々に綺麗な直線や弧を描いて、猿モンスターたちを撃墜していった。

数百いた猿モンスターの気配が、少しずつ少しずつ減っていき——。

残り百を切ったときには、斗真の身体が『竜』に馴染んでいた。

装備によるブーストがあるとはいえ、ここまでとは思いもよらず。

陽菜乃は好奇心でふるふると身体を震わせていた。

ハンターとしての才能は無い、陽菜乃は斗真にそう言った。

直感的判断による、回避と迎撃。

だが装備に振り回されておらず、むしろ装備に身を委ねるように合わせて動いてさえいるような、そんな印象を受ける。

——合わせる。

陽菜乃の私物ダンジョンでスライムを倒した時、その動きはほんの少し、陽菜乃の剣筋に似ていた。複数のスライムを切り刻んだ時に見せたそれは、見えるはずのないもの。しかし、スライムに与えた最後の攻撃は、確かに彼女のそれと若干ながら似ていた。

何かを感じ取り、何かに合わせるように、その力を向上させていく。


「や、やりましたッ、日向さんッ」


そんな斗真の何かを見た猿モンスターが身じろぎして、ようやく撤退した。

畏怖する目で斗真に怯え、その数にまで減らしてようやっと、そうした行動を起こした。

震え切った背中を無様にも晒して、猿モンスターが消えていくそんな様子を伺って、斗真は無邪気にもそんな勝利宣言を陽菜乃に送ったのだ。

子供のようにぴょんぴょん飛び跳ねる様——先ほど感じた冷静沈着な大人びた印象が一気に吹き飛ぶ。


「そうね――それなら階層を一つ上げてみようかしら?」


と、こちらに来る斗真にそう言うと、動きを止めた。「嘘ですよね?」と言いたげ不安そうな視線。自己陶酔と自信過剰には陥っていないようだ。やはりそのあたりは自身の実力を把握しているよう。

むしろその方がいい。

クスリと笑って。


「大丈夫よ、私が後ろについているから。安心して前を向いて進みなさい」


その言葉を聞いて、斗真はこわばった表情を緩めた。

安堵するその姿が、やはり弟と重なった。


「あ、ステータスの確認と、死骸の回収は忘れないように。せっかく討伐したのだから、売却しない手は無いわよ?」


と、陽菜乃からリュックを受け取り、周囲を見回す。

死屍累々。

数百の死体が転がる地獄絵図。

これらすべてを回収するには少し時間がかかりそうだ。


「えっと、入りますかね?」


「無理そうならまた新しいのを上げるわよ」


「あ、ありがとうございますっ」


そう言って踵を返す斗真の後ろ姿。

ほんの少しだけ、不安な気持ちになった。

——もっと、強くなって……。

ギリッと、小さく食いしばった。


「それにしても、ほんと多いなあ」


猿モンスターの死骸。

今回は魔石を含めた全身を、それも大量に持って帰ることができる。

これを精算すると、一体どれだけの金額になるだろうか。

斗真は期待を胸に、リュックを開く。


「『収納』」


『ダウンロード可能』という文字が無数に浮かんでいる中、しかし一つ一つやっていると、陽菜乃に何を言われるか解ったものではない。今回は見送ることにした。

勿体ないといえば勿体ないが、これだけの敵を倒したのだ、レベルがいくつも上がっていてもおかしくない。

すべてを収納し終えるとステータス画面を開く。

レベルが上がると、自分の好きなように能力値を割り振ることができる。

レベルアップ時の通知が来るはずなのだが、戦闘に集中していた斗真にそんな余裕はなかったため、ウキウキした気持ちで画面をのぞき込むと、その表情が一変した。


「あれ?」


レベルが一つも上がっていなかったのだ。

レベルは1のままで、ステータスの変化もない。

経験値場メーターに変動はなく、むしろ色が消えて、これまで蓄えていた経験値が0になっていた。


「え?えっ?どういうこと?」


元のステータスの横にカッコがついて、装備分の数値は記載されているだけで、戦闘前の数字と何も変わっていなかった。


「…………」


「斗真君、どうしたの?」


急に静かになった斗真を見て、後ろから声をかけた陽菜乃。

しかし、全く反応のない斗真に、陽菜乃は正面に移動して。

ボロボロと涙を流す斗真に、陽菜乃はぎょっと驚いた。


「ど、どうしたのよ斗真君?」


「その……レベルが上がってなくて」


「ええ?」


他人のステータスは、他の人には見ることができない。

可能にするには、協会に登録するか、『鑑定』スキルで覗き見するしかない。

ほとんどのハンターは、ハンターとして協会に登録をしても、ステータスの登録をすることはほとんどいない。する者がいるなら、自己顕示欲が迸っている者か、よほどのおバカさんくらいだろう

そしてそのハンターステータスが一切上がっていないという異例。

さすがの陽菜乃も目を丸くした。


「……何が起こってるか、解りますか」


見るからに落ち込んでいる斗真の様子を、陽菜乃はズキリと胸の奥が痛むのを感じて。


「私にも解らないわ」


努めて冷静に答えた。


「……そう、ですか」


「でも、貴方は成長しているわ」


「え?」


顔を上げる斗真に、陽菜乃はにこりと笑って。


「斗真君、あの軍隊猿を一人でほとんど倒したじゃない」


「でも、それは陽菜乃さんが貸してくれた装備のおかげで」


「ええ、それも一因ね」


「ほらそうでしょう?」


「でも、あくまで一因であって、その装備を使いこなして戦えるかどうかは別の話よ」


「……?」


と、首をかしげる斗真に、陽菜乃は一瞬言葉を失う。

——まさか、気づいていない?

自身の適応能力の高さに、本人が自覚していない。

いや、むしろ気づいていないのがいいのかもしれない。

ここは一つ、前向きになるよう方向性を変えて、少しずつその能力を引き出させていく方が理想的だと。

そういうときこそ、急がば回れ。

無理は禁物だ。


「貴方には素晴らしい適応能力がある。その場の様々な要因に対して、逆らうのではなく身を預けるように馴染もうとする。身の丈に合わない装備を強引に使えば、身体も自我も壊してしまう。それなのに貴方ときたら――」


「でも」


「だってその装備——私が初めて装着した時は、まともに扱いきれなくて、逆に怪我をしてしまったくらいだもの」


「え……?」


唖然とする斗真に、陽菜乃はその頭をポンポン撫でる。


「貴方はハンターとしての才能は無いけれど、恐ろしく高い適応能力がそれをカバーしている。だから気を落とすことは無いわ。むしろ私が嫉妬しちゃうくらい」


苦笑いする陽菜乃に、斗真は陽菜乃の目をまっすぐに見た。


「日向さん……」


ジインと熱くなる胸の奥。

しかし、その瞳の奥に宿る何かに。

斗真は察する。


「それじゃあ、次の階層に行きましょうか」


と。

今度は影を落とした怪しい笑みを浮かべて、斗真の瞳を凝視する。


「あなたの力——いったいどこまで通用するのか興味が尽きないのよ、ぜひ付き合ってくれるわよね?」


ガシイッと両手を力強く掴まれて、頭上から覗き込むように見下ろしてくる陽菜乃に、斗真の表情が引きつる。

目があまりにも変態的だった。

S級ハンターには、他にも別に意味がある。

ストイック、偏屈、頑固者、変わり者、偏心、はみ出し者、社会不適合者などなど。

つまるところ。

頭のねじが吹っ飛んだ頭のおかしい人間。

陽菜乃はまだマシな部類だが、こと強さや珍妙さに関しては極度な好奇心を示すため、他人の都合なんて知ったこっちゃないと、強引に突撃する気質も持つ。

格上相手の大男の攻撃を全て躱した斗真の行動。

そして唐突に、無いはずのスキルを試したいと、訓練場に足を運んだ珍事。

試しにスキルの練習がてらに私物化ダンジョンで様子を見ると、まさか剣筋をほんの少し模倣してしまい。

しまいには、特に制御の難しい竜の装備を、危なげに使いこなしてしまうという離れ業まで披露したのだ。

怪奇現象にも等しい存在に興味を抱かないなんてこと。

陽菜乃には我慢できなかった。


——でも、やっぱりあの子にすごく似ているのよね。


モンスターに殺された弟、一輝。

何でも無計画で無鉄砲なところや、無理してでもなんでもやろうとするところがまた。


「さあ、今日は何階層まで行けるのかしらねえ」


と、斗真の手をグイグイ引っ張る陽菜乃に、斗真は涙目で。

しかし、そんな斗真をウキウキした表情で眺めていた。


「ああ、楽しみだわあ」


「僕は是非とも遠慮させていただきたいですッ!」


と、森林に斗真の叫びが木霊した。

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