16

「妹を守るため……素敵ね、良い動機だわ」


と、立ち上がって斗真に近づく陽菜乃。


「でも、そのままでは駄目ね」


見下ろした。


「スライムの群れは簡単に倒せるくらいの実力はつけないとね」


ダメだし。

落ち込む。

それくらいのことは解っている。短期間でそんな高みへと昇り詰められるなんて甘い考えは持っていない。地道にコツコツとやって、少しずつ強くなっていく他ないと、才能がないことくらい理解していると。


「ん?」


と、不意に気づく。


「どうしたのかしら?」


「いえ、このスライムに文字が映ってまして」


「文字?そんなのは見えないけど」


「え?」


他のスライムと同様にぺちゃりとつぶれた風スライムに、猿モンスターと似たような画面が表示されていたのだ。『ダウンロード可能』という緑色の文字、そして、陽菜乃が倒したスライムには、『ダウンロード不可』という赤色の文字が浮き出ている。

しかし、それを視認できるのは斗真だけ。


「…………」


その画面を押すと——。

スキル【風圧】の項目。

斗真は躊躇いながらも選択した。

一瞬だけ頭痛がして、すぐに収まる。


「……いえ、あのスライムが一瞬動いたような――」


パアンッと、風スライムの身体がバラバラに弾け飛んだ。

モロにその残骸を被ってしまった斗真。髪も服もべちょべちょである。


「油断は禁物よ?」


と、良い笑顔で『春の兆し』を納刀し終えた陽菜乃に、斗真は背筋を凍らせた。


「ご、ごめんなさい……」


「解ればいいのよ」


【風圧】を発動させて、斗真に付着したスライムの残骸を吹き飛ばし、ついでに乾燥も完了させた。


「今日はこれで終わりにしましょうか、それとこれ」


そう言って、【アイテムボックス】から取り出した、バックパックの形をした異次元ポーチを手渡した。


「そ、そんな高価なものは受け取れませんよ——」


「言ったでしょう?私には必要ないの。貰ってくれたら、空きが少しできて嬉しいのだけど」


不用品を持ち歩いている。

面倒くさがりなのか、忘れていたのか、売る必要もないほどお金があるのか、理由はさておき。


「……ありがとうございます」


それを遠慮気味に受け取る斗真——おずおずとバックパックを背負う。


「似合ってるじゃない。かわいいわよ」


「はははっ……」


亀の甲羅のような形をしているが、そのバックパック、確かに背後の攻撃からの盾代わりにもなる。ダンジョン産の軽くて丈夫な特殊な金属と、上質なモンスターの革を用いられており、レア以下の武器の攻撃を受け付けない強度を誇る。

世界に数少ない【亜空間】スキル持ちのハンターと、【付与】スキルを持つハンターとの共同で作成されたポーチの上位互換だ。


「早速使ってみなさい」


所々に転がるスライムを指さして、斗真はバックパックを下ろしてスライムを掴もうとして。


「そんなことしなくても、『収納』って言えば全部やってくれるわよ?」


「しゅ、『収納』ですか?」


確認で返した言葉に反応したバックパック。

口がパカッと開いて、ブラックホールの如く、収納できる素材を片端から吸い込んでいった。スライムの残骸だけでなく、その魔石、そして洞窟内の、斗真を中心とした半径一メートル以内の鉱物や魔草までも。


「ええッ!?」


「すごいわね。貴方、結構物知りなのねえ。そのバック、所有者の認識に応じても素材を回収してくれるから、知らないと鉱物とか回収できないんだけど」


チラリと、斗真の周囲を確認した陽菜乃。

ただの石や雑草と見間違えるそれらをこうも違えず、それ以外のタダは一切回収していないという。


「たくさん獲れましたッ」


と、顔をキラキラさせて中を覗き込む斗真に、陽菜乃はクスリと笑う。

恥ずかしそうに伏せる斗真。


「楽しそうねえ」


と、あからさまに笑って。

斗真は顔を赤くさせた。


「?」


気づく。

陽菜乃の頭上に唐突に見えた、『ダウンロード可能』という文字。

目を開いて、それに陽菜乃も反応する。


「どうかした?私の顔に何か付いてるかしら?」


と、『空間収納』から手鏡を取り出して鏡を覘く陽菜乃。

その隙に、斗真は画面を押していた。


『スキル:インヴィジブル——三つまでの対象を認識できないようにする/エピック』

『スキル:空間収納——生命以外の物体を収納できる。限度有り/レア』

『スキル:アクセラレータ——俊敏に1・5倍の補正を掛ける/ユニーク』

————。


スキルに『インヴィジブル』と『空間収納』があるのは解るが、『アクセラレータ』は初めて知る。どのインタビューやサイトにも載っていない情報だ。俊敏を1・5倍という尋常ではない補正値。

レア以下は、大抵のハンターが取得できるレベルのモノが多い。それより上の、エピックユニークは、特殊な条件を満たすか、もしくはダンジョンで手に入る『スキルの書』を使わない限り決して手に入らない。

勝手に動いた手に驚きながら、『インヴィジブル』を迷いなく選択して、頭痛を抱いてすぐ終える。


「何もついていないじゃない」


チェックを終えた陽菜乃が手鏡を片して、斗真に向き直る。

ビクッと震える斗真。

平静を装うも、若干顔が引きつっていることに、陽菜乃が訝しげに見る。


「何かあったの?」


じいっと見つめてくる陽菜乃に、斗真は目元をヒクヒク動かして、上ずった声で「何でもないです」と答えた。


「本当に~?」


「は、はい、ほんとです。信じてください」


嘘つきがよく使うテンプレをものの見事に使用して、陽菜乃からさらに疑いの目を向けられる。

ダラダラと汗をかき始め、ごくりと喉を鳴らす彼に。

陽菜乃は、はあっとため息をついて腰に手を当てた。


「まあいいわ。悪いことじゃなさそうだし」


スキルを正当かつ不正に取得したこと。

何故そうなったのか理解できないが、少なくとも後ろめたさはある。。


「それじゃあ、帰りましょうか」


「は、はい……えッ?」


と、斗真の手を取る陽菜乃に、声を上げた。それはもう、面白いくらいに期待した通りの反応を。

陽菜乃はクスリと笑って。


「ここは私の私物化ダンジョンよ?パーティー登録しているとはいえ、離れたら大変じゃない」


「リ、リーダーの日向さんが『エスケープ』すればそれで済む話じゃないですかッ!?」


「あら、もしかして、女性と手をつなぐのは初めて?」


「は、初めてとか初めてではないとか、そ、そんなことよりもッ!」


と、繋がれた手を離そうとするが、S級ハンターの腕力から逃れられるはずもなく。

そんな斗真の様子をより面白がって。

抱き着いてみた。

むにっと。

ふくよかな胸が押し当てられ、斗真はより赤面した。


「え、あ、え、あ」


魚のように目を点にして、口もパクパクさせた。


「ぷっ、あははッ。ほんとあの子にそっくりッ!」


エスケープ、と。

陽菜乃は笑い声とともにその言葉を口にした。

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