15
「さて……」
打って変わって——。
翌朝、斗真は施設の敷地内にある、大型訓練場へと足を運んでいた。
「どうしよう……」
初めて来た大型訓練場。
メインフロアに到着するまでに、迷路のように入り組んだ道を、案内板を確認しながら二十分ほどかけてようやく、である。そこでは既にほかのハンターたちが訓練に励んでおり、中には組手や決闘と言った模擬戦闘をする者もおり、苛烈さ極める戦場の如く火花が散っていた。
そんな中で、壁際に寄りかかって瞑想する者までいるのだから、さすがと言わざるを得ない。
「……」
スキルを試すためにこの場に来たのに、場違い感が拭えなかった。
ここへ来るとき、周囲の視線が気になっておどおどしていたし、鬼気迫る雰囲気に気圧されてしまった。
入り口で棒立ちしていると、後ろからドンと横へ突き飛ばされる。
「邪魔なんだよ」
と、殺気立ったハンターが数人、斗真の前を抜けていった。
「す、すみません」
「来んじゃねえよ、カスが」
「すみません」
罵倒して訓練場へと向かう彼らの背中を見ながら、斗真は肩を落としていた。
「あら、何をしているの?」
「あ……ッ」
振り返ると、そこには日向ハンターがいた。
昨日は帽子をかぶっていたが、今日は長い髪を後ろでポニーテールに結んでいる。
凛とした彼女にはとても似合っていた。
「あの時の僕じゃない。奇遇ね」
そう言ってにこりと笑う彼女。
斗真は小さくお辞儀して、立ち上がろうとする。
その前に、日向ハンターが先に手を差し伸べてきて、斗真はその手を掴んで立ち上がった。
力強い手だった。
引っ張られる力も相当で、一瞬肩が抜けかけてしまった。
「あ、ありがとうございます、日向さん」
「あら、名乗った覚えはないけど」
「ハンター界隈では有名ですよ。S級ハンターの日向陽菜乃さん、十六歳で最年少最速でS級ハンターに上り詰めた、不滅の女魔剣士だって――」
「よく知ってるわね、ってそれも当然ね」
と、訓練場の廊下に張り出されたポスター。
最高ランクの魔剣『春の兆し』を携えて美しく写る陽菜乃のそれがあったからだ。
街の電子看板や電車内、さらにはウエブ漫画やネットの端に出てくる広告にさえ起用されているほどに、洗練された美と強さを誇る、唯一無二のハンターだ。
「日向ハンター、こんなところにお会いできて光栄ですッ」
と、先ほど斗真を突き飛ばしたハンターたちがやってきて、へらへらと笑って陽菜乃に声をかける。
それには目を細めて——。
「人をぞんざいに扱う人間に興味無いの、それとも、私と手合わせでもしてみる?刃引きしていないこの剣で」
いつの間にか腰から抜いていた『春の兆し』。
ほんのりピンク色に染まった刀身がスラリと伸びて、彼らの目の前で淡く輝いていた。
まばらに混じった赤色——。
そして、陽菜乃から発せられる敵意に。
彼らは慌てて頭を下げた。
「いえいえッ、遠慮しておきますッ、また今度でお願いしますねえ」
そう言って、ギロリと斗真に一瞥しては、そのまま訓練場へとそそくさと逃げるように向かっていった。
「……あんな輩がいるから、日本のハンターは舐められるのよ」
と、『春の兆し』を鞘に納めて、斗真に向き直る。
「ごめんさないね、余計なことをしてしまったかしら」
「い、いえ……そんなことは——」
「謙虚なのねえ。そこは素直にありがとうって言えばいいのよ」
「いえ、本当に——」
と、ほんの小さくチラリと向けた訓練場。
そちらから伝わってくる、妬みや恨みのこもった視線。
何でお前みたいな奴が——というハンターたちの強烈な感情を受け取って。
斗真はさっと視線を逸らす。
「ちょっと場所を移しましょうか」
そう言う陽菜乃に、斗真は首をブンブン横に振るが、少し話がしたい、と強引に誘われて、遠慮気味に陽菜乃の後について行くことにした。
廊下を歩いていると、やはり突き刺さってくる視線。
「こうしましょうか」
パチンと指を鳴らすと、突然周囲のハンターたちがキョロキョロと視線を彷徨わせた。二人を探す彼らだったが、何処にもいないと判断して、仕方なくその場を去っていく。
「あの、何をしたんですか?」
解っていても、訊かずにはいられなかった。
「スキル『インヴィジヴル』——私を含めた三つまでの対象を知覚できないようにするスキルよ」
当たり前のように説明するスキルの内容。
とはいえ、記者のインタビューでも答えているから今更である。
『インヴィジブル』が彼女をS級ハンターにまで昇格させた、エピック級スキル。
「面倒ごとは嫌いなの——無駄を省いてこその人生だしね」
人を避けるように生活しているとも聞こえるその言葉。
「モンスターを相手にする方が断然楽しいわね。他人と関わったところで、別に強くなれるわけでもないし、ダンジョンに一日中身を置く方が有意義よ」
と、そっけなく語る彼女に、斗真は唖然。
美しくも高貴で、凛とした彼女からは冷たい発言。
やはりS級の思考はどこかズレている。
「僕も、そう思います」
と、口にしていた。
その言葉に、陽菜乃の目が輝いた。
「そうよねそうよね、貴方もそう思うわよね」
うんうんと頷きながら、廊下を歩いて先導する。
「政治やら権力やら金やら人気やら——どうでもいいの。街を歩けば日向様日向様って、五月蠅いのよねえ。インタビューとか記者会見とかCMとか無駄しかない。ダンジョン攻略に必要なことだけで十分よ」
と、飄々と話す陽菜乃を見て、斗真は苦笑いした。
「いっそ山に住むとかいいかもしれませんね」
「行ったことあるけど無駄だったわ——顔バレしてるから見つかって大騒ぎだった」
「な、なら海の中とか」
「不便すぎるわ」
「空の上とか——」
「……もしかして、私のことバカにしている?」
「い、いえッ、そんなことはないですッ」
と、慌てて返事をして、陽菜乃からじろりと見られた。
「まあいいわ。仕方ないことだしね」
と、投げやりに言った。
「——それにしても貴方、何しにここへ?」
邂逅一番に訊かれた質問をようやく答えるタイミングが来た。
「新しく取得したスキルを試したくて来ました」
そう素直に答えたのが始まりだった。
その数分後である。
「うわああああッ!?」
陽菜乃にお姫様抱っこされて連れてこられた、陽菜乃の私物化ダンジョンの一つのF級のそれ。
フィールド型のダンジョンの、まだほんの入り口でしかない場所で、斗真はスライムの群れに追い回されていた。
金属系、獣系、自然系と、あらゆる属性と種族が混同された、見たこともないスライムたちだ。
「何やってるの、早くしないと殺されるわよ」
「無茶ですよこんな数~ッ!」
と、わちゃわちゃと十数匹のスライムに追われる斗真。
S級ハンターからすれば、ペットの散歩か何かと受け取る光景だが、斗真にとっては命がけである。
スキル持ちのハンターやベテラン勢にとっては虫同然だが、斗真には熊並みに強敵だ。それも属性や種族持ちのスライムともなると、怪物級である。
「属性・種族持ちのスライムは、一般的なスライムと違って強力な酸を持っていないわ。『手刀』を使って、一気に核を破壊するのよ」
「ですから無茶ですって!」
背後からのスライムから、ぐるぐると円状に逃げ惑う斗真。
陽菜乃は呆れた様に溜息を吐く。
「なら一匹ずつね」
『春の兆し』に手を添えて、チンと音を鳴らした時にはもう終わっていた。
スパパパパッと真っ二つになるスライムたち。
ぺちゃあと地面につぶれて水たまりのようになる。
「スライムも立派な素材よ。枕やベッドに活用されているからね。ちゃんと回収しておくのよ」
残ったスライムに対峙する斗真に言って、陽菜乃は腕を組む。
「……えっと、僕が持ってるポーチは支給品で、回収できても魔石だけなんですけど、おわッ!?」
ヒュンと飛んでくる風切り音を感じとって、斗真は大きく横へ飛んだ。
直線状にある岩石に裂け目が入り、パカッと綺麗な断面を作る。
ゾッとする斗真に比べ、陽菜乃はその場に座って退屈そうに欠伸をした。
「あとで私の使ってないのを上げるわ。それに、何でハンターになろうと思ったのか気になるわね」
ヒュン、ヒュンと飛んでくる風圧を、わあッ、ひいッ、と声を上げながら躱す彼に、彼女は何となく問いかけた。
ハンター協会のデータベースで調べた斗真の経歴。
ハンターになってほんの一、二か月ほど。
入院数はすでに六回。
攻略した未踏ダンジョンはなく、チュートリアルダンジョンを行き来する生活を送っているようだ。稼いだ金銭も微々たるもの。スキルもなく、ステータスも一般的な数値。
それならハンターではなく、普通に学校に通って勉強している方がマシだろうと。
彼には、ハンターとしての才能を感じられなかった。
なのに、昨日の大男——五十嵐工愚の攻撃を全て躱したなんて、どんな方法を使ったのか興味が尽きなかった。
「つ、強くなりたいからですッ!」
攻撃を躱し、斗真はスキルを発動させた。
身体から魔力が消えていく感覚を自覚して、その力が両手に集まるのを理解する。
鋼のように冷たい、刀のように鋭い、凶器を身に纏うという感覚。
それがスキル。
人知を超えた能力というもの。
「何で強くなりたいの?」
雄たけびを上げて、風スライムが放つ風圧をぎこちない動きで避けながら突進する斗真に、おこちゃまだなあと言葉を漏らした。
「妹を守るためッ!やああッ!」
避け切って距離を詰めたところで、風スライムは最後の風圧を放つ。
それを事前に察知していた陽菜乃は、『春の兆し』の柄に手を置いていたが、離した。
ギリギリの所で回避して体に擦り傷は作ったが、そのまま押し切って風スライムを手刀で一刀両断した。
肩で大きく息をして、その場に崩れ落ちる斗真。
地面には緑色に光る属性魔石が一つ、小さく転がっていた。
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