13

——ハッとして。

斗真は駆けだす足を止めた。


「ッ!?!?」


驚く猿モンスターを無視して。

上からの不意打ちの手刀を寸でのところで回避し、反撃に転ずる。

——心臓を一突き。

援護に来た猿モンスターが目を丸くする中、その胸に突き立てる。


「グエ……ア……」


一撃——。

運がよかった、と言う外あるまい。差し込んですぐに、短刀で抉ったのもまた最善だった。

流れ出る血、飛沫する血。

後ろへ倒れる猿モンスターを眺めて、斗真は内側から湧きおこる自信に声を上げた。


「やったっ!」


ビクリと震える猿モンスター。

その相手に、斗真は血濡れた短剣を同じように構えて、突きを繰り出した。


「おりゃああああああッ!」


と。

それをジャンプして躱す猿モンスター。

太い木の枝に飛び乗って、猿モンスターはふるふると震えていた。


「卑怯者め、逃げるんじゃないッ!」


そう言って、短刀をぶんぶん振り回す斗真。

しかし。

飛び乗った猿モンスターは怯むどころか、むしろ怒りに燃えていた。

そんな目つきで、斗真をギロリと見下ろしている。


「え?」


それに気づいて。

それらに気づいて。

斗真はだらんと腕を下げた。

木々の所々に居座る、猿モンスターたち。

一桁の数ではない。

二桁三桁である。

過剰戦力。

しかし仲間が危機に瀕したなら、それを全力で手助けするのが彼らだ。


「あ……」


ガクガクと震える斗真。

その場にへたり込み。

その次に見た景色は。

目の前いっぱいの襲い掛かってくる、猿の群れだった。


——ハッとして。

斗真はすかさず後ろに飛んだ。

そして空を切る猿モンスターの腕。

すかさず腰から短剣を抜いて、構える。

まだ余裕でいる猿モンスターが、こちらへ突きを繰り出してくるのを、斗真は瞬間的に避ける。剣で受け止めるでも、弾くでもなく。

その攻撃を素早く躱して、その手に何故か残っている短剣を突き刺す感触に従って。

猿モンスターの心臓めがけて突き出した。


「ゴエエエ……」


急所を貫かれて。

猿モンスターは力なく倒れていく。

血を吹き出し、地面に血だまりを作って。

その命を手放していった。


「はあ……はあ……」


大きく跳ねる心臓の音。

大きく動かす肩と肺。

初めての、自分より上の敵を。

ただの感覚だけで倒してのけた。


「ぼ、僕って……もしかして天才?」


真っ赤に染まった手を見ながら、斗真は内側から突き抜けてくる自信に。

酔いしれる。


「これなら、E級D級も夢じゃない」


ぐっと拳を握って、未来に花咲く輝かしい自分の将来を考えて。

頬が緩む。


「このままもっと狩りを続けて、もっともっと強くなってやる」


そう言って意気込んだ。

木の陰や草の間などで隠れもせずに。


「ウギイイイッ!」


「あ」


と、今しがた倒した猿モンスターと同じ鳴き声が聞こえ。

振り返った時には遅かった。

グルリと景色が回転して、森の景色が右往左往する。

視界がドッと地面を打って、自分の体と猿モンスターの死骸、そして新たに攻撃してきた猿モンスターの姿を捉える。


「あ……あ……」


首だけが飛んだということ事実を理解できないまま。

斗真の意識は徐々に失っていった。


——ハッとして。

血を流して倒れていく猿モンスターから視線を外して、慌ててその場から離れた。

木の陰に隠れて、猿モンスターの死骸を見つめる。


「……」


何となく、すぐにこの場から離れないといけない、という感覚からここへ隠れているわけだが、まさか本当にそれが功をなすとは――。

仲間の猿モンスターが、直後にやってきたのである。

困惑、そして怒り。

スンスンと鼻を動かして匂いを探る猿モンスター。

そして、こちらをギロリと睨んでくる。


「あ……しまッ」


協会から支給された匂い消しスプレーを体に振るのを忘れていた。

新たな階層ということもあり、緊張ですっかり忘れていたのだ。

支給された低級異次元ポーチを急いで開いて、スプレーを取り出したところで。


「ウッ……」


木の幹ごと、斗真の身体を貫いた猿モンスターの突き。

盛大に血を吐いて、斗真はそのまま意識を失った。


——ハッと。

斗真は、見下ろす猿モンスターの死骸を無視して。におい消しスプレーを振って、木の陰に慌てて隠れた。

その直後にやってきた、猿モンスターの仲間。

吠えた後、鼻を動かして周囲のにおいを嗅ぎ——怒りのままどこかへ行ってしまう。


「ふう……」


息を殺して、安堵する。

死骸に近寄り、ポーチからナイフを取り出した。


「耳と魔石を、っと」


猿モンスターの皮や骨といった素材は、そのポーチの口には大きすぎる。

あくまで支給品、仕方ない。

腹を開き、心臓とは別の供給源となっている魔石。

それを取り出して、ポーチの中に落とした。


「これでよし……」


と、急いでその場から離れようとして。

だが。


「あれ?」


猿モンスターに浮かぶ何かの表示。

テキストのような表示。

『ダウンロード可能』と書かれた、一つの項目。


「……なんだろ?」


その画面に触れてみた。

バーチャルゲームのように表示されるそれ。

触れた途端。


「わッ」


項目が一つ、ポンと出てきた。


「?」


『スキル:手刀——手を刀ように鋭利にし、物体を切り裂き、貫く/コモン』


「何だろ?」


まるでゲームのステータスのような表記。

試しに、【スキル:手刀】をポチッと押すと、《こちらの項目をダウンロードしますか?》

と表示され、次に《YES》《NO》の選択欄が出てきた。


「?」


とりあえず、《YES》を押してみると。

画面が真っ暗に消えて、猿モンスターには『ダウンロード不可』と、紫色に変化した表示が浮かんでいた。


「何が……いッ!?」


頭の中に流れ込んでくる情報、特性。

【手刀】という名のスキルの内容が一気に頭の中に流れ込んできたのだ

痛みは一瞬。

クラッとしたのも一瞬だ。


「何、今の……」


頭の中に無理やり詰め込まれたこの【スキル】。

どう動かしてどう使えばいいか解る。

その効果も、基礎的なものは容易く理解できた。


「スキル『しゅと……」


そう言おうとして、斗真はふらついて近くの木に手をついた。


「え……あれ?」


スキルを使用する際は、魔力を使う。

けれど試す云々以前に、急に体から力が抜けた。


「なんで……」


腕輪端末を開いて、自身のステータスを確認した。

ステータス欄に記載される能力値。

レベル1、と表示された下に続く項目の一番下。

魔力——その残存が0だった。


「……え?」


覚束ない脚に無理やり力を入れて、倒れないよう必死になる。


「スキル……なんて、使ってないのに……なんで……」


原因を考えるのと同じタイミングで、斗真は急いで端末から【エスケープ】を探した。

掠れていく視野の中で、斗真は必死に画面を操作して。


「あった……」


反射的に押した【エスケープ】の文字。

浮遊感とともにダンジョンから離脱していくのを。

前のめりに倒れていきながら感じていた。

意識の遠くからウ欠場の声が聞こえてきたが、斗真はそのまま瞼を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る