12
翌日——。
斗真はタンジョンに来ていた。
美晴の説教を強引に脱走し、病院を抜け出して。
大手企業が運営するダンジョン。
誰でも入れて、誰でも挑戦可能なそこ。
難易度の低い階層から高い階層まで幅広い難易度が存在し、その環境もまた多用に溢れおり、森、山、砂漠、街——ある種のチュートリアル的な役割を担うダンジョンとしても機能していた。
都市の中心部に位置する、その入り口前。
斗真は質の低い短剣と防具を身に着けて立ち止まっていた。
「…………」
怖気づいて固まっているわけではない。
低階層ばかりで生計を立てていたが、今回は違う。
「……やるしかない」
昨日の戦い、とも呼べない戦いで、斗真は大男の攻撃をすべてギリギリで避け切った。何をどうしてそうできたのか斗真自身は解っていないが、未来予知に似た直感的判断に身を委ねた結果、運よくそうなっただけで、だからこそ痛感もしていた。
――弱すぎる。
命がけで戦ってきた一階層とはいえ、慣れが生じて留まりすぎたのかもしれない。
挑戦する気持ちが、まだまだ低すぎたのだろう。
「……もっと強くならないと」
もう日銭を稼ぐだけじゃだめだと。
挑戦してこそ、もっと強くなれる。大男に挑んだ時と同じように、恐怖に打ち勝ってさらに成長するために。
二度と晴美を危険にさらさないようにするために。
「よし……」
大男に構えもしなかった短剣に手を添えて、斗真は深呼吸する。
斗真にとっては安くない入場料を受付嬢に渡した。
端末腕輪を機械で読み取らせて、だが受付嬢が大きく呆れた。
「二階層への入場ですが、あなた様の実績でこの階層はまだ推奨できませんが、よろしいですか?ダンジョン内での事故やその他は自己責任ですのであしからず」
「解りました」
力強くそう告げたが、受付嬢からため息を頂戴した。
彼女がコンピューターを操作すると、ダンジョンゲートに映っていた洞窟の光景が、森の光景へと移り変わった。
「ご希望の二階層への入り口です。離脱する際は、腕輪端末に内蔵しております『エスケープ機能』をお使いください」
言い終えると、受付嬢は次のハンターの対応の準備をしていた。
未踏ダンジョンでは使用できない機能。
管理されたダンジョンだからこそ使える特権だ。未踏ダンジョンよりも攻略ダンジョンに足が多く運ばれる理由でもある。
斗真は、繋がったゲートを見つめて、一歩を踏み出した。
これまでの不安そうな足取りではなく、明確に何かを持って突き進もうとする、チャレンジャーのような足取りで。
「…………」
そんな斗真の横姿を、少々やる気のなかった受付嬢は少しだけ関心してから――。
「ま、ああいうハンターはすぐに死んじゃうんだけどねえ」
と、ぼそり呟いてすぐに興味を失った。
ゲートをくぐると、そこは別世界だ。
モンスターが跋扈する、モンスターの巣窟。『外』とは違って、一瞬でも気を抜けば死ぬ、そんな世界だ。
「…………」
今までの薄暗い洞窟とは違う。
木々の間から明るい陽光が零れ、緑溢れる自然の森が広がっていた。
ゲートの外の森とは違い、魔力に満ちたダンジョンの森。
「うっ……」
一階層より難易度の上がった階層。
その肌で感じる脅威が半端ではない。
斗真にとってたったの一階層下がっただけでこの威圧感。
このダンジョンの総階層は、三十二層。
今なお拡大し続ける、成長型のダンジョンで、最下層についたと思ったら、その次の階層がいつの間にか現れる。
チュートリアルダンジョン。
別名パイオニアダンジョン。
このダンジョンは攻略されたのは約二年前。
小さなダンジョンをここまで大きくした企業は流石と言うべきか。
「……よし」
ここのダンジョンゲートは常に不安定なため、入場しても一定の場所に同じ人が鉢合わせることがほとんどない。ゲート専用の結びひもをパーティーで使うと全員同じ場所に飛ばされるが、皮肉にも斗真には今、メンバーが一人もいない。
独りだ。
「まずは安全確保を——」
と、周囲を見渡した時に。
目の前に猿の姿をしたモンスター。
「あ——」
と言った時にはもう。
斗真の意識は消えていた。
「——あれ?」
ハッと目を覚ました斗真。
首筋を抑えて、脳裏によぎる何かを察し、慌てて前に飛んだ。
そして空を切る感覚。
地面を転がり、うつ伏せで猿モンスターを見た。
見た時には既に猿モンスターがこちらを見下ろしていた。
「あ」
そう言った時、猿モンスターが振り下ろす鞭のようにしなる腕を、見ているだけで終わった。
——ハッと目を覚まし。
斗真はすかさず後ろに飛んだ。
そして空を切る猿モンスターの腕。
すかさず腰から短剣を抜いた。
「あれ?」
と、違和感。
モンスターが現れても、ここまで迅速に対応することができただろうか——こんなにもスムーズに、短剣を抜けただろうか。
構えて、斗真は眼前を見据えた。
猿モンスターから放たれる殺気。
しかし、斗真の戦意はまだ揺らいでいない。
——やらないとやられる。
それは何度も経験してきたことだ。
「——何度も?」
そう考えた矢先だった。
猿モンスターが距離を詰めてきて、その鋭利な爪を槍のように突き出してきたのである。
「わあっ!」
刀身の腹で偶然にも防ぐことができたが、斗真の身体はそのまま後ろへと倒れてしまう。
「あっ——」
と——。
目の前からやってくる猿モンスターの突きに、斗真はハッとして、短剣の腹で受け止めると、そのまま受け流すように短剣を傾けた。
カクンと体勢を崩す猿モンスターに、斗真はぎこちなく短剣を振りかざす。
躱された、いや外れた、反撃されて、首の骨を折られた。
——ハッとして、目のまで体勢を崩す猿モンスターに、斗真は今度こそ、剣筋をしっかりとなぞって短剣を振り抜く。
スパッと、猿モンスターの片目を抉り潰した。
「やった……」
「グエエエッ!」
と、怒りに震える猿モンスターに。
手に残る斬撃の感触に浸る間もなく、心臓を引き裂かれた——。
——ハッとして、距離を取る。
片目を潰した直後、斗真はさっと距離を取った。
攻撃の姿勢に入っていた猿モンスター。
「…………」
すぐ冷静になり、斗真を深く観察する。
急激に成長した。
一歩一歩なんてレベルではない。進化と呼ぶべき速度だ。
先ほどのボケっとした空気がガラリと変わって、初心者を少し超えたくらいだろうか。
それでも、ド素人が素人になるまでのその間が一足飛びだ。
ありえない。
凄まじい適応能力。予知していると言っても過言ではない
嬲って殺すつもりだったのに。
猿モンスターは不意に、毛が逆立つのを感じた。
——グエエ……と声を漏らす猿モンスター。
斗真は、相手の出方を伺っている。
その余裕じみた表情に。
猿モンスターは振り切った。
「グエアアアアアアアアアアアアッッッ!」
「うわっ!」
と、森中に響き渡る大声量に、斗真は耳をふさぐ。
それでも頭を突き抜けるほどの声量。その場に蹲ってぎゅっと身を守った。
そして、猿モンスターの叫びが無くなったのを知って。
斗真は顔を上げて立ち上がる。
変わらず、猿モンスターは身構えて斗真を凝視していた。
しかし、初めて会った時と比べて、明らかに警戒心を露にし、斗真との距離を測っている。
「……」
斗真も短剣を構えて、猿モンスターへと一歩距離を詰める。
それだけで、猿モンスターが一歩退いた。
——いける?
初めての二階層。
初めてのモンスターとの戦闘。
なのにこうしてしっかり反応して戦えている、やり合えている。
——もしかして、僕って才能ある?
そう考えて、胸の奥底から沸々と湧き上がってくる熱い気持ちに、短剣を握る力が強くなる。
「このまま、行くッ!」
タンと駆けた。
一直線に突きの態勢で、愚直にも突っ込んでいった。
「あああああッ!」
その向かってくる獲物――斗真に、猿モンスターはピクリと反応した。
斗真の動きはひどく緩慢で、素人丸出しで、何もかもが足りない初心者ハンターのそれだ。
——勘違い?
そこまで考えて、しかし猿モンスターは警戒を緩めない。
片目の代償が大きすぎる。最善を尽くして損はない。
「グエッ」
「あああああ——ゴッ……」
木の上で待機させていた仲間に知らせ、不意打ちを食らわせた。
頭が天辺から割れ、血と脳みそをぶちまける獲物に。
猿モンスターはようやくにやりと笑って——。
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