11
——そしてハッと目を覚ます斗真。
「…………」
身体に感じる不自然な痛みや感覚、そして内に秘める感情や思いに突き動かされるようにして。
斗真は無理やりにその負傷した身体を動かして立ち上がる。
「俺あ、君みたいなちっちゃくて、かわいい女のが大好きなんだよね——」
「あああああああッ!」
と——。
斗真は駆けていた。
庇うでも。
助けるでも。
逃げるでもない。
晴美のために。
自分のために。
戦うことを決めた。
目の前にいる敵に打ち勝つために、斗真は声を上げて駆けだした。
大男の腰あたりにタックルをかまして。
「晴美ッ!離れろッ!」
叫んだ。
身体を震わせる妹に向かって、斗真は力いっぱい叫んだ。
「え、あ、兄さん……?」
「早くッ!」
「…………」
普通ではない斗真の気迫に押され、晴美はその場から退避した。
その後ろ姿を見て、安堵したのもつかの間。
「死ねやッ」
カチン、と——。
斗真はハッとして。
「死ねやッ」
大男にタックルをした姿勢を崩して、こけるように後ろへと倒れた。
直後に、大男の拳がアスファルトを砕く。
「てめえ……ッ」
わなわなと震える大男。
顔を真っ赤にして、斗真を鬼のように睨みつけた。
「せっかくの楽しみをおおおおおおッ」
トンッと踏み込ん大男。
斗真の頭めがけて、サッカーボールを蹴り飛ばす勢いで脚を振り抜いた。
頭部がめちゃくちゃに吹き飛ぶ。
カチン、と——。
斗真はハッと覚めた直後、すぐにその場から転がって、大男の脚が盛大に空振りするのを、よけた本人が一番驚いてそれを確認した。
「あ?避けてんじゃねえよ、カスが」
「……そ、そんなの僕が知るわけないよ」
「意味わかんねこと言ってんじゃねえよッ」
足を上げて踏みつける——内臓が粉砕して絶命。
カチン、と——。
斗真はそれを直感的に避けて、殊更憤慨する大男の右ストレートを、顔面で食らい崩壊。
カチン、と——。
斗真はそれを感覚的に見抜いて、大きく無駄な動きをしつつ、ギリギリで躱した。
横薙ぎの腕——カチン。
巨大な頭突き——カチン。
全身タックル——カチン。
裏拳——カチン。
かかと落とし——カチン。
連続パンチ——カチカチカチン。
「てめえ、さっきから避けてんじゃねえよッ」
と、ほんの少し肩を揺らす大男に対し。
斗真は大きく息を上げていた。
「し、死んじゃうじゃないか……」
「ああそうだッ、さっさと死ねやッ!」
大男の筋肉が膨れ上がり、その圧によって空気が震える。
「スキル『筋肉増強』ッ!」
見ただけで、先ほどの大男の体格を超える筋肉が、斗真を圧殺しようと、その拳を握りしめた。
「死ね」
ゴッ、と。
アスファルトごと斗真の身体をひねり潰して、地面を陥没させる——カチンッ。
「わわっ!」
横へ大きく飛び移って、斗真はその攻撃をやはり避けた。
代わりに、その拳はアスファルトだけを抉り、その場に大きな破壊をもたらす。
「てめえ……」
と。
拳を地面から引き抜いて、追撃を加えようと構えた。
身構える斗真——しかし。
「死ぬのは貴方かもね」
「ごっ……」
と。
施設の壁を乗り越えてやってきた女。
そのまま大男の頭を押さえ付け、アスファルトへと叩きつけたのである。
「おま……え」
「うるさい男は嫌われるわよ」
その頭部を握りつぶさんばかりにアイアンクローでねじ伏せ、頭をまたも地面へ打ち付ける。何度も何度も、出血してもなお続けた攻撃に、斗真はおろおろするばかり。
大男がようやく抵抗らしい姿勢を捨て去って、気を失っていくのをしかと見届けた女は、面倒くさそうにため息をついて斗真に向いた。
「あなた、大丈夫?」
スキルを使用した大男を容易く制圧してしまった彼女。
凛として気高い女性だった。
後ろに束ねたポニーテールが揺れる。
「あ、はい……だいじょうぶ、です……?」
「なんで疑問形なのよ。そこははっきりと大丈夫っていえばいいでしょう?」
「あの、貴女も疑問形ですけど……?」
「不透明な言い方の疑問と確認のための疑問だと、意味が全く違うでしょう。貴方、もしかして友達いないでしょう?」
やれやれと首を振って、女は斗真を見た。
「それにしても貴方、よくあの攻撃を躱せたわね」
「え、でも貴女は確か、壁の向こうにいたはず……」
「このハンターが三流なのよ。あんなにオーラをまき散らして、これじゃあどんな意図をもって攻撃しようとしてるかは丸わかりじゃない」
「……えっと、貴女、は……ッ!?」
と、斗真はようやく顔を上げて女を見た。
驚愕した。
「え、え……な、なんで日向ハンターがッ!?」
斗真だけでなく、周囲の人たちも彼女にくぎ付けだった。
世界で数少ないS級ハンター。
しかも、その中では最年少のハンターである。だからといって、実力は折り紙付き。
S級の超難度のダンジョンを一人で攻略してしまうほどの実力者だ。金や名誉に興味はなく、強さだけを求めてひたすらにモンスターを、美しい太刀筋の元に切り伏せる様は戦乙女そのもの。
生で初めて彼女を見た斗真。
初めてあったはずなのに、初めてではない感覚。
ズキリと頭痛がして、それ以上を考えることが出来なかった。
「あら、怪我してるじゃない。すぐに病院に行かないとね」
「い、いえ大丈夫です……それよりもこの人を」
と、警備のハンターに呼び掛けようと立ち上がろうとして。
「いいわよ。私が運ぶから」
よろけたところを陽菜乃がすかさず支えた。
「早く病院へ行きなさい。下手したら死ぬんじゃない?」
「で、でも」
「それにほら――そこにいる妹さんに、言い訳しないといけないんじゃない?」
振り返ると、そこには涙をためて、怒りと心配をない交ぜにした顔の晴美がいた。
苦笑いする斗真。
「じゃあ、あとはよろしくね」
と、斗真を晴美の方に押しやって、それを晴美は慌てて支えた。
そして華奢な体格とは思えない膂力を発揮して、彼女は大男のひょいと担ぎ上げて施設の中へと言ってしまう。
「…………」
そして斗真の視線が一点に集中した。
気絶した大男から見えた、『ダウンロード不可』という赤く染まった文字。
主要媒体からデータを転送する際に使われる『ダウンロード』。
しかし、その主要媒体が大男というのが謎だった。
周囲にはそうした文字は何処にもなく、大男にだけ見えているのだから。
疑問符を浮かべて、大男を眺めていると。
「兄さん……」
「あ」
ようやく思い至って、視線を晴美へと向けた。
先ほどとは違う不機嫌な表情。
斗真は安どしていた。
「よかった」
「よかったじゃないわよ、このバカ兄ッ!」
「ごふッ!?」
空いた片手で腹を殴ってくる彼女に、斗真は意識が飛びそうになった。
負傷した身体に更なるダメージ。
晴美は何度も拳を叩きつけた。
「何か言いなさいよッ、あんな怖くて危ない人に近づいてッ!もし兄さんが死んだら、私は……私はッ!」
と、またも涙目になる晴美。
しかし、斗真は既に瀕死を迎えようとしていた。
「返事もしない兄さんなんて、もう家族じゃないわッ!」
と、攻撃の手を緩めずにそう告げる晴美。
悪魔の所業である。
気絶寸前のところを、斗真は根性でその意識を保ち、晴美に負担をかけないよう精いっぱい元気を取り繕っていた。
「ちょ、なによッ!?」
そして、突然抱きしめられ、困惑する晴美。
ぎゅうっと力強く抱擁してくる斗真を、晴美は振りほどけない。
「ちょ、兄さんッ!何してるのこんな人前でッ!?」
すでにとんでもないことがここで繰り広げられていた手前、そんなのは匙である。
顔を真っ赤にさせて叫ぶ晴美を、だが斗真は気にせず抱きしめ続けた。
——守れた、救えた、晴美が生きてるッ。
それを直に感じとって。
「晴美……もう無理……」
「はい――ッ?」
いきなり体重を預けて倒れ込んでくる斗真に、晴美は、ぐへっ、と情けない声を上げながら下敷きになった。
それでも斗真の顔は。
晴れやかなそれをしていた。
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