「…………え」


気づいた時。

斗真は目の前の光景に目を疑った。


「あ……あれ?え……何で?」


頭部を狙った鉄の槍。

その威力はすさまじく。

頭部だけでなく上半身の一部をもぎ取っていくほどだった。

即死。絶命。

その瞬間、斗真はこのダンジョンを攻略するどころか、人生の攻略の機会さえ失ってしまった。

しかし、目を開けてみると、そこは天国でも地獄でもなく——。

『メアリー』がこちらに声をかけてきた直後の状況にあった。


「え、え?」


痛みや苦しみを感じることなく死んでしまった斗真は、むしろ幸せ者だろう。

高所から落とされて死んだハンター。

毒によってじわじわと死んでいったハンター。

死ぬまでに時間がかかって死んだ彼らよりも、斗真は断然マシな死に方である。


「な、なんで? なにが? どうして? どうなったの?」


頭が混乱する。

錯綜する。

迷走する。

あの時確かに、死んだはずなのに。

——まるで時間が巻き戻ったかのようにこの場所へと、そして周囲のハンターたち。

訳が分からず、頭の中でグルグルと考えが巡り巡ったが、それよりも死亡時の記憶が明白に思い出せて、その感覚すらも身体がしっかり覚えてしまっているということだ。

勝手に体がガクガクと震えだし、その場で膝をつく斗真。


「あ、ああ……ああああ……」


うめき声を上げて、現状を整理する余裕もなく、斗真は涙を流す。

根本的な死の感覚によって。

——誰かの声が響いた。


「アアアアアアアアアアッ!」


斗真と同じように。

混乱と混沌に塗れた表情でその場で棒立ち、もしくは崩れ落ち、もしくは発狂していた。

死んだはずの、『メアリー』を攻撃したハンターたちも。

全員が何事もなかったかのように生き返っていた。

いや、生き返ったわけでもない。

時間が戻ったというだけ。

あの凄惨な出来事を、あの地獄のような出来事を。

未来は過去、という矛盾した記憶。


『どうだった? 私の用意した舞台』


と、ニコニコして『メアリー』は応える。

その目は笑っていなかった。

楽しそうに愉しそうに、笑って、嗤って、哂って。

蔑むように心の奥底から無碍にするようにして。


『あなたたちは『私たち』に敵わない。外のいる人間たちが、今のこの状況を理解することもできない。助けは来ないし、異常が起こったことさえ気づかない』


と、笑顔のままでそう伝えてくる言葉。

何よりも恐怖を感じさせてくる意思。

——何人たりとも逃がしはしない。

という執着心がありありと伝わってくる。


『あなたたちが私にどんな物語を見せてくれるのか、楽しみ♪』


そう言い終えると、『メアリー』はパチンと指を鳴らす。

全員が血相を変えている途中で、彼らの自由がなくなった。

——糸糸糸。

『前回』とは少し違い、殺されたはずのハンターたちも列に加わることになった。

斗真の順番は変わらず八十八番であったが、そんなことはどうでもよく。

今度はどんな地獄が待ち受けているんだ、と。

どうしようもない不安と恐怖に縛り付けられていた。

遊園地がまるで巨大な牢獄に見えたのは、斗真だけではなかった。

入り口を抜けると、まず初めに目に飛び込んでくる——真っ二つにされたハンター十人。

しかしその切り口は今度はやけに雑多だった。切れ味の悪い鋸や鉈で無理やり切り離したかのようなものだった。

死んだ者の表情は、泣き叫ぶようにもがき苦しんで死んでいる。ほんの一部のハンターは、その光景を目にしても気にしていないようだった。むしろ嗤っている。

しかし唐突に。

列が組まれた時に戻る。


『なあーんか物足りないなあ。なんかみんなの反応も薄いし』


と言って、考え込む『メアリー』。


『あ、そうだ。良いこと思いついちゃったッ』


そう愉快に大声を上げると、勝手に列が動き出す。


全員が遊園地内に入ると、先ほどまでの広場ではなく、訓練場のようなだだっ広い空間が奥いっぱいに拡がっていた。


『鬼ごっこしよう』


パチンと指を鳴らすと。壁際からひょこひょこと数匹現れる小さな兎たち。

それを見て若干心が落ち着いたのか。かわいい、なんて呟く女性ハンターや、それらを笑う男性ハンターたち。


『この子たちを全滅させられたら、皆を解放してあげる』


その言葉に、ハンターたちの目の色が明確に変わった。

それを見て、ニヤリとする『メアリー』。


『それじゃあいってらっしゃーい』


と、『メアリー』がいなくなると同時に。

小さかった兎の群れが一気に巨大化した——まるで巨人。

目を見張る彼ら。

糸糸糸が外れて、彼らの身動きを制限する枷が無くなる。


「あ、なんだ?やんのかあ?」


と、最前列のハンターが顔を歪ませて睨みつける。

言ってもその巨大兎——身長が約二メートルとさほど大きくない。

より大きなモンスターを相手取ってきた彼らに、顔がキュートな二足歩行の兎に恐怖心を煽られることがない。


「……ッ……ッ」


しかし、斗真はそんな彼らが巨大化した時から一目散にその場から離脱していた。

嗤うハンターたちだったが、そんなのは気にせずに物陰に隠れられる場所を必死に探して走った。

入り組んだ建物内ならいくらでも身を隠すことだってできるはずだ、と。

遠ざかっていく斗真の背中を、みんな口々に馬鹿にしていた。


「あんな馬鹿ほっといて、こいつらを蹴散らしてやろうぜ」


絶望ムードから一転。

『前回』では使えなかったスキルが、『今』は全開で使うことができる。ここで敵を殲滅して全員でこのダンジョンを抜け出す――その場の全員が一致団結する流れになった。

どこからともなく鳴った、ゴングの音。

一斉に、ハンターたちが巨大兎に襲い掛かった。

先ほどの強面のハンターが、殴りかかってくる巨大兎を躱して、そのでかい身体に一発お見舞いする。

パアン、と。

巨大兎の背中を突き抜ける衝撃に、強面ハンターはにやりと笑った。


「おっせえ攻撃、図体がでかいだけの身体——何んともねえじゃねえか」


今までの出来事はただの夢。

ただの集団幻覚。

このダンジョンはやはり、ただのF級に過ぎないんだと、この場のハンター全員が士気を取り戻して、息を吹き返して——歓声を上げて向かっていく。

炎系のスキルが火を噴いて巨大兎の身体を焼いた。加えて、支援スキルを前線のハンターたちに重ね掛けして、不意打ちに対しては防御魔法で援護する後衛。

後方へ走り抜けていこうとする敵を、中衛のハンターがそれを止めた。

がっしりとした肉体で押しとどめ、蹴り上げた足が巨大兎を縦に真っ二つにする。


「こいつらほんと柔だなッ。さっさと帰ってうまい酒が飲みてえよッ、と」


横からの襲撃に対応して殴り飛ばすがっしりしたハンター。

その飛んできた兎モンスターを魔力を込めた手刀で切り刻むキザなD級ハンター。


「ふっ、やはりこの僕が最強さ」


と、髪を靡かせてポーズを決めた。


「そんなことしてる暇あるのでしたら、少しでも敵を減らす努力をしなさい」


真面目そうなメガネをつける真面目なハンターが言うと、キザなハンターは少し不機嫌に次の獲物へと足を運ばせる。


「あたしの力があれば楽勝ね」


胸元を開いた女性ハンターが、余裕の笑みを浮かべながら、宙に氷系スキルを展開させて雨粒のように掃射した。

的確に敵の眉間を打ち抜いて行くその正確性。

よほどの魔力操作がなければ難しい芸当である。ましてや常に変化して動き回る相手にめがけてなんて。


「由香ちゃん、ちょっと先走りすぎじゃない?私にもちゃんと獲物を残しておいてよね」


急に壁際の地面がぬかるんで沼のように沈み込んだ。壁から無尽蔵にやってくる巨大兎の足止めのためだが、現れた巨大兎は壁をけって容易くその沼を超えてこようとする。

というのが本来の狙い。


「爆発は、芸術だ」


スキルを使用し、さらに魔力を溜めた爆発系ハンターが、その力を開放した。

宙に浮かんで身動きの取れない彼らに向かって飛んでいく、小さな火の玉。

それが集団の真ん中に到達すると、一気に膨張して大爆発を起こした。

ボタボタボタッ、と火のついた肉塊が落ちてくるのを、強面ハンターがさっとよけてキレる。


「てめえふざけんじゃねえよッ!やるなら塵一つ残さず殺しやがれ能無しがッ」


「ふっ、この力のすごさを前にして吠えているな」


「ざけんじゃねえぞ、てめえッ」


と、強面ハンターが投げた石が、爆発系ハンターの眉間にぶち当たる。


「ふふ——貴様を真っ先に芸術作品に仕上げてやるぞくそがッ!」


と、またも飛んでいく小さな火の玉。

前衛をも巻き込んで爆発したため、少なくない負傷者が出る。


「血の気の多い男は嫌い……」


パアアッと光が瞬いたかと思うと、緑色のオーラが全域を包み込んで、傷を少しいやすことに成功した治癒支援系女性ハンター。


「仲間割れしてるときじゃない……」


「ああんッ、声がちいせえんだよはきはき喋れやチビッ!」


「チビ……チビって言ったなお前ええええッ!」


と、今は結託しているはずの仲間に対してデバフを与えるという無常。

てめえ、なにすん——と言い返す前に、強面ハンターは巨人兎に殴られてどこかへ行ってしまった。

それを、彼女はけらけらと笑って指をさしていた。

——と。

訓練場のような開けた場所でどんちゃん騒ぎを繰り返すハンターたちとは他所に。

斗真は建物の中で、木箱の中で。

体を丸め、耳と目を塞いで、ただただ状況が過ぎるのをじっと待っていた。

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