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——何で何で何で何で何でッ!
ただダンジョンを私物化したかっただけなのに、ただ妹を守る力が欲しかっただけなのに、ただお金を少しだけ稼ぎたかっただけなのに——なんで、どうしてこんな、こんなひどいことが起きてるのッ。
先ほど斗真に声をかけたハンターが、一緒になって血だまりに沈んでいた。
いつのまにか、『メアリー』の前に居て、その時には既に頭を無くして血を噴いていた。
一瞬の出来事だったが、それでもこれだけは言える——誰も相手にならない、と。
S級の誰かであれば、この少女のようなモンスターを倒すことができるかもしれないが、今居るハンターでは誰も『彼女』をたおせない。
たったの一手だ。
あの一瞬だけで——この場に居るハンター全員に、己の力を知らしめるには十分すぎた。
誰かを出し抜き、誰よりも先んじる——その考えを誰よりも早く実行し、その首を取ろうとしたハンターは、今まさにミイラ取りがミイラになる結末を迎えた。
こんなの。
ダンジョンの外でいる人間が、どれだけ信じるだろうか。
『あれ? まだ始まってもいないのに、もう終わっちゃうのかな?』
可愛らしい、天使のように歌う声だった。
——誰もが逃げていく中で、斗真は何もできずにその場に留まっている。身体が言うことを聞かない。聞いてくれない。
身体が震え、足がすくんで、動くことができない。
『あちゃー、こんな低級なダンジョンに来るくらいだから、もっと強情で、もっと強欲で、もっと頑強で、もっと屈強な戦士が来るとばかり期待していたのに——』
『だったら遊んであげるよ——』
『その命で——』
——糸糸糸。
その声を聞いた時には、斗真は糸に絡めとられ、列の八十八番目の所に並ばされて、楽しそうな少女から目を逸らすことが精一杯だった。
そして遊園地の入り口をくぐった矢先。
死体。
「ひいっ……」
おそらく列の先にいたハンターたちだろう。
『なんか物足りないと思ってたんだよねえ』
と、列の最後尾から『メアリー』の声が聞こえた。
『綺麗な臓物をしてるわね、なんて素敵なの♪』
目をハートにして、そのオブジェを眺めていた。
身体を真っ二つにされて、その上半身を台座の上に飾られていたのだ。
十人程のハンターが、その円状に並んだ広場の台座の上で。
切り口から滴り落ちる大量の新鮮な血液。
台座の接地面から顔を出す、大腸を含んだ内臓の数々とその汚物。
白目を向いて、デロンと舌を出しながら、鼻から血液の塊——脳の一部を垂れ流していた。
「た……たす、け」
一番奥の台座には、まだ息のあるハンターが一人いた。
助けを乞い、されどその瞳から色を失いつつある生命に。
誰もが視線を逸らして、ガチガチと歯を鳴らしていた。
それぞれの下半身は何処にもなかった。
建物の裏へと引きずるように跡が残っており、チラリと見えたのが、大小さまざまな犬がその下半身だったものをグチャグチャと喰い散らかす食事の光景だった。
「お……おええっ」
嘔吐。
しかし、別に斗真に限った話ではない。
こういったグロテスクな現場を何度も経験してきた他の者たちであっても、これからその行為が自分にも及ぶんだと理解して、胃の中の物を吐き出すには事足りた。
「嗚呼……」
——神様……。
『それじゃあみんな、いってらっしゃーい』
と、広場から続く九つの道を、それぞれ十人ずつが順番に別れて行った。
八十番から九十番までのハンターは、その道を歩いて数分の距離にある建物へ辿り着く。
そして列の先頭を歩いていたモンスターの『九』が言う。
『これから皆さんに楽しんでいただくのは、ここ——お宝館でございます』
と、施設の名前を教えてくれたが、一見してただの洋館にしか見えない。
中世の貴族が住んでいそうな立派な三階建てである洋館が——。
『こちらの入り口から一人ずつは入って頂きます』
親切丁寧な言葉遣いで、燕尾服を纏った牛のモンスターがお辞儀する。
『では八十一番、入りなさい』
そういうや否や、八十一番目のハンターの手首に取り付けられていた糸が解けていった。
だが途端に、そのハンターは目の色を変えて拳を握る。
ランクはE級に生り立てだが、斗真にはほぼ見えない速度で牛モンスターに接近する。
『メアリー』には勝てない、だがその辺の雑魚になら勝てる、とでも考えたのだろう。
——その拳が、牛モンスターの顔面すぐそばにまで迫ったが。
「あなたは今回、運がいいですね」
と、不可解な言葉を口にして。
左手でハンターの胴の中心。
つまり、心臓部へと貫手を放って、その命を容易く貫いてしまった。
他のハンターたちも期待の眼差しで彼を見ていたのだが、次にはその目を開いて、目を伏せる。
『失礼いたしました。一人目が早々に脱落してしまったので、次は八十二番に致しましょう』
次のハンター糸が解れた。
彼女は何も言わず、抵抗らしい抵抗を見せずに、素直に洋館の扉へと近づいて行った。
「お宝は——どういったものなの」
ドアノブに手をかけてふと、思い立った疑問を振り返りながら訊いた。
『ああ、お伝えするの忘れていましたね。申し訳ございません——ですが、見ればすぐにお分かりなりますよ』
「はい?」
と、不満げに返す彼女に。
『それよりもよろしいのですか——そんな余所見をして』
「は——?」
そう、彼女はドアノブをひねった。
直後だった。
ドカンッ。
と、爆発するような音と共にドアが粉砕され、彼女は後ろへと吹き飛ばされたのである。
より正確には——。
扉の奥から射出された鉄の槍——バリスタ。
水平に構えられた射出機によって、頑強であるハンターの身体を容易く射貫いたのである。衝撃によって身体が上下に泣き別れ、上半身だけが後方へと吹き飛んだというわけだ。
「あ……が……」
それでもまだ生きている女性ハンター。
内臓と血液をぶちまけ、何が起こったのか把握するよりも早く。
その命はあっけなく散っていった。
『ハンターと云うからには、非常に優れた慎重さを持っていると思っていたのですが、過大評価しすぎたようです』
と、頭を押さえた。
『………では次、八十三番』
「い、いやだあっ!」
糸が外れた途端——そのハンターは館とは別の方向へと走り出す。
『勇敢さの欠片もないとは……残念です』
ヒュルルルルッ、と何かが飛来する音が聞こえ。
逃げるハンターは意に介さず走り続け——ドガアアンッ!
着弾した。
爆音が轟き、ハンターの身体はバラバラに分解され血肉が舞った。土埃と混ざり合い、どれがどの部位なのかが解らなくなる。
——……。
静寂。
この短い期間で三人のハンターが、まるでゴミのように死んでいった事実を、彼らはただただ受け入れがたく――否定した。
たかがF級のダンジョン。
戦いなれたはずの大勢のハンターがF級に蹴散らされていく現実。
目の前で繰り広げられる惨劇は悪夢としか言いようがない。
『八十四番』
「これは夢……ああ、これは夢だ……」
と、ドアを通り抜けた数分後——絶叫が上がった。
『八十五番』
「あ、あ……」
腰を抜かして立てないハンターも出てきたが、控えていた別のモンスターが無理やり立たせて洋館の奥へと放り込んだ。
だがやはり立ち上がれず——。
牛モンスターがしびれを切らし、洋館の中へ二つ首の犬モンスターを数匹放った——制止を求める声の次に命乞いをして、悲鳴が響き渡った。
そして——。
『八十八番』
若干やる気のない声で、斗真の番号を呼んだ。
歯をガチガチと鳴らして、糸が外れても動き出さない彼に、牛モンスターが動く。
近づいて来る影に、斗真は身動き一つとれない。
スンと鼻を鳴らす牛モンスター。
『あなた、素人も素人ですねえ。そんな実力で、なぜこのような場所にやってきたのか、甚だ不愉快です』
頭を押さえて、溜息を吐く。
その言葉、その動きがあまりに——。
モンスターに似つかわしくない、人間臭い言動だった。
野性的、本能的なモンスターと違って、むしろ人間性に富んだこのダンジョン。
あまりにも気色が悪い。
『私は非常に短気でしてね。ここで死にますか?』
というシンプルな質問に、斗真は目に見えて体を震わせて、牛モンスターを見上げた。
「い……行き、ます・・・・・・行きます、から……」
たどたどしい返事をして、斗真は一歩ずつ歩き出す。
その足取りは非常に遅いが、その背中を突飛ばしたり、せかしたりする言動はなかった。
要はやるかやらないかだ。
何もしないなら、死ぬだけだ。
「ううっ……」
ようやくたどり着いた洋館の入り口。
振り返って牛モンスターを見たが、手を振っているだけで襲ってくる気配はない。
足元の小さな染みには目を向けずに、入り口をくぐった。
床に取り付けられたバリスタがこちらを狙いすましていたが、装填はされていなかった。一度発動した罠を再利用する気はないのだろう。
周辺の壁や床にちらりと張り付いている血痕——骨まで食らい尽くされたハンターの血。
止まれば死ぬし、逃げても死ぬ。
進むしかない。
「——美晴……」
見ればわかると言っていた牛モンスターの言葉を反芻しながら。
廊下の左を歩き始めた。
壁に沿っていくつも並ぶドアを見据えて、少しずつ進んでいく。
総当たりだ。
まずは一番手前の扉から——。
「うわっ」
震えた足が躓いて、顔から扉の中に突っ込んだ。
シャララララララッ。
と、軽い金属のようなものがこすれ合う音が、倒れた斗真の頭上を通り過ぎたのである。
「え……?」
起き上がって確認。
「あ……」
何本もの鋭い刃が、跳ねるように壁から放たれて、空を切り裂いたようだった。
反対側の壁に幾つもの丸型の刃が突き刺さっており、壁一面に綺麗に整列していた。
入り口の柄のついた大理石のタイルが一枚、小さく沈み込んでいる。
脂汗を吹き出す斗真。
もしも躓いて転んでいなければ今頃、身体をいくつものパーツに切り分けられていたわけだ。
「…………」
単純なほどに分かりやすい、刃が身体を通り抜ける感覚を味合わせる工夫だ。
頭上を通り過ぎたそれらの音はほんの一瞬であり、それほどに早い回転であることは明白。
この廊下にはあまり血痕は見られないため、ここを通ったハンターはいないのかもしれないし、はたまたこの罠を素通り出来ただけかもしれない。
「…………」
足が一瞬すくんだが、背後からの嫌な気配に斗真は首を振る。
止まれば殺される。
部屋はもぬけの殻だった。
「…………」
そして二つ目の扉に手をかけ。
考えた。
『八十二番』目の女性ハンターを。
斗真は扉の正面を避けて、壁に背を預けてドアノブに手をかけた。
しかしそこではたと止まる。
本当にそうか?と。
「…………」
なんとなくだが、斗真は扉に背中を預けて、ドアノブを掴んでひねった。
妙に廊下からほんの少し奥まって設計された、その扉を背後にして。
ズドオオオンッ。
と、床と天井が目の前で張り付いた。
床と天井で挟み込むという、ただそれだけのシンプルな罠。
「……はは」
駆動音を響かせて、床と天井が元に戻っていく。
廊下に置かれていたすべての装飾品は粉々に砕け散っていた。
「危な、かった……」
判断を間違えていれば、床と天井のシミになっていた。
無音なこの館内では、高鳴る心臓の音がやけに耳に響いた。
「…………」
こんなことが『お宝』を見つけるまでずっと続くのかと、斗真は血の気が引く思いで息を吐きながら扉を奥へと開いた。
「え……」
目の前に鎮座するバリスタ。
弓引く弦を固定していた金具が外れて。
鉄の槍が放たれたのはそのすぐのことだった。
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