パレードが始まった。

人間でも機械でもないモンスターが列を成して、楽器を手に演奏を奏でながら、陽気に笑って遊園地内を巡り歩く。

誰かに見せるため?

勿論だ——それはハンターたちへの手向けである。

少しでもいい気持になって逝ってくださいという、彼らからの最大限の贈り物である。

 

そうして彼らの歩いた跡には——靴の形をした赤い華が咲いているのだ。


「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


絶叫が木霊した。

男の肉の潰れる音がした。

パレードのモンスターたちが処していく、踏み潰すという行為。

折れる音、砕ける音、破裂する音、飛び散る音、滴り落ちる音、練り付ける音——。

ただ踏みつけるというだけで、それだけの様々な音楽が彩られるという不思議。感性や感度の良い人間にとっては、そのあまりにも生々しい現実に目を背けたくなるだろうが、如何せんこれはリアルである。


「いやあああああああああああッ!」


「いやだ……もうやりたくないッ!」


ナイフ投げ。

やることは単純——壁に貼り付けにした女性ハンターに、ナイフを当てるだけ。

しかし、それは投げるというよりもはや刺している。

その距離は一メートルもなく、手を伸ばし、ナイフを向ければ届いてしまう。一歩進むだけで、簡単に肉に突き刺し、細胞や血管を傷つけながら切り開いていくのだ。

男の手に伝わる肉を貫く感覚。

台所で、既に捌かれた鶏や豚を切り分けていくのとは違う。

生きたままの生物の身体に——柔らかくも固くもなる筋肉の動きを知覚しながら、伝った血液に触れ、生暖かい熱を感じとるのだ。

生きたままの叫びをその耳と身体でも受けることになり、忌避感を覚えるものは、その手を躊躇させる。その度に、対象者の苦痛は長引き、というスパイラルが形成。生きたいと願って本能的に抗うため、その傷はよりエグさを増していく。

——ナイフの数、実に三十本以上。

手足がもはやサボテン同然。

血液が無駄に流れないよう、締めすぎない程度に手足の根元を縛り上げているのがまた質が悪い。

腹にナイフが入り——。

内臓に到達してくる冷たい感触と激痛、と、差し込む感覚をナイフ越しに感じる苦痛と絶望。

『二』のモンスターがその男のハンターを操って。

愉悦に浸りながらニチャリと笑っていた。


ジェットコースタ―、に乗ったハンターたち。

ある者は迫るピアノ線で首を斬り飛ばされ。

ある者は鉄棒に首を折られ。

ある者はレーンの終わりに配置された壁に正面から叩きつけられてペシャンコになった。


お化け屋敷では、潜んでいたモンスターに生きたまま食い殺され。

闘技場を模した会場では、人間同士が戦わされ、指名したやり方で相手を殺し合わされたり。

ゾンビシューターでは、ミスをするとそのままゾンビに食い殺された。

筐体の中で首だけを外に出されて生き埋めにされたハンターたちが、操作するモンスターに、その首だけをクレーンされ。

迷路の罠にかかって、四肢を引き裂かれたハンター、落とし穴で串刺しにされたハンター、壁に挟まれて、矢で打ち抜かれて、転がってくる大岩に圧し潰されて——。


そして全員が死んだときには。


「はッ……」


園内の入り口で全員が佇み、その集団の前に『メアリー』がスタンバイしているというループ。

今回で十回目に到達するだろうか。

狂気。

狂気狂気。

狂気狂気。狂気狂気。

狂気狂気。狂気狂気。

狂気狂気狂気狂気狂気狂気狂気。

狂気狂気狂気狂気狂気狂気狂気。

 

「あああああああああッ!!」


「いやあああああああッ!!」


その中には、最初に死んだはずの数名のハンターたちも漏れなくいた。

二回目からの参加とは言え、一回目を味わった彼らの様子を見て、その次に訪れた惨劇を目の当たりにして、一回目を体験したハンターたちを越えるストレス値を叩き出していた。

むしろ、悪意を持って悪意を振り撒いていたハンターたちこそ、そんな彼らよりも早い段階で精神が崩壊していた。

回帰した後も、ぶつぶつと呟き、ある者は発狂して自害する。

しかし、まだ始まってもいないアトラクションから逃げようとしても、その命はまた繰り返される。逃亡は許されないのだ。

彼らに許された自由はただ一つ——。

いつか終わるかもしれないという希望を持つことだけ。


『では十回目を記念して、ここで、すごい報告がありまーす♪』


これまでの、『では○○回目のツアーに逝ってみようッ』という、謳い文句とは異なった発言に対し、瞳から光を失ったハンターたちに生気が戻っていった。

これでもう終わりだよ♡、という言葉を期待して。


「皆覚えていないかもしれないけど、実はこれ——百回目の回帰なんだよね」


混沌が。

舞い降りた。


『そう、百回目ッ! そんなバカなとか、嘘だろ、みたいな顔はやめてね。十回目ごとにこれを言ってきたけど、やっぱり毎回そんな顔をするんだねえ。なんて面白い顔♪』


と、年相応にケラケラと笑う姿が本当に子どものように無邪気で、何の悪気もなく笑みを浮かべていた。

 

『ねえねえ、次はどんな反応示してくれるかな?』


おもむろに、謎の空間に手を突っ込み、何次元とも知れない空間が広がる空間から一冊のノートと鉛筆を取り出したのだ。

その表紙には——。

『よわよわにんげん、かんさつにっき まとめ』

と、ひらがなで書かれたタイトルが目に付く。

ページを開き、サブタイトル欄に『百回目記念』とタイトルを書き込んでから。


『それじゃあ戻すね~』


パチンと指を鳴らした直後——。


この世の終わりと表現してもおかしくないほどに、最高潮に達した悲鳴と絶叫、罵詈雑言、嘔吐、発狂、そして謝罪や贖罪、自殺や他殺を行うといった、阿鼻叫喚とした空間がお披露目されることとなった。


『うんうん、そうそう、もっともっと色んなことを表現してもらわないとね~』


厳密には絵日記。

ハンターの様子を絵で表現しながら、その下の文章欄に、『きゅうじゅうかいめよりももっとおもしろはんのうだった』と記した。

狂気に塗れた顔と、地に這いつくばる死体、互いに首を絞め合うシーンなど、開き一面に表現するために鉛筆の芯を赤や青と魔法のように変化させながら、常軌を逸脱した地獄のような光景を、ニマニマした顔で描き込んでいく。

小さな吹き出しまで書き込むまでが様式美——絵日記としての完成度がかなり高い。

鼻歌までする上機嫌な様子を、ハンターたちは誰も気にも留めない。

破壊された精神に伴って、自分を含めたすべてを破壊する衝動に抗うことなく。

武器を手に取り、見境なく自身や他者への傷害を展開していくシーン。

彼女のインスピレーションを殊更に刺激した。


『あれ?』


しかし、描いていた筆を止めて、『メアリー』は顔を上げた。

紙に描かれる絵の中で、狂気に支配されずただ蹲るだけの少年を見つけたのだ。

少年を観察する。

ダンゴムシのように丸まって、いや、路傍の石のように気配を消して。

ただ嵐が過ぎ去るのを待つ子供のように、ぶるぶると震えながら涙を流していた。


『おかしいなあ~』


狂っている、ではなく、恐怖している。

破壊する、ではなく、その場に留まっている。

発散する、ではなく、殻に籠っている。

 

『……………………』


パラパラと前のページをめくっていく。

しかし何処にも。

その少年が描かれたページは存在していなかった。

視線を戻す。

自分を傷つけることも他人を傷つけることもなく、ただその場でやり過ごそうと必死になって気配を消している様。

気配を消す。

なぜ気づかなったんだろう、と『メアリー』は自問自答した。

あれだけ狂喜乱舞した舞台を眺めていれば、暴れていない誰かがいた時、ある意味一番目立つのはその役者であるはずなのに。

目立つはずの役者が、見つけられるはずの何者かが。

絶対的に存在するはずなのに、その少年を観測できなかったという理由が。


『……………………』


明確なほどに。

『メアリー』は不機嫌を露にした。


『ねえ、カメラマンさん?』


そう呼びかけると、小さなビデオカメラを持った、ぽっちゃりした兎のモンスターが『メアリー』のすぐそばに現れた。

怒りに燃える彼女を見て、そのモンスターはカタカタと震えていた。


『あれの存在が映るシーンを見せてちょうだい』


コクコクコクコクッと何度も頷いてから、ビデオカメラを宙に移した。

何十何百と映写された映像——ここにいるすべてのハンターのもがき苦しむ姿が一様にして確認できる。被写体を、ある時は右から、ある時は壁のある後ろから、ある時は主観的に捉えるものまであった。


『……………ふざけんじゃないわよ』


グチャアッ。

兎のモンスターが、『メアリー』が振るった拳によって粉々に砕け散ってしまった。

飛び散ったその血飛沫が、彼女の服を汚した。

気にする暇もない。

なぜなら。

それらの映像のどこにも、あの少年が映っていなかったからである。

見切れる、なんてレベルではない。

入園する際は必ずハンターたちの疲弊しきった姿を映す。

記憶を探り、少年と該当する特徴のハンターを一人ひとり確認したが、何処にもいない。

まるで記録から抹消されたように。

まるで世界を見捨ててしまったように。


『……ふふふっ……あははハハっ!』


と、高らかに声を上げて笑った。

嗤った。

服を翻して振り返った。

ギョロリと、身体中から瞼が開いて、全方位三百六十度全域に視線を向けた。


『何してるのよ——過去の『私』は』


その場で蹲っていたはずの少年が。

いつの間にかその場から消え去り。

そのどこにも存在しないかのように、舞台から抹消されていた。


『——まさかあんなガキに力をッ』


ピシリ。

と。

世界にヒビが入っていく。

空間が割れていく。

壊れていく。

画面がバキバキに殴られて、強引にその電源を落としていくように。

世界が。

『世界』が。

否定されるように壊されていく。


『…………逃がさない』


サアアッと砂が崩れていくように、『世界』が木端微塵になっていった。

血に沈むハンターが。

血まみれのハンターが。

四肢を失ったハンターが。

そして。

背後に佇む巨大な遊園地が薄れ、巨大な蜘蛛の巣で作り上げられた虚城が解けていき。

部下のモンスターたちが跡形もなく空間の藻屑へと成り果てていき。

すべてが塵と化していく。


『絶対に逃がさないよッ』


すでに崩れてしまったはずの脚で地団太を踏み、あるはずのない地面に亀裂を入れていた。何度も何度も何度もその地面を踏み抜いていた。

巨大な目玉が、彼女の口からギョロギョロッと這いずり出て、その黄色い瞳を真っ赤に燃え上がらせた。

『世界』に干渉するように。

『世界』を改竄するように。

『世界』へ記録するように。


『ポオオオオオオズッ!』


そう叫ぶと、世界が一瞬だけ停止した。

制止した。

本来なら絶対的に関与不可能であるはずの、確定してしまった原理原則へアクセスして。


『アップロオオオオオオオドッ!』


と。

巨大な瞳から一切の色が消え。

次の瞬間には元に戻っていた。


『アハハッ』


『メアリー』は目玉を呑み込み、うすら笑った。

『世界』の崩壊が始まる。


『覚悟しておけ、人間——』


その言葉を最期に。


この『世界』は完全に。


——消滅させられた。


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