数日後に開かれたダンジョンレイド。

郊外に位置する住宅地の、廃墟と化した一軒家にそれは存在した。

F級ダンジョンを示唆する青色のダンジョンゲート。

「冷静」さを欠くことのない簡単なダンジョンであることから、通称初心者ダンジョンと揶揄されることもしばしば。

だが揶揄しているのは、ランクが高次元に位置するハンターたちがほとんどで、Dランク以下のハンターたちにはむしろ重宝される貴重な存在であるのは確か。

ゲートを求めて、駆け出し以上のE級D級のハンターたちが首を揃えているのがその証拠だ。


「では時間となりましたので、これからダンジョンレイドを開始いたします!」


協会のC級ハンターが台に上って声を上げた。

今か今かと待ちわびていた、ハンターたちが叫び散らす。待たされてイライラしていたハンターたちが、その鬱憤を晴らすかの如く高らかに声を上げるのだ。その姿はまさに、ハンターという印象がぴったりだった。

そんな中で、初心者用装備を携えただけの斗真は一際目立っていた。

普段からF級ダンジョンだけで生計を立て、周囲もF級のハンターが当たり前だった日常に、突如として現れた自分以上のベテランたちを前に、目を回していた。

よりでかく、高く、いかつい強面で、武器を掲げる彼らに気後れするばかりだった。

周囲のハンターたちも、そんな斗真を見てニヤニヤ笑っていた。

――いいカモが来やがった、と。

 

「それでは攻略隊の皆様、冷静にダンジョンに挑み、無事帰還することを切に願っています」


――『おもちゃ箱』。

ダンジョンメーターの結果からそう名付けられたダンジョンを、C級ハンターが指差してそう 言うと、参加者たちが待ってましたと言わんばかりに熱を持ってまた喝采を上げた。

斗真も負けじと小さく握り拳を上げたが、一瞬にしてそんな弱気な姿勢は周囲に呑み込まれてしまった。そして動き出すハンターたちの群れに、巻き込まれるようにしてダンジョンへと足を向ける。

青色のダンジョンゲートが目の前にまで迫り、それを見て斗真はごくりと生唾を飲む。腰の剣に両手を添えて、まだ戦闘も始まっていないのに緊張した面持ちでその中へと潜り込んでいくのである。


「……ッ」


パッと景色が変化したかと思うと、そこは既にダンジョンの中だった。

まるで遊園地のパレード。

陽気で明るい音楽が流れ、アトラクションがスムーズに稼働している。

風船を持ったマスコットキャラが、遊園地の出口でこちらに手を振っていた。

園内では、人形とも機械とも言えない人間のような生命体が、無理やり笑顔を張り付けて遊んでいるような姿が見受けられた。

ハンターたちが武器を手に取る。

当然、それらがモンスターであることは一目瞭然だから。

しかし、その表情はまだピクニック気分。相手が格下であるがゆえに、そこまで緊張した様子ははない。

むしろ――。

周囲のライバルたちをどう出し抜いてダンジョンボスを倒すのかを考える始末。

敵を前にして、ダラダラと会話を始めていた。


「なあ、お前これまでどれくらいのダンジョンに潜って来た?」


「ざっと千回以上は潜ったかなあ」


「そりゃあすげえッ。そこまで潜ってねえが、C級の未踏ダンジョンの遠征隊に参加したことあるな」


――。


「お前の武器、すげえかっこいいな。ちょっと見せてくれよ」


――。


「ねえ、私とパーティー組まない? 治癒スキルを持ってるから何かあれば助けになるわよ」


――。


「俺の防御スキルは世界最強だッ。この力で世界をなり上がってやるんだ」


――。


何気ない会話。

何気ない観察。

何気ないアピール。

何気ない誇示表現。

モンスターではなくハンターたちの間で、ピリピリとした空気が漂った。


「え、あ」


だからこそ斗真は、その雰囲気にただ混乱した。

確かに競争が起こるのは仕方のないことだが、此処まで露骨に敵対心を露にして良いものか。 目の前に敵がいるのに、何故仲間に対しても敵意を持つ必要があるのか、と。


「おい、あんた」


「え、あ、はいっ!」


と、背後から声を掛けられて、斗真は反射的に声を上げてしまった。

振り返り、斗真はビシッと固まった。

斗真とさほど変わらない見た目の男の子が目の前にいるのだ。

デカくも高くも太くもない、至って平凡そうな少年。されどその身に纏う高らかな自信と雰囲気、に斗真はその場に直立してしまった。


「こういったのは初めてか?」


「は、はいっ、そうです!」


そこまではっきり言わなくてもいいだろう、と。

数少ないまだ良心的なハンターたちが呆れてため息をつく。

 

「なら今回の攻略は辞めた方がいい。ただの素人では今回は無理だ。出直すことをお勧めする」


「……」


周囲を窺うように動かした視線。

場違いにもほどがあるのだ。

人格面も含め、斗真には何もかも足りない、似合わない、不適切なのだ。

ここは——そういう場所なのだ。


斗真は震えて目をつぶった。

瞼の裏に見えるのは、笑った妹の顔——逃げちゃだめだ、と言い聞かせる。

――次の瞬間には、その視線に熱がこもるのを、周囲は知る。


「妹のためにも、僕はやらなくちゃいけないんです」


歴然とした目つき。

確固たる意志を宿す視線だった。


「……」


それを見て、声をかけた少年は——失望した。


「忠告したぞ」


そう言って踵を返す後姿を、斗真は見つめていた。


そして――。


『ねえねえ、みんないつになったら遊びに来てくれるの?』


バッと、斗真を除いたハンター全員が。

その突然の声に反応して一斉に振り返った。

にこやかに笑う、一人の少女。

継ぎ接ぎだらけの、フランケンシュタインのような童女だった。

七歳か八歳くらいの、小さな女の子だった。

肌の色も、皮膚の皺も、顔のパーツの位置も。

腕の方向も、足が手で手が足という事実も、複数の手足もまたそうだ。

何もかもが継ぎ接ぎで、何もかもがあべこべな彼女が、園内の入り口方面の、ハンターたちの集団の前にいた。

音もなく、気配もなく。

まるでゴーストのように現れた。

まるで――蜘蛛のように。


『待ちくたびれちゃって来ちゃったよ——初めまして皆さん、私はここのダンジョンボスのメアリーって言うの、よろしくね――』


と、挨拶を言い終える前に。

目の色を変えた、この中では指折りのハンターたちが即座に動いた。中には斗真に声をかけた少年もいる。

武器を持ち、その鍛え抜かれた四肢を、技術を総動員して。

このダンジョンのボスモンスター『メアリー』を討伐すべく、その距離をすぐさま詰め——。


『ダメダメ、ダメだよー? 私の話は最後まで聞かないと――ね♪』


と、説教を言い終える前に。

『彼女』に肉薄していた数人のハンターたちの首が、消えた。

噴水の如く飛び出る血液の雨。

その場の全員が、唖然としてその光景を見ていた。

ギチギチと関節を鳴らして、狩り取ったばかりの首をその手の中でぷらぷらと弄ぶ姿。

子供のようにあどけなく、子供のように危なっかしいそれに。

何処からか悲鳴が聞こえた。

 

『あれ? まだ始まってもいないのに、もう終わっちゃうのかな?』


ニコリと笑う『メアリー』。

顔のパーツはあべこべなのに、その表情はとても可愛らしかった。

そう、とても。

とっても愉快で。

かつ非常に冷酷で残酷な笑みに——見えた。

見えてしまった。

この場に居る誰もが。

そう認識した。


『あちゃー、こんな低級なダンジョンに来るくらいだから、もっと強情で、もっと強欲で、もっと頑強で、もっと屈強な戦士が来るとばかり期待していたのに――』


顔を伏せ、その次に顔を上げた時には。

その顔から一切の表情が消え失せていた。


『遊んであげるね』

 

全員が顔を凍らせて、だが一人が走り去っていくのを皮切りに。

引き摺られるようにして、皆が我先にと。

まだ出口の開いているゲートに向かって。

一心不乱に。

命乞いをしながら必死に走った。


『その命で』


ガサガサガサッ、と。

離脱していったハンターたちが目に見えない何かに足を取られ、手を取られ、身体を捕られ。

絡めとられていった。


『糸糸糸(しべきいと)』


空間内全域に張り巡らされた、無数の糸が見えた。見えるようになった。

明るくて陽気な空間が、まるで蜘蛛の巣を彷彿とさせるほどに、大きな繭がそこかしこに吊り下げられていた。

蜘蛛の巣に囚われたハンターたち全員が、その異様な光景を目にして金切り声を上げた。

そうして、パッと景色が戻り、元の楽しそうな遊園地に戻ると。

無表情だった『メアリー』に笑顔が戻る。

張り付けたような、楽しそうな笑顔に。


『それじゃあ、皆で遊園地を楽しもう!』


と、恐怖に打ちひしがれたハンターたちが糸に操られて、問答無用に連れていかれる。

彼らの背後に構えるダンジョンゲートの色――。

最高ランクを示す紫色、ではない真っ黒をしていたという事実は。

彼らをより深い混沌へと叩き落としていった。


「……」


そんな彼らを他所にして。

この場で誰よりも最弱のはずの斗真は。

横を通り過ぎていく、旗を持ってガイドさんのように生き生きと務める『メアリ―』に。

視線を外してただただ震えて俯いていた。

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