第16話


「いい意味での挫折だったと思うよ。修正前も修正後も、15年前の俺は、ひねくれていてプライドの高い、生意気なガキだった。だから自分宛にメールを出しても無視していたはずだ。でも弟の痩せていく姿を目の当たりにして、考えが変わった。それと同様に、君達のことも見ていられなかった」


「事件後のことだよな。お前、まさか俺達を気にかけてくれていたのか」


「ああ。俺は好きな子をいじめるタイプでね。どれだけ馬鹿にしたことを言っても、楽しそうにしている君達を見ているのが好きだったんだ。だからあんなことになって、本心ではなんとかできないかといつも考えていた」


「じゃあ、まさか俺達のためにタイムトラベルPCを」

「いや、君達を意識して発明したわけじゃない。でも理論ができた時、2人の拉致を回避できると真っ先に思った。辛辣なことを散々君に言ったけど、俺はついこの前、15年前の宮前と泉の携帯にメールを送ったんだ」


蒼白している宮前と泉の顔をはっきりと覚えている。


「あれには感謝している。俺じゃ絶対説得できなかったから……」

「説得? あれはただ、自分が忘れないために送ったんだ」


忘れないため? 俺は数秒考え、これまでの会話から気づいた。  


「もしかして。修正する人間は、記憶を維持できるのか」

「そう」と久野は頷く。話を聞くと、彼の中では、第1志望校へ受かった時間軸の中で、無差別殺人事件が起こっている。


「弟の実験で気づいた。メールを入れたから、今こうして君と事件の記憶を共有できる。メールを入れず、君だけが先に過去を変えてしまっていたら、宮前や泉のことは、俺の記憶からなくなっている。その後の君達のこともね」


実際、久野は俺が無職だったことを忘れていたらしい。だがPCを作るよう頼みに来た事実は記憶に残っていた。


久野自身のPCに予めメモしていた俺の履歴を見て改変を知り、宮前と泉にメールを送って漸く俺の堕落した人生を思い出したそうだ。


そして、メールを送ったことで、見知らぬ女性を犠牲にしてしまったことは同罪だと言った。


「それにしても、よく泉と宮前のアドレスがわかったな」


感心していると、久野は自分の頭を指で叩く。


「俺は黙ってさえいればモテるんだ。中1の時、泉とは隣の席でよくしてもらったし、宮前からは好感を持たれていた。それにくわえてこの頭脳。アドレスは、入手したやつみんな覚えているのさ。修正前も修正後もね」


いつもの嫌味な雰囲気に戻っていたが、久野は案外いい奴だった。事件のことも真剣に考えていた。俺は久野と、痛みを分けながら生きていく。


みんなと会おうという約束をして別れた。帰ってから15年前の自分に『お疲れさま』というメールを書き、送信する。受信ボックスを見ると、新着メールが入っていた。


『30歳の柏木悠介様。仲間は助けられたかい? 俺は今それなりに平凡な生活を送っているよ。ご苦労さん。33歳の柏木悠介より』


犠牲の上に成り立った、仲間と妹の生存。


俺が望んだこと。こうすることでやっと普通の生活を手に入れられた。


もうなにも望まない。これからはひっそりと暮らしていこう。


俺はそう思いながら、そっと受信ボックスを閉じた。

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