第15話

翌3月7日、会社に新人が入ってくることになった。


新人といっても27歳で転職に成功した子だ。俺も気持ちの面では殆ど新人同様なのだけれど、仕事はなんとかできていた。


修正によって捏造された記憶が逆再生のように生まれているからだ。30歳、29歳、28歳……といった具合に。今、25歳まで思い出している。


その前、10年間は空白で、メールに翻弄されていた15歳の自分と繋がっている。


つまり、俺には15歳からの記憶が2つある。修正する前の記憶と修正したあとの記憶。ただし、両親が離婚して母と2人で暮らしてきたという記憶はなかった。



「お初にお目にかかります。本日よりこちらの部署に配属されました――」


はつらつとした声が聞こえてきた。俺は無理に余裕のある表情を作り、その顔を見た。昔の面影が残っている。


「川本留美と申します。宜しくお願いします」


この子もまた、春花が轢かれたところを目撃して、深い傷を負ったはずだ。今はその

出来事はなかったことになっていて、春花とも友達じゃない。


「柏木です。よろしく」


今度妹紹介するよ、多分気があうと思うから。そんなことを近い将来に言ってみようと考えていると、久野から携帯にメールが入った。


『泉と宮前は救えたみたいだね』


昔の新聞記事でも読んだのだろうと予測し、あれと思った。


泉と宮前がブラジルで育った事実に変わっているのなら、俺が過ごした中学では誰も2人の存在を知らないはずだ。なのに、なんで知っている?


訊きたいことはたくさんあった。久野もサンプルとして訊きたいことがあるのだろう。


昼休みに電話を入れ、夜、久野と会うことにした。



久野は高そうな料亭の個室を予約していた。


先に来ていた久野は、もう料理を頼んでいた。トップシークレットだから場所も選ばなければならない。


「金は俺が払うよ。改竄した結果、君の通帳残高がどうなっているかわからないからね」


俺を見るなりそう言って、酒をすすめてくる。


「なら、食えるだけ食わせてもらうよ」

「どうぞ。で、早速本題だけど」


メールによる変化を事細かに訊ねてきた。俺は順を追って詳細を話す。命の犠牲が出てしまったことは俺の責任。でも、命を犠牲にしない方法はないのかと訊ねてみる。



久野は表情一つ変えず、いつもの口調で言った。


「それは君がずっと抱えていかなきゃならない問題だよ。死ぬはずの人間が生きているんだから、タダで済むわけないじゃん。妹の代わりに留美ちゃんが轢かれたかもしれない。宮前の代わりに君が心不全で死んでいたかもしれない。吉田が生きている代わりに、カエルが同じ質量だけ消滅したかもしれない。歴史を変えれば、変えた分だけ均衡を保つための犠牲が出る。でも誰にどう影響が出るかまでは推し量れない」


「じゃあ、俺が死ぬ可能性もあったということか。犠牲が出ない方法はないと」


久野は頷く。


「だからどうなっても知らないと言ったんだよ。結局、誰がいつどこでどのように死ぬかなんて、どんなに優秀な科学者でもどんなタイムトラベル知識を持っていてもわからない。それはきっと俺たち人間が決めちゃいけないことなんだ」

「そうだよな……それがお前の言うプログラミングだよな」


人の運命を操れそうで操れない。そんな場所に、俺達は立っている気がする。 


「で、助かった仲間とはいつ会うの。俺にも会わせてよ」


俺はびっくりして、久野の顔を見る。


「会いたいのか」

「俺もお前と同罪だからな」


どういうことかと訊ねると、久野は悲しそうな表情で笑っていた。こいつのこんな顔を見るのは初めてだ。


「俺は、メールの実験をしている時、弟に京王はやめて海星に行けと過去の弟に送ってみた。京王に入ったらなにかあったらしくて、男には珍しい拒食症になってしまって、苦しんだんだ。実験後、弟は見違えるほど変わった。そこで俺の記憶はふたつに別れたよ。高校の第1志望校に落ちたのは、多分、代償だったんだと思う」


「なら、お前には志望校に落ちた時の記憶と落ちなかった時の記憶があるのか」


「そう。修正後の俺は昔、なぜ行きたい高校に落ちたのかわからなくて苦しんでいた。俺は俺自身に一切メールを送っていないからね。送らない理由は、わかるだろ」


「運命に逆らいたくないから無視する、だっけ」


久野は自嘲気味に笑った。

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