第14話
2039年3月6日
宮前と泉は救えたのか。
俺は会社から帰ったあと、スクラップにしていた記事をすぐに確認した。
宮前と泉の名前はどこにもなく、記事には覚えのない被害者の名前があった。
被害者はさらに1人増えている。俺の記憶違いか。
15年前に送ったメールの送信履歴を確認した。俺が打ちこんだメールには、宮前と泉の名前があり、事件の被害者は12人のままだった。
歴史は変わっても、タイムトラベルPCに打ち込んだ文章だけは、修正されない。物事を変える起点となるからだ。そして、過去を動かした証拠にもなる。
記事を細かく読んでいく。見たことのない切り抜きが出現していた。
『無差別女性殺人事件、一人は監禁されている間にショック死か――』
13人の被害者のうち1人だけ、死因が外傷によるものではないという。
もしかしたら。俺はひとつの答えに辿りつき、リビングへ行くと、受話器を取った。
目的の番号にかけると、女性の低い声が聞こえてきた。
「佐山……いえ、柏木です」
「柏木君? ああ、中学の時の」
「はい。光輝君はいらっしゃいますか」
相手は明るい声で言った。
「今会社から帰って来たばかりで……ちょっとお待ちくださいね」
変わった。吉田は生きていた。犠牲になった1人に心の中で繰り返し謝り、罪悪感を覚えながら、それでも俺は、吉田が生きていたことに涙していた。
「おお、柏木。久しぶり。お前全然連絡くれないんだもん」
懐かしい声が聞こえる。代わった電話の相手は、まぎれもなく、吉田だ。
「ごめん……」
「用事か」
「いや、急に会いたくなってさ」
「気持ち悪いな。会うなら彼女だろ」
「できたのか、彼女」
「まぁな。出張先で出会って、付き合い始めたばかり。今度紹介するよ」
吉田の記憶もまた、替えられているのだろう。付き合い始め。俺はちょっとだけ皮肉のつもりで言った。
「お前には昔、泉っていう色白の彼女がいたんだけどなぁ……」
「はぁ? なに言ってんの。今の彼女がイズミだよ。サトコ・イズミ」
え。言葉が出てこなかった。吉田は続ける。
「彼女にはさ、また可愛い友達がいるんだ。紹介しようか」
名前を聞いて、全身が震えた。宮前だった。
「ああ、頼む」
「2人とも中学までサンパウロ日本人学校で育ったんだって」
「サンパウロ……ブラジル?」
「そう、帰国子女。ポルトガル語と英語がペラペラ。3ヶ国語話せるんだ」
ブラジル。その意味を考えると、冷や汗が出てくる。
例え無差別殺人事件に巻き込まれなくても、日本、あるいは北半球のどこにいても2人は15歳で殺されることになっていたのだ。生かすためには、南半球で育つ必要があった。そう軌道修正されたのだ。
「頼む。会わせてくれ」
「お、乗り気だな。青木も誘うか」
きっと青木も変わったはずだ。
「青木は今どうしているんだ」
「え、あいつとも連絡とってなかったの。普通にサラリーマンやってるよ」
全員助かった。呼びかけて答えが返ってくる青木を見られる。
「あ。でも」
吉田は思い出したかのように言った。
「でも、なんだ」
「先月、火事で家が全焼したって連絡来た」
「みんな、無事だったんだよな?」
確かめる。青木に限っては命の犠牲は出ないはず。
「ああ。家族全員無事だけど、大変だろうな」
励ますために、青木も誘おうということになって、電話を切った。
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