第13話
仲間が一斉にテレビに注目する。
「これって私たちが行っていたら……」
泉が言いかけたが、母を気にしてかそれ以上はなにも言わなかった。
僕も画面に釘付けになった。
なんで?
フォークを持つ手が震えている。
宮前と泉はここにいて、渋谷で事件に巻き込まれなかった。渋谷での拉致はなくなって、犠牲は12人から10人に減るんじゃないのか。なんで1人増えている?
犠牲。深く息を吸い込んだまま、しばらく吐き出せずにいた。僕はその二文字を。す
っかり失念していた。事件の犠牲者は、少なくとも減らない――。
宮前と泉が生きていても。僕がそれを回避しても。2024年の3月2日に渋谷で拉致事件が起こることは変わらず、修正した代りに僕の知らない女性3人が事件に巻き込まれた。
僕は同じ日本の空の下を歩いていた見知らぬ誰かの命を、間接的な形で奪ってしまっ
たことになる……。
心が折れそうになった。目の前のことに夢中だった。久野の言うとおり、宮前と泉の被害を回避したリスクを考えなかった僕は愚かだ。
そうして助けたあとでどうなるのかも、全く考えていない。恐れと不安が一気に湧いてきた。
2人は、春花と同じように消えてしまうのではないか……。
吉田が心配そうに声をかけてくる。僕は顔に出さないようにして、無理に笑い、いつもの自分を演じ続けた。
3月4日も夜まで僕の家で過ごし、別れた。なにも起こらない。5日の朝も、登校すると仲間4人を見かけた。僕は安心していた。
A組で担任からプリントを貰って報告を聞いたあとは、解散。僕は仲間に会うために
D組に足を運び、そして、出入り口の前で硬直した。
嫌な予感が的中した。宮前と泉が、どこにもいない。朝までいたのに。2人の席には、僕が全く見たことのない女の子が座っている。
窓際に吉田と青木はいた。近づいて宮前と泉のことを必死に訊ねても、わけがわからないという顔をしている。おいおいなにを言っている、俺達は最初から3人組だろ。
なにをどう訊いても、そういう答えしか返ってこない。
デジカメを見ても5人で撮ったはずの写真は、全て男子3人だけになっていた。望む
ものを掴んでも、掴みきれない歯がゆさが全身を襲う。
3月2日に事件を回避しても2人はすぐに消えず、3日間を共に過ごした。
春花の時もそうだ。手を繋いで一緒に家まで帰り、部屋に行っている間に消えた。
なんですぐに消えなかった?
回避した瞬間すぐに消えてくれれば、春花の手の温もりを感じずに済んだ。デジカメの中の笑顔を見ることも、ケーキを買った母の、喜ぶ顔を見ることもなかった。ちょっとだけ割り切れたかもしれないのに。
彼女達の存在は、全部幻だったのだろうか。久野の言ったように、僕は妄想にとりつかれているのだろうか。
ふと、メールを思い出し、ひとつの答えが導き出された。
――女性たちは数日間、監禁されたあと……
寒気がした。本来の時間軸では――未来の僕が15年前にいた時間軸では、宮前と泉が生きていた時間なんだ。
春花は、即死じゃなかった。手を繋いで家に帰るまでの時間だけ、多分生きていた。
宮前と泉も3月5日の朝までは、確実に生きていた時間なんだ。
助けても、一緒に卒業できない。思い出は消され、犠牲も出る。僕は窓際に崩れ落ちたまま動けなかった。つい数日前までここに立っていた、宮前と泉の顔を思い浮かべる。
ねえ、いつかまた会える?
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