第12話
3月2日、僕たちは学校で遊んだ。
学校そのものは休みだけれど、部活動に励んでいる子たちもいて、自由に入れる。
3年生も残りわずかな時間を楽しみたいのか、登校している子はたくさんいた。
僕はみんなを飽きさせないように、テンションを高くしながら必死に話題を見つけては、面白おかしく喋りつづけた。
そこには1年分の開きがあった。去年のように自然体で話せなくて、でも去年に戻ったみたいに楽しくて、屋上や校庭や美術室や理科室などを回りながらデジカメで記念撮影をとった。
内心はとても疲れていて、校庭を何十周も走ったかのように、自分の中からぜぃぜぃという呼吸音が聞こえてくる。佐山の時のように、うまくいかない。
A組にも行った。A組の子たちは、異質なものでも入ってきたかのような目で僕たちを見ている。僕は構わずに仲間を笑わせ、写真を撮る。
その時、馬鹿にしたような笑いが近くから聞こえてきた。
久野だ。いつものように難解な本を読んでいる。
「柏木君。あのさあ、よく喋るけど友達は無理して笑ってくれているだけだよ」
一瞬、胸に刺さった。僕は会話をやめる。
「無理なんかしてねえよ」
吉田が久野を見て、苛立った口調で言う。
「柏木君の話はそんなに面白い? うちのクラスじゃ誰も笑わないよ」
「俺達は柏木といるのが楽しいんだからそれでいいだろ」
今度は青木が言った。嫌な空気が走る。久野はなおも突っかかってくる。
「君たちの青春ごっこ、馬鹿馬鹿しくて見ていられないんだよね」
「だったら席、離れろよ」
吉田は酷く怒った様子で、久野の机を軽く蹴飛ばす。
「筋が通ってないね。君たちのほうからこのクラスに来て騒ぎ出したんだ。そっちが離れるべきだよ」
吉田と青木は久野を睨みつけている。
「悪かった。離れるよ。ありがとう」
吉田と青木を制して、僕は静かに言った。
「柏木、言われてるけどいいのか」
青木が肩を掴んでくる。僕は頷き、A組から離れ、廊下から久野を眺めた。久野は読書を再開させていた。
お前なんだろ。未来の久野か今の久野かわからないけど、さっき宮前と泉にメールを送ったのは。
心の中で言う。僕じゃあんなストレートなメールは送れない。思い当たるのは久野しかいない。久野がいなければ、春花も助からなかった。だからありがとう。
吉田と青木は久野に対し、毒づいていた。僕は無理にもとのペースを取り戻し、みんなを会話に巻き込んだ。変わったことはなにも起こらない。門限を過ぎて、僕たち男子3人組は、宮前と泉を家の前まで送り届けた。
午前零時を回って、宮前と泉に電話をかける。「こんな時間に非常識」と宮前からも泉からも怒られたけれど、それは2人が生きているという証で、僕は安心して眠ることができた。
翌3月3日は土曜で、4人は僕の家に泊まることになった。無理に誘導したのだ。日
付が変わっても、注意は必要だ。未来の僕からのメールで、春花の事故を回避する時に、「数日は様子を見ろ」と書いてあったから。
僕の母にも、仲間の親にも連絡をとってある。夜は母も帰ってくるし、女子2人には寝るとき、他の部屋を貸せばいい。別に悪いことじゃない。
お菓子やジュースを買いこみ、僕の部屋で話したりだらけたりしていた。もしかしたら僕はみんなを、特に女子2人を、緩く監禁しているのかもしれない。
でも少なくとも傷つけることはない。2人が事件に巻き込まれることを運命づけられていたのなら、事件相手に人質をとってやる。そういう気分だった。
夜、会社から帰ってきた母が喜んで雛人形の砂糖菓子が乗ったケーキを買ってきた。
母の喜びようは半端ではなかった。「悠介とずっと2人で暮らしてきた」から「女の
子の行事に参加する機会がなく」、僕の友達に女の子がいることは嬉しいのだと。
それを聞いて胸が締め付けられそうになる。母は春花のために、毎年3月3には小さな雛人形を飾っていたのに。
リビングで夕飯をとり、食後にケーキを食べる。母も僕達に混ざって会話を楽しんで
いた。不意に流しっぱなしのテレビからニュースが流れてくる。8時と9時の間の、5分間ニュースだ。
『昨晩3月2日、東京都渋谷で、10代の女性3人が行方不明に――』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます