第11話


「今、どこにいるの」

「教室でみんなと喋ってる。柏木も来なよ。今日みんなで遊べばいいじゃん」


明日僕と遊びに行けないことへの、宮前の気遣い。でも違うんだ。くそっ、どう説明したらいいんだよ。


「行く」とだけ言って、電話を切った。走って学校へ戻る。


こうなったらもう、土下座してでも、泣いてでも渋谷へ行くことをやめさせなくては。そう思いながら、ふと立ち止まった。


読み漁った本の中に、こんな話があったのを思い出したのだ。タイムマシンを使って未来から事件を防ぎに来ても、助けたい人は助からず、なにをしても死ぬ。映画か小説だったと思う。



渋谷へ行くことをやめさせただけで、2人は助かるのか? もう事件は起きている。もしかしたらどこへ行っても、宮前と泉は拉致されて殺されるんじゃないのか。



春めいた風が吹いているのに、背中は凍りついていた。でも妹は助かった。余計なこ

とは考えるな。


僕にできることは、2人を渋谷に行かせず、見張っていることだ。


学校に着いて、D組の扉を勢いよく開けた。D組の子たちが一斉に見てくる。D組独

特の空気。色。気配。慣れない中に4人の姿を見つけて、僕は安堵していた。4人は窓際で話していたようだ。


「よっ、柏木。走ってきたのか」


吉田が手を挙げた。去年は「佐山」だったのに。僕は乱れた呼吸を整えながら頷いた。目の前に紙パックのジュースが差しだされる。見ると青木だった。


「さっき買って来たんだけど、お前にやるよ。その様子じゃ喉渇いてるだろ」


涙が出そうになるのをこらえて、受け取る。


「あのさ、お前に言うことがあるんだ。一昨日から俺達……」


吉田は照れたように、近くにいた泉の手を引いた。泉は恥ずかしそうに髪で顔を隠し、俯いている。


「付き合い始めたんだろ、知ってるよ」


繋いだ手は2人共、とても白くて、それが明日には引き裂かれるのかと思うと、叫び出したくなってくる。僕は4人を真顔で見渡し、その場に正座した。


「なにをやり出すんだ」という表情でみんな見てくる。

「お願いだ。明日は僕と……」


その時、聞いたことのない携帯の着信音がやかましく鳴り響いた。


宮前と泉が同時に携帯を取り出す。同じタイミングで、2人にメールが来たらしい。やかましいと思ったのは曲がかぶっていたからだった。



画面を見る女子2人の表情が、青ざめていく。


「どうしたの」



青木が宮前の携帯を覗き込もうとする。宮前は、みんなにメールを見せた。



『明日渋谷に行けば、宮前と泉は惨殺される』


泉も黙って宮前の携帯を見ていた。同じ内容のメールが来たようだった。


「ちょっと見せて」


僕は立ち上がり、宮前から携帯を奪い取るようにして差出人のアドレスを見た。


知らないアドレス。送信日時は今日だったけれど、西暦は不明。男子2人は騒いでいる。


「ねえ、柏木。さっき私に渋谷に行くなって言ったけど、これは柏木が送ったんじゃないよね。アドレスが違う。柏木は私たちを怖がらせることはしない」


宮前が冷静な口調で言う。多分、僕を信頼してくれているのだと思う。


「そのメールは僕じゃない。僕は今来たばかりだし」

「でも、心当たりがある?」


今度は泉が不安そうに訊いてきた。未来からメールが来たことは話せない。冗談と捉

えられて違う話に転がっていくのも避けたかった。


「明日渋谷で無差別殺人事件が起こるらしいんだ。偶然予告を聞いてしまって」


ああ、と宮前は納得のいったような顔をした。


「それで、必死に止めようとしてたんだ」

「渋谷には行かないで」


僕は懇願した。宮前と泉は顔を見合わせる。どうする? という表情だ。


「……柏木がそう言うなら行かない。気味悪いし、巻き込まれるのも嫌」

泉は僕の目の前でメールを消した。宮前もそれにならう。



吉田や青木とも話し合った結果、宮前と泉は渋谷へ行かないことになった。

けれど油断はできない。


3月8日は卒業式だ。15年後の僕は、15年前、どんな気持ちで卒業式を迎えたのだろう。14歳の思い出を胸に、泣いていただろう。


「明日は僕と遊んで。また、去年みたいに。明後日も、その次も」


必死さが伝わったのか、みんなは明るく了承してくれた。遊ぶにしても、なるべく安全な場所がいい。

 


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