第10話


2024年3月1日


『高校受かったんだな。おめでとう。お前がとった行動により、俺の履歴も変わった。それには感謝したい。だがよく聞け。大事なのはここからなんだ』



3年はもう授業がない。早々に帰宅してメールを開いた。久野に疑問を投げかけられて、迷っている。相変わらず長い文章。僕の迷いを無視するなと言いたいけれど、なにもしなかったら、やっぱり悲惨な未来が待っているのだろう。渋々メールに目をやる。



『2024年に、殺人事件が起こる。15歳から20歳位までの若い女性だけを狙った無差別殺人事件だ。3月8日に、秩父山林の中で12人もの遺体が発見される。遺体は12人分、積み重なった状態で見つかったらしい。犯人は複数だと思われる。動機は不明。犯人は未だに捕まっていないんだ。その12人の中に、宮前と泉がいる』



宮前と泉が殺される? 


嘘だ。こんなの。いや、嘘じゃないから送ってきたのだ。



メールによれば、被害にあった女性達は、数人ずつ数日間数カ所に監禁されたあと、殺されたと思われる、らしい。警察がどれだけ動いても、監禁場所ははっきり特定できなかったそうだ。


宮前と泉がどこで監禁され殺害されたのかもわからないという。 


メールを読み進め、現実感がわかないまま、僕は絶句していた。


『明日、学校は創立記念日で休みだな。2024年3月2日に、宮前と泉は渋谷へ遊びに行き、そのまま消息を絶つ。受験から解放されて、ちょっと羽目を外したくなって、慣れないどこかの路地に迷い込んでしまったんだろうな。事件発覚後、マスコミが騒ぎだす。宮前と泉のプライバシーは毎日のように全国放送で垂れ流しだ。吉田は泉とその少し前に付き合い始めたせいで、吉田のプライバシーもなくなる』



あの2人が付き合っているなんて知らなかった。驚きと、これから起こることへの動揺が広がっていき、僕は迷いをすぐに打ち消した。 



『俺達は数年間、執拗にマスコミに追い回される。テレビだけではなく、新聞社からあらゆる雑誌記者にまで。だが、最大の敵はネットだ。

テレビや雑誌で俺達の名前が出なくても、ネットで出回ってしまう。

学校の誰かが流したんだろう。吉田は特に被害者女性の彼ということで、顔写真まで晒される。

俺達は女子と親しくしていた、というだけで下世話な想像を、誹謗中傷を、見たこともない人間からされるんだ。

ネットの書き込みで、俺たちが犯人だと根拠のないことを言い出す奴、殺された女も自業自得だと言う奴が大勢出てくる。

被害者の中でも最年少の宮前と泉は、平日に渋谷で遊んでいたというだけで、ロクでもない少女達だという烙印を押される。

もちろんこうしたことは、俺達だけではなく、他の被害者と、被害者の友達や家族、恋人についても同様だと思う。だがそれが主な原因で――』



こんな未来は絶対に嫌だ。宮前と泉がなにをしたっていうんだ。


メールに目を走らせる。



『吉田は高校に入ってから、自殺する』

 

全身が脈打つ。



『青木は、今のお前と比べ物にならないほどの精神崩壊を起こす。もう、人間として機能していない』


心臓がまた、跳ねる。


『そして俺は――』


先を見るまでもない。だから無職30なのだ。


事件後の僕は、見る物全てが敵に思え、人間不信に陥り、克服できずに悶え生きていくのかもしれない。自分のことだからなんとなくわかる。吉田のように自殺できなかったのは、娘を亡くした僕の親を悲しませないため。青木ほどの精神崩壊を引き起こさなかったのは、個人差。その差は紙一重。



気がつけば左手をきつく握り締めていた。画面をスクロールさせる。


『事件の犠牲者は、もう何人か出ていると思う。一応参考までに……』



そこには被害者の名前が12人分書かれていた。まだ殺されていないかもしれない人たち。あるいは殺されているかもしれない人たち。その中に宮前と泉の名前もちゃんと入っていて、気が狂いそうになる。



ネットで事件に関する検索をかけてみる。記事が出てきた。行方不明の女性は、神奈川で1人、愛知で2人、新潟で1人、山梨で1人。


それぞれ個別の記事で、個別の事件として記載されている。ひとつひとつ、メールに書かれてある名前と照らし合わせてみる。全部名前が一致するが、今はまだ、個別の事件として扱われている。同じ事件として関連づけることを仄めかしている記事もあったが、断定はされていない。



範囲が広い。日本中を狙っている気がする。


『この事件を止めることは無理だ。少なくとも素人の俺たちには。いまだに手がかりがなにもないのだからな。だが、宮前と泉を助けることができれば、吉田も青木も救われる。負の連鎖がなくなる』


嫌な汗が滲み出て来た。事件は止められなくても、2人を救えたら被害者は減るかもしれない。携帯を取り出し、宮前に電話をかける。


「もしもし、柏木?」


宮前の声が聞こえてきた。


「うっ……」


遺体は積み重なった状態――想像が邪魔をして、声が出ない。


「どうしたの」 


廊下で見た宮前の後ろ姿を思い出す。長い黒髪が揺れていた。


「あ、明日さ、僕とみんなで、どこか遊びに行かない。もう最後だし。僕は教室離れちゃったから、正直寂しかったんだ」

「ごめん。明日は、さと子と約束があって。明後日ならいいけど」


明後日じゃ間に合わない。


「明後日は用事があるんだ」

「じゃあその次の日は」

「明日、渋谷に行くんだろ」


たまらず言っていた。沈黙が流れた。


「なんで知っているのよ。さと子から聞いた?」

「いや、なんとなく。渋谷は危険だよ。行かないほうがいいよ。人多いし」

「高校受かったら109に行こうって、前からさと子と話していたんだもん。たまには女2人で遊びたいし。約束は約束だし。夜になる前には帰るよ」


だめだ。説得できない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る