第8話


しまった。つられて僕も嫌味っぽい口調になってしまった。


「じゃあどんな内容だったのか具体的に話してよ」


2039年からメールが来て、妹の事故を回避し、それによって姓が変わった件だけ話した。久野が未来で情報のタイムトラベルを可能にするということは伏せておく。


久野は半信半疑の表情から、徐々に真顔になっていった。そして興味深そうに「ふうん」とだけ言った。



「実際に自分の目で見たことなんだ。信じないほうがおかしいよ」

「じゃあ仮にその話を信じるとしよう。君はとても愚かだね」

「なんで」


「例えば、僕の弟が致命的な病気にかかったとする。そして未来の僕から、弟を助けられる具体的な方法が書かれたメールが来るとする。でも僕は、多分それを無視する」


「弟を見殺しにするの」


「見殺しにするんじゃない。運命に逆らいたくないだけ。タイムマシンなんてあっても、世界と歴史が混乱するだけじゃん。ないほうがいい」


「君から運命なんて言葉が出てくるとは思ってなかった。非科学的だって笑う人かと思っていたよ」


久野の眉が動いた。


「科学も絶対じゃないんだ。常識が覆ることもある。ああ、でも常識が覆って誰かがタイムマシンを作ることも、実は宇宙規模でプログラミングされていることなのかもね」


「君の言うプログラミングって要するに、運命のことじゃないの。矛盾してない」


「ごめん。未来から君にメールが来ることは、もともとプログラムされていたことなのかもしれない。でも行動するかしないかは自由だ。リスクを考えなかった時点で愚かだよ。僕ならもっと考える。言っておくけど、うちの弟はピンピンしてるからね」


「そういえば、久野君の弟は中学受験したんだっけ」


久野の弟と春花は同じ小学校に通っていたはず。クラスが違うからそんなに接点はなかったと思う。けれど、その事実も今はないのだ。


「弟は、僕とはまた違う分野で頭がいいからね。あ、でもあいつ、京王に行きたがっていたのに、直前になって海星に変えやがったな」 


弟もまた、どちらも余裕で受かったということか。


「君達の家族はなんでそんなに頭がいいの」

「羨ましいかい」


頷くと、久野はふっと笑って髪を掻きあげた。


「でも僕は志望校に落ちた。どうやら自分の頭脳を過信していたみたいだ」

「嘘。君が? なんで」


睨みつけてくる。そこには細かく触れてほしくないようで、僕は黙った。


「まぁ、現状未来へメールを送るのは無理だよ。どうしてもというなら、アインシュタインの理論を覆す、完璧な理論を作るしかない。それも、物理学者の誰もが認めるような。あるいは素粒子なら過去や未来へ行く可能性もあるけど、それに情報つけて飛ばすことなんて少なくとも、君には無理だね」


そんなこと、実際にできればノーベル賞ものだ。久野に無理、と言われたことですっきりした。できないものはできない。僕はお礼を言って、席を離れる。


すると、ねえ、と呼び止められた。


「君の話は妄想? そのメールの指示に、君は今後も従うの」 


僕はすぐに答えられなかった。

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