第7話
2024年2月18日
昨晩、未来の僕から今身のまわりに起きていることを説明されたメールが来ていて、落ち着きを取り戻した。
僕は、母と2人で暮らしてきたことになっている。家で感じた違和感は、父と春花のいた痕跡が一切なくなっていたことだった。
修正が働いた。つまり、両親が離婚し、春花が別の土地で暮らすことで、事故は免れたという可能性がある。
けれど、今長野で生きている春花や父に、僕と過ごした思い出がない。母にさりげなくいろいろな質問をしてみると、母の記憶は替えられていた。母は春花と過ごした思い出がない。
僕の携帯に、登録していた春花と父のアドレスがなくなっていた。これまでやりとりした履歴もすべて消えた。納得はできても気持ちが追いつかずにいる。
妹を助けたのに目の前から妹がいなくなってしまうなんて意味がない。メールに書かれていたように、30歳になればまた会える。でも父が亡くなる。修正することで、犠牲が出るかもしれないとのことだ。
喪失感が酷くて、結局勉強はなにも手につかなかった。
それから佐山の姓で送ったはずの高校の願書を、柏木の姓で3校受けた。公立と私立2校。名前を間違えそうになったり、問題文が頭に入ってこなかったりして白紙で出しそうになったけれど、なんとかメールで言われたとおりに文字を埋め、24日に誰もが入れるような私立高校に1校だけ受かった。
受かってからの数日間は、物理学やタイムトラベルを扱ったいろいろな本を読み漁った。未来の僕に聞きたいことがたくさんあって、でも僕は未来にメールを送れない。読み漁った本の中で、頻繁に目につくものを大雑把にノートに要約してみる。
① 多世界解釈
② コペンハーゲン解釈
③ パラレルワールド
④ 単一世界
宇宙の構造のみたいなもの。細かく例をあげていくときりがない。そしてもっと細かく調べていくと理数に弱い僕の理解を遥かに超えてしまう。
①と②は量子力学の観点から考えるもの。量子力学はタイムトラベルの足がかり的な存在にはなるようだ。
③は要するに多宇宙。宇宙の外には全く同じ宇宙があって、この世界とは別の、いくつもの地球があるという。マルチバース理論というのとほぼ同じでフィクションでもよく使われる。
④は僕の造語。マルチバースに対するユニバースでもいいのだけれど、なんだか頭が悪いのが悔しいので自分で無理に作ってみた。要するに宇宙はひとつ、の世界。
科学者の中にも、多宇宙の可能性を考えている人は多い。でもタイムトラベルとなると、現在の科学ではメールでさえも無理と言われている。
結局のところ、フィクションの世界でしかタイムトラベルなんてできないのだ。現在は。だから、僕の打つ手は皆無。
自分の未来を知られることの好奇心はあった。でも高校受験から今に至るまでは、メールが来る気配がない。メールがいつ来るのか予測できないから、こちらからもメールを送って未来の自分と対話したいのに。
何度もメールの送受信ボタンを押す。来るのはスパムだけ。
そうだ。久野に相談すればなにかヒントを得られるかもしれない。未来の久野は、絶対に実験をしているはずだ。両親共に科学者。久野はサラブレッド。
僕と同じように未来からメールが届いているかもしれない。
翌日、卒業式の練習を1時間だけして、担任から軽く報告を聞いたあとは、各自自由だった。久野は難しそうな本を読んでいる。余裕の表情。第1志望校に受かったのだと思った。
「ねえ、ちょっと」
声をかける。PCオタクでも、オタクの一般的なイメージとは大きく違って、いわゆるイケメンなのだ。ただし生徒はあまり近寄らない。
「なんだい、柏木君」
久野は本を閉じて、僕を見た。柏木、と言った。僕が佐山だったことを知らないみたいだ。
「久野君のとこにさ、変なメール、届いたことない」
「変なメール? 君が僕宛てに出したの」
「違うよ。差出人不明の、未来を予言したメールみたいなの」
「もしかしてそんなのが君宛てに来たの? その怪しいメールと僕とは、一体なんの関係があるの」
この反応は、まったく心当たりがない様子だ。
「率直に訊きたいんだけど。未来にメールを送るのって無理?」
「送れるよ。携帯から僕にメールしてみなよ。受信する頃にはもう未来だよ」
「そういうことじゃなくて。10年、15年先の未来とか」
「そんなこと、考えるだけ無駄だねぇ」
久野は呆れた顔をしていた。未来の君はその無駄を考えて発明するんだよ、という言葉を飲み込む。
言ってもいいのだろうか。言うことによって、久野が発明を回避する未来が生まれてしまうかもしれない。すると僕が困る。妹が死んでしまうから。
「ねえ、急にどうしたの。予言メールを信じて、SF的なものにでも目覚めた? SFもね、ちゃんと科学的な考えに基づいて話が作られているんだよ。そこ理解してる? これだから文系は。そんなメール、信じちゃいけませんよ」
もう少し嫌味なく話すことができれば人も集まってくると思うのに。やっぱり苦手だ。
廊下を、仲間4人が通り過ぎていった。吉田と目があい、手を挙げる。他の3人も気づいたらしく、笑って手を振ってきた。
すぐにでも話しかけに行きたかったけれど、我慢。今は久野の話を聞きたい。
「君はメールの内容を知らないからそんなことが言えるのさ」
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