第5話
2039年2月17日
あとには引けなかった。メールを送ることでどうなるかも、未知数だ。
久野は今日本に一時帰国している。散々言われた。どうなっても知らないと。過去を
変えたい人間はいくらでもいる、それでもお前は自分のエゴのためにやるのかと。
しかし久野は今の俺にとって光だ。久野がいなければ、俺も今頃は青木のようになっていたかもしれない。青木は何年も、精神病院を転々としている。誰がなにを呼びかけても反応しない。目は見えているようでなにも見ていない。
見舞いに行ってみるか。俺は立ち上がり、部屋を出た。家を出る前に春花の遺影に挨拶をしようとして、心臓が鳴った。
リビングの片隅に置かれていた仏壇が、消えている。まるで初めからそんなものなどなかったかのように、そこには代わりに小さな本棚が置かれていた。
15歳の俺は、春花を救えた。すぐにそう思った。
不意にリビングの固定電話が鳴った。あまりにびっくりして、腰を抜かしそうになる。
受話器を取ると、緊張したような女性の息遣いが聞こえてくる。
「あの、柏木さんのお宅でお間違いないでしょうか」
「いえ、うちは佐山ですけど」
相手は一瞬黙り、遠慮がちに言った。
「佐山は私ですけど……」
どうなっている。俺は軽く混乱していた。けれどこの声には覚えがある。
「春花……なのか」
「悠介、兄さんですか」
なんだこの、よそよそしい会話は。戸惑う俺にお構いなく、春花の声が高くなった。
「私のことを御存知だったのですね。初めて会話ができて嬉しい。私には生き別れた兄がいると、父から散々聞かされてきました」
「生き別れ?」
「両親は私が赤ちゃんの時に離婚して、父が私を、母が兄をそれぞれ引き取ったと。でもずっと会えずにいて……母の顔も写真でしか知りません」
言っていることを理解できなかった。俺は今日までこの家で、両親に情けなくも養ってもらっていたはず。なのに、父と母が俺達の幼い時に離婚したって?
「ちょっと待ってください。ほんの数分」
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