第4話

件名『落ち着いたら読め』


『春花は無事、助けられたか? 突然こんなメールが来て困惑していることだろう。14歳の時は本当に楽しかったな。青木真吾、吉田光輝、宮前沙織、泉さと子。お前を理解してくれた奴が、これだけいた。クラスは変わっても、お前は今でもかけがえのない仲間だと思っているはずだ。そして今、お前のクラスには久野という奴がいるな。科学に天才的な知識を持っていて、パソコンをイチから作れるくらいのPCオタクで、文系を馬鹿にしている嫌味な奴だ』



全員の顔を思い浮かべた。青木も吉田もインドア派の大人しい男子。宮前は知的美人、泉はあどけない顔立ち。フルネームで書かれていると、覗かれているみたいで気味が悪い。多分僕を信じさせるためだろうけれど。久野はただのクラスメイト。友達ではない。



『お前は、2025年問題を知っているか。昭和100年になり、コンピューターに誤作動が起きるというものだ。2024年にこの問題を解消しようとした時、久野は日本で大発明をしてしまった。光の速さを自在にコントロールする理論を打ち出し、独自に研究開発した結果、メールでのタイムトラベルを可能にしてしまったんだ。2025年は問題にならない。しかし今物理学界で大きな波紋が広がっている。その波紋を横目に、各国が後に控える2050年の課題に向け、発明を有効に利用できないかと動き出しているんだ。久野の発明は今、日本を含めた海外の主要国が押さえ、限られた人間しか利用できなくなっている。但し、決して過去には送らないことが国家間の絶対的なルールだ。歴史を変えるのはリスクが伴うからな。ちなみに人類のタイムトラベルは、俺のいる時代も、まだ成功していないらしい』



2050年はオゾンホールが消滅するとか。ルールを無視して絶対誰か使っていそうだけれど、これが本当だとしたら、未来は凄いことになっている。



『俺は危険を承知で久野に頭を下げ、タイムトラベルPCを極秘に作ってもらった。今日、2039年2月17日。やっと出来上がった。欠点は過去や未来の同じ日付でしか送れないこと。見た目はお前が今使っているPCよりちょっと薄くなったくらいだ。人々の生活は15年前と比べてもあまり変化はない。俺は今、無職、実家暮らし。15年間なにもできずに生きてきた。お前の人生はこれから坂道を転げ落ちる。まず、お前は高校受験に全て失敗する。春花が死んだショックで、全校白紙で出してしまうんだ。今はちょうど受験の時期だな。とにかく入試の時は文字を埋めろ。それから先のことはまたメールする。俺の過去を変えてくれ。俺の未来を変えてくれ』



ショックだ。未来の僕を知ってしまうというのは。家族は未だに死んだ春花の話しかせず、久野は海外の研究所で働いていると、最後に書かれていた。



なんだ。久野と僕の未来のこの差は。



結局30歳までは生きている。ならば今すぐ勉強を始めようか。


でも、春花が助かったんだから、受験に白紙で臨むということもなくなる。


そうだ。ココアを飲もう。いつまでも待たせているのはかわいそうだ。


階段を下り、リビングに行った。


さっき買ったチョコレート菓子が袋ごと床の上に落ちている。春花の姿がなかった。


数分前に春花が用意していたコップは、空のままテーブルの上に置かれている。僕の心臓はまたものすごい速さで動きだす。



名前を呼んでも返事がない。家中を捜し回った。違和感があったが、今は気にしていられない。外へ出る。周辺を捜してもいない。セブンイレブンまで戻り、もしやと思ってローソンまで行ってみたが、春花はどこにもいない。それらしい事故もなかった。



雪が降り出していた。雪は地面に舞い落ちて、跡形もなく消える。それを見ながら、僕はパニックに陥っていた。春花が消えてしまった。



どういうこと――どういうこと?

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