第36話
※とある姉妹の視点
「さ、リゼ。行くわよ」
「うん、カチュア姉さん」
高級料理が盛られたトレイを手に、カチュアというエルフの少女が妹のリゼを連れて部屋へ入る。
「……」
室内はとても華やかで、艶のある絨毯やシャンデリアで彩られており、それでいて広々とした空間だったが、似つかわしくないものが一つだけあった。
それは、猛獣を入れるような檻が隅に置いてあるということだ。
そんな場違いな鉄格子の奥には豪華なベッドがあり、小さな少女が仰向けの状態で横たわって寝息を立てていた。
桃色の髪が肩ほどまである幼女のようなあどけない容姿で、肌の色は普通のエルフよりも透き通っているかのように白かった。
「リゼ、ちょっとこれ持ってて。あれはよく寝てるみたいね」
「うん。起こさないように気を付けてね、カチュア姉さん」
「ケダモノがいるんだからわかってるわよ。さ、それ頂戴」
カチュアは檻の鍵を開けると、妹のリゼから食事の乗った皿を受け取り、中へそっと置いた。
「……」
「どうしたの、カチュア姉さん? 早く閉めないと危ないよ?」
「あいつ、ケダモノのくせに相変わらずいいもの食ってるなって思って……」
「うん。羨ましいよね」
「……あんだけ気持ちよさそうに寝てるんだから、少しくらいつまみ食いしたっていいでしょ。あむ……う、うまっ!」
「あ、ずるいよ、カチュア姉さん! 私も食べたい! はむはむ……わあ、おいしー!」
「ちょっと、静かにしてよ。ケダモノが起きてきたらどうすんの? この檻は結界にもなってるんだから、開けた状態だと効果はなくなるのよ」
「ご、ごめんなさい……。でも、よく寝てるみたいだよ。それに、あの子には汚い人間の血が入ってるんだし、のろまないじめられっ子だから大丈夫だよ……」
「まあね。汚らわしい人間の血が混ざってるんだもの。……あ、そうだ。ちょっとくらいなら檻の中で遊んでも大丈夫よね? がおおぉっ!」
カチュアが檻の中に入り、鉄格子を掴んで顔をしかめ、妹のリゼに襲い掛かるような仕草をしてみせる。
「ププッ……! カ、カチュア姉さん、あのケダモノの物真似、凄く上手っ!」
「ふふっ、でしょー。でも、あんまり真似してたら、こっちまでケダモノみたいになっちゃいそうだからもうやめよっと」
「カチュア、リゼ。二人とも、楽しそうだね」
「えっ……?」
姉妹の表情が凍り付く。いつの間にか、その傍らにはベッドで寝ていたはずの少女が立っていたからだ。
「二人を驚かそうと思って寝たふりしてたんだあ。でも私、そんな猛獣みたいな顔しないよ? 汚い人間の血が入ってるってのは確かによく言われたけど。酷いよ……」
「……ご、ごごっ、ごめん、エメリア、わ、わたし、つ、つい、ちょ、調子に乗ってしまって……ほ、ほら、リゼも何とか言いなさい……!」
「……ご、ご、ごめんなさいぃ。ひっく……あ、あんなこと、い、言ってしまって、お願い……許して……」
姉妹の表情は見る見る青ざめ、ガクガクと震えていた。
「嘘つき。お友達だって言ってくれたのに。どうしてそんな酷いことができるの……? 私ね、心の中が読めちゃうから、あなたたちが、私のことを小ばかにしながらも、お友達の振りをして接してくれてるのはわかってた。でも、それでも嬉しかった。だって、私は独りぼっちだから……」
「あ、う、うん。あたしたち、友達、よ。ぐえっ……?」
「ひ、ひぎぎいいいいっ⁉」
目の前で姉の首が落ち、悲鳴を上げて逃げ出すリゼだったが、その片足が羽根のようにもがれる。
「今までありがとう。さよなら……」
「……ひ、ひ……おねらい……やめでえぇぇっ……!」
涙ぐんだエメリアが近づき、リゼの首が胴体から離れた。
※クルス視点
「――と、こういう事情がありましてね……」
「……」
僕たちは宮殿の中にいて、そこへ連れてきたエルフの人からとんでもない話を聞かされたところだった。
人間の王様の血と、エルフの血を持つハーフエルフのエメリアの話だった。
それがつい先日、エメリアが自身の世話をしていた使用人の姉妹を惨殺してしまったというもので、しかもこれが初めてじゃないとのこと。
「それで、どうなさいますか? この話を聞いても、それでもエメリアの世話をする仕事を引き受けてくださいますか?」
「やります」
僕は即答してみせた。こんな恐ろしい話を聞いたあとだし、普通なら躊躇いそうなものだけど、迷いはまったくなかった。
何故なら、これはある程度予想できていたことだからだ。その時点でもう引き受けることは決まっていた。
説明してくれたこの人が高貴な服装や口調だったことから、そういう依頼が来るんじゃないかと睨んでいたってわけ。
実際、この人はエルフ国の王の側近なんだそうだ。
エメリアのことを心配する王様から世話役を任されているという。
なんでも、エルフ国の王は人間に理解のある人で、人間の国の王とも親しかったんだとか。
人間の国の王は、とあるエルフの女性をいたく気に入り、子供を授かるほどだった。
そのエルフの女性というのが、エルフの国の王の兄の娘だったというから、まさに両方の王家の血が混ざっているということになる。
「そうですか。やってくださいますか。助かります。ただ、その前に気をつけてほしいことが幾つかあります」
「気をつけてほしいこと?」
「はい。まず、エメリアは反属性を持たない無の魔法の達人であり、結界以外に防ぐ手立てはないので半径2メートル以内には絶対に近づかないこと。また、あの子は心が読めるので、あまりにも失礼なことを考えないようにすること。もう一つ、檻の中には決して入らないようにすることです。あの檻は、扉を開けると結界の作用が消えるので、食事を出す際は――」
「――いや、檻は必要ないです。今すぐ撤去してください」
「えっ……⁉」
自分の発言に対しては、高官の人だけでなく、ユイとサクラも口をあんぐりとして驚いていた。
「僕が彼女の……エメリアの心を開かせてみせます。そのためには、檻は却って邪魔になります」
僕たちにとって、これはピンチでありチャンスでもあった。
エメリアの世話をするのではなく、なるべく対等に接することこそが、彼女の心を開かせる唯一の方法だと僕は踏んでいたんだ。
そして、それこそが例の姉妹らと同じ過ちを繰り返さないことに繋がり、さらにはエルフの国と人間の国の友好、果ては、召喚士ガリュウに対抗できる道筋ができるような気がしたからだ。
僕たちの真の戦いはこれから始まるといっても過言ではないだろう……。
※あとがき
最後まで拙作を見てくださって本当にありがとうございます。
もし反響があった場合は続けるかもしれません。少しでもこの作品の続きを読みたいと思った方は星評価★★★をお願いします。
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる 名無し @nanasi774
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