第33話
「……」
現状はまさに、圧倒的な膠着状態といってよかった。
それくらい、僕たちの戦いはお互いに決め手に欠ける状態がずっと続いていたんだ。
双方が同じようなことの繰り返しで、思考が停止しそうになるレベルで。
「――あっ……」
そんなときだった。サクラの声がしたかと思うと、その右足にツルが巻かれていた。
戦いに夢中になるあまり、植物たちから伸びてくるツルに気づかなかったんだ。
「くっ……⁉」
サクラが風の魔法を出してツルを切る。
「サクラ⁉」
し、しまった……。その直後、サクラの左足のウィングブーツにダガーが投擲され、命中して彼女は落下していった。
トウヤによるものだ。やつはずっとこのチャンスを窺っていたというのか……。
「おら、大人しくしなっ!」
「ぐぐっ……」
サクラがミサキに羽交い絞めにされ、人質に取られてしまった。
「ククッ……。ミサキさん、私たちは大きなアドバンテージを得たようですね」
「だねえ。間抜けな虫けらが羽根をもがれて一匹落ちてきたよ。さあ、おめーら、どうする?」
「くっ……」
本当に一瞬の出来事で対処できなかった。盾のペンダントはあくまでもダメージを減らすものであって、攻撃を跳ね返すものじゃない。
だから、言い訳になるけどツルの侵入にも対処できなかった。
「ごめん。僕の致命的ミスだ……」
「ち、違います。クルスさん、私が【糸】を出していれば防げたことです。それを怠ってしまって……」
「いや、ユイ。【糸】は自動的に発動されるものだし、SPが0になったタイミングで侵入されたんだよ。つまり、僕がちゃんと見張っていなかったから……」
そうだ。僕たちはあいつらと違って、SPの自然回復が早いわけじゃない。尽きてしまうときだってあるんだ。
「大黒柱のクルスさんが戦いに夢中になるのはしょうがないですから。何もしてない私が悪いんです」
「もういいんだ、ユイ。この話はやめよう」
「はい……」
悲愴感漂う僕たちとは対照的に、トウヤとミサキは勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
「ククッ。それが賢明です。左列のあなた方は仲間を失いたくない。しかし、このまま戦えば失うことになりかねない。ミサキさん、そうですよね?」
「んだねえ。でも、こっちとしては全然構わないよ。こうして人質に取ってりゃ、あたいらは痛い思いをせずに、一方的に攻撃できるんだからねえ」
「……」
一瞬の隙を突かれたとはいえ、僕の胸騒ぎは最悪の形で的中してしまった。悔やんでも悔やみきれない……。
「クルス、ユイ……頼む。私と一緒にこいつらを殺してほしい。そうすれば、兄も浮かばれると思うから……」
「サ、サクラ……」
「サクラさん……」
サクラの涙ながらの懇願は、僕らからしてみたら耐え難いものだった。
「そ、そんなこと、できるわけ――」
「――何をバカなこと言ってるんですか⁉」
「……」
そこで声を荒げたのは、意外にもユイのほうだった。
「お兄さんを失ったことがそんなに悲しいのなら、残されるほうの身にもなってください。私はこっちで唯一の同性のお友達を失いたくありませんし、サクラさんがいなくなった後のことを想像したくもないです……」
「……ユイ……」
サクラと僕の言葉が被る。そうだ、ユイの言う通りだ。生きてこそだ。
すると、場違いなことにトウヤが拍手してきた。
「いやあ、実に素晴らしい。絶望的な状況だというのに、仲間同士でここまで励まし合うとは。良心こそ、人間にとって唯一の買収のきかないものだというシェークスピアの言葉もありますからね。良いものを見せていただきました。しかし――」
トウヤの目つきが異様に鋭くなる。
「現実というものは残酷です。サクラさん、あなたはとんでもない失態を犯してしまいました。最早、あなたは足手まといでしかありません。あなたさえ死ねば、彼らは思いっきり戦えるのに。嗚呼、なんて不憫なのでしょう」
「う、うぅっ……」
トウヤの演説染みた台詞に対して、サクラの目に力がなくなっていくのがわかる。畜生、なんてことを言うんだ……。
「そうです、その表情です。もがいていた獲物が抵抗するのを諦めた顔もまた、潔さがよく表れていて素晴らしい。最高です……」
「あははっ。素晴らしいってトウヤは言うけどさ、あたいにとっちゃいかにも虫けらって感じだねえ。羽根だけじゃなくてさ、手足も引きちぎってやりたくなるよ」
「……」
確かに、誰が見たって僕らにとっては絶体絶命の状況だ。でも、こうして考える時間ができたことは、悪いことばかりじゃなかった。
僕は知力値を100にして、この状況を打開する策を考えていたんだ。
その結果、とある方法に辿り着いた。
それは、【互換】スキルでトウヤの【HP&SP+5000】と、僕の【HP100】を交換することだ。
ただ、これはメリットばかりじゃない。
【互換】で変えられるのはたった一つのみ。相手と入れ替える場合でも同様。
つまり、僕のHPが桁外れになるけど、その間は一切の入れ替えができなくなるということ。
ただ、それでも相手はHPが100しかない状態になるわけで、これなら自然回復力が50%あっても怖くない。
僕は弓矢を構えた。その瞬間、やつらはお互いに笑みを浮かべ合うのがわかる。
当たったところで大丈夫だし、そのあとサクラが僕たちのせいで死んだということを強調しつつ責めるつもりなんだろう。
そのほうが精神的にもさらにダメージがあるって、外道のトウヤなら普通に考えそうだから。
だけど……その比類なき残虐さこそが、僕たちにとっては皮肉にも希望の光だった。
「ク、クルスさん?」
「大丈夫、ユイ。僕を信じて」
「はい!」
ユイの返事に迷いは感じられなかった。一方、サクラは僕のほうを見て、微笑んでいた。
これからどんなことがあっても、僕を許してくれるっていう意思表示。
唯一の懸念は、短時間でHP100を削り切れなかった場合だ。
でも、それについては考えない。考えないほうがいいっていうか、考えちゃいけない。絶対に。
僕は器用値100にしたあと、【HP100】→【HP&SP+5000】の入れ替えを断行する。
矢があいつらに当たるまでのタイミングとしては、この切り替えが限界だ。
威力が格段に低くなるのは承知の上だ。でも急所には当たる分、ダメージは上乗せできるはず。頼む、どうか効いてくれ。精一杯の願いを込めて僕はこれでもかと矢を放つ。
「ククッ……。こんな程度で……ぐはぁっ……?」
「ト、トウヤ……⁉ そ、んな……馬鹿、な……」
トウヤの台詞でヒヤッとしたけど、彼に続いてミサキも矢を額や両目に受けて倒れるのがわかった。もう起き上がることはない。
「サクラ!」
「サクラさん!」
僕とユイがサクラのもとへ行き、横たわった体を一緒に抱きかかえる。サクラは気を失っている様子だけど、もちろん無事だった。
とても長く感じたけど、終わった。遂に終わったんだ……。
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