第32話


 さて、いよいよ右列の刺客との戦闘が始まる。


 緊張で硬くなった体を徐々に解していくためにも、まずは軽めに戦う――なんてことは絶対にしない。


 トウヤとミサキ、この二人組の男女がサクラの兄さんの仇だと判明した以上、最初から全力で戦うに決まっている。


 RPGで例えるなら、レベルをカンストしてから魔王城へ乗り込む勇者パーティーの如く本気でいく。


 あっけなく終わらせたとしても、それでいい。味方に犠牲を出さずに勝つことのほうが先決だ。


 ってことで、僕は器用値100→腕力値100の切り替えで大量の矢を相手に向けて放った。


 これで、どうだ……!


「ぐはっ……⁉」


 ウィングブーツで浮き上がり、僕が空中から立て続けに放ってみせた必中の矢は、トウヤとミサキの体に全て命中した。


 それも、両目、額、心臓、そうした急所にことごとく矢が突き刺さっている。


 その際、【ブレードリングトラップ】が発動したのかトウヤの周りで刃がクルクルと回転したけど、大して意味を持たなかった。僕の器用値100の前には及ばなかったみたいだ。


 まさにハリネズミというかハリニンゲン。針の筵状態。悪党の最期に相応しい。


「死ねっ! 兄さんの仇っ……!」


 さらに、サクラが放った二つの火球がやつらに命中し、炎上して煙が上がる。早くも勝負は決したか?


 焦げ臭い匂いが漂ってくるとともに、煙が薄れて次第に視界がクリアになってきた。


「――なっ……⁉」


 だが、やつらは生きていた。それどころかピンピンしていたのだ。


「ククッ。素晴らしい威力ですねえ……」


「ふう。結構痛かったけど、この程度なのかい?」


「馬鹿な……」


 僕はもしやと思ってトウヤとミサキのステータスを見る。


 すると、二人ともHPがまだ残り4000ほどあるだけでなく、見る見る回復してあっという間に満タンになってしまった。


 それはフェイクでもなんでもなかった。やつらは血まみれの状態でもピンピンしていたし、矢も自然と排出されてしまっていた。


 それでも、サクラの魔法との合わせ技で1000ポイント以上も減らしてるんだ。


【物理魔法耐性50%上昇】を持つ相手に対してダメージは凄く出ていたと思うけど、それ以上にHPが多すぎだし、何より【自然回復力50%上昇】がえぐい。


 HPが低いなら、僕の矢を食らった時点で爆散しててもおかしくないのに……。


「ククッ。今のは中々刺激がありました。ねえ、ミサキさん」


「……そうだね、トウヤ。まあ、虫けらの割りにそこそこ威力はあったけど、あたいらのタフさには及ばないみたいだね」


「……」


 僕らのことを舐め腐っていたミサキは素直に驚いたみたいだけど、トウヤのほうはある程度想定内のようで薄笑いを浮かべたままだった。


「み、右列め……」


 やつらが耐えたことが相当に悔しかったのか、サクラがわなわなと体を震わせてる。


「しょうがないですよ、サクラさん。あれだけHPがあるんですから。それも5000ですよ……」


「ご、五千⁉ ユイ。やつらのHPはそんなに多いのか……」


「はい。私の【観察眼】で確認しました。しかも――」


 ユイがサクラにやつらの特徴を説明している。


 褒めたくはないけどさすがは右列。召喚士のガリュウが自信を持って差し向けてきた刺客なだけある。


「……さて、ミサキさん。今度はこちらの番ですね」


「んだね、トウヤ。こいつらが虫けらでしかないってこと、こっから身をもって思い知らせてやるってんだよ……」


 青筋を浮かべるミサキの杖から、サクラが出すスイカ程度の火球の3倍はある火球が出現する。


 これは……結構でかい。大きさでいえば、大人がすっぽりと入ってしまうほどのものだ。


 おいおい、魔力は5しかなかったはずなのに、規模が違いすぎる。これが【魔術師】スキルの威力だっていうのか……。


「ほおら、出来立てほやほやの炎、食らって火達磨になって悶え死ねってんだよおぉっ!」


「くっ……!」


 あんなのを食らったら、ユイとサクラはひとたまりもない。魔法で跳ね返そうかと思ったけど、向かってくるスピードも速いので今からだと間に合わない恐れもある。


「ユイ、サクラ、僕の後ろへ!」


「えっ⁉」


「いいからっ!」


 僕は【互換】スキルでHPを100に戻すと、迫りくる火球を受け止めてみせた。凄まじい熱気が体中を包み込む。


「ぐあぁっ……!」


「おいおい、こいつ馬鹿なのかよ。逃げりゃいいのに、仲間を庇って火の玉を食らいやがった。どんだけお人好しだよ」


「……う、うぐ……」


「く、クルスさん⁉」


「クルス⁉」


「だ、大丈夫。なんともない……」


 僕は自分のステータスを調べてみる。すると、HPが43/100になっていた。


 半分以上減らされちゃったか。道理で苦しかったわけだ。そこまで危なくなかったとはいえ、盾のペンダントで軽減したのにここまで食らうなんて……。


 でも、こっちには裏技チートがあるから平気だ。


 僕は【互換】スキルでHPをほかのステータスと入れ替え、すぐに戻してみせる。


 するとどうだ。43/100が一瞬で100/100に戻った。万能の回復スキルだ。これぞ、【HP100】スキルの応用の使い方ってわけだ。






「……」


 あれから、こっちも相手も決め手に欠ける展開で、膠着状態に陥ることになった。


 やつらは僕たちみたいに飛ぶことができないので、幹の上からミサキが火球やら、氷柱やらを時折放ってくる程度だけどね。


 一方、トウヤは何かしてくるわけでもなく、考え込んだような表情で何やらブツブツと呟いているのみだった。


 おそらく、隙だらけと見せかけて、近づくことで【ブレードリングトラップ】に引っかかることを期待しているんだと思われる。


 その手には乗らない。そんな見え見えの罠に引っかかるもんかって思うけど、あんな話をしてきたあとだけに、サクラがそれにかかる可能性もある。


「サクラ、逸る気持ちはわかるけど、あいつらには絶対に近づかないように」


「……わ、わかったよ、クルス……」


 サクラが右往左往して挙動不審な動きを繰り返してるので、念のために注意しておいた。自分の手で仇を討ちたくてしょうがないのはよく理解できるけどね。


 それでも、妙な胸騒ぎがする。


 僕は知力値を100にして、この状況を打破する作戦を考えようとするけど、ミサキがガンガン魔法を放ってくるのでそんな暇がない。


 HP100にして耐えるか、俊敏値100にして躱すか、あるいは大魔法で相殺するかのいずれかだ。


 かといってこっちが魔力値100にして大魔法を食らわせても、異常にタフだからすぐに立ち直ってミサキが反撃してくる。


 また、この森自体が魔法に対して異様に強いのか、大して燃えることも風で吹き飛ぶこともなかった。すぐに再生するんだ。


 でも、打開策は必ずどこかにあるはずだし、そんな予感もしていた。それを粘り強く探していくしかない……。

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