第34話
右列の刺客との熾烈な戦いは遂に幕を閉じた。
気絶したサクラが目覚めるまで、僕たちはその場に残ることになった。これはもちろん、自分やユイとっての休憩の意味合いもある。
ちなみに、トウヤとミサキの死体については、僕たちが片づけるまでもなかった。
周辺の植物たちが挙ってツルを伸ばしたことで、二人は樹海の海まで引きずり込まれ、ミイラと化していたんだ。
あの様子なら、トウヤとミサキだって誰もわからないだろうし、僕たちが倒したっていう事実が発覚するのも遅れるはずだ。
新たな刺客を立て続けに送られても困るから都合がいい。
「クルスさん、お疲れ様でした。サクラさんはよく眠ってますね」
「うん。そうだね」
サクラは、時々兄さんと呟いて笑っていた。きっと楽しい夢を見てるんだろうし、起こしたくはない。
「なんせ、今回の件じゃ相当に精神力を使い果たしたはずだからね……」
「はい……。サクラさんはまだ中学生ですから。あまりにも大きすぎる出来事ですね」
「うん。そういうユイもまだ高校生だけどね。あ、女子高生だからジョーカーだったか」
「で、ですね。ジョーカーでした。色んなことがありすぎて、すっかり忘れちゃってました……」
「……そうだ。ユイも疲れてるだろうし、少し休んだら?」
「いえ、私は特に何もしてないですし、クルスさんのほうこそ休んでください。何かあったらすぐに起こしますから!」
ユイの気遣いはありがたいけど、僕のほうが年上ってことで首を横に振った。
「いや、大丈夫。全然疲れてないって言ったら嘘になるけど、【互換】でHPを満タンにできるしね。それにこんなところ、安心して横になれないよ」
HPが満タンなのに疲れるというのは、【疲労状態】っていう目に見えない状態異常があるからかもしれない。実際、ステータスを見るとHPがゆっくりだけど減ってるのがわかる。
「た、確かに、こんなところじゃ熟睡できませんね……! みんなが寝てしまうようなことがあったらミイラになっちゃいそうですし。あ、ところで、クルスさんは、サクラさんと私、どっちが好きなんですか?」
「どっちが好きって……えっ……⁉」
いきなりユイの爆弾発言。これには強い眠気も吹き飛ぶほどだった。
「そ、そういうユイはどうなのかな?」
「……」
……まさか、このタイミングでユイにそんなことを言われるなんて考えもしなかった。冗談かと思ったけど、彼女は黙り込んでいつになく真剣な顔をしていた。
「……それじゃあ、同時に言いましょうか」
「あ、そ、そうだね。それがフェアかもね」
「ですね」
「……」
なんだか急にドキドキしてきた。息が苦しくなってくる。ユイも同じ気持ちなんだろうか?
自分の本当の気持ちについては未だにわからないけど、こうなったらもうフィーリングだ。
今の率直な気持ちを思い切って伝えてみよう。吊り橋効果で、距離が大分近くなってるのかもしれないとはいえ。
「私は……クルスさんのこと――」
「ぼ、僕はユイのこと――」
「――う……」
「はっ⁉」
なんとも絶妙なタイミングでサクラが目覚めてしまった。いや、起きるのを待ってたとはいえ、これはなあ。
それこそ、狙ってたんじゃないかって勘ぐってしまうくらいの正確さだ。
でも、邪魔をされてがっかりした反面、ちょっと安心したのも確かだ。この関係がこれからもまだ続くわけだから。
「……ク、クルス、ユイ……わ、私は……?」
「んもう、サクラさん、起きたのは嬉しいんですけど、タイミングが悪すぎです!」
「へ……?」
「ははっ、確かにね……」
「……ん? 何かあったのか?」
「い、いや。なんでもないよ。サクラ。ね、ユイ?」
「ですねっ!」
「な、なんだそれ、怪しい……。クルス、ユイ、私にも教えてよ。ずるいぞ!」
「なんにもなかったんですから、別にずるくないですよー? ねえ、クルスさん?」
「だ、だね……」
「いーや、絶対、私が寝てる間に何かあった! ……はあ。出遅れてしまった……。もう、私は二度と寝ない。寝るもんか!」
「サクラ……」
「サクラさん……」
おいおい、二度と寝ないなんて、いくらなんでも不貞腐れすぎ……。一人で顔を真っ赤にして憤るサクラを前に、僕はユイと苦笑し合った。
そのあと、サクラの壊れたウィングブーツの説明を【互換】スキルで書き換えることで修繕して、僕たちは早めに休憩を切り上げて出発することにした。
召喚士ガリュウがまた刺客を差し向けてくる可能性を考えると、できるだけ先を急ぎたかったんだ。
「――あ、あれは……?」
僅かな休憩を挟んで、僕たちが何日間も森の中を飛行していたときだった。
突如、周囲の巨大な木々が疎らになって視界が開けてきたかと思うと、前方のほうに青い街並みが見えてきた。
あ、あれが、僕たちの目指しているエルフの国だっていうのか……?
朝方か夕方だから青く見えるだけかと思ったけど、薄暗い森を抜けると周囲はまだ昼のように明るかったし、近づくにつれてどうもそうじゃなのがわかる。
というか、建物群の独特な色合いだけでなく、姿形もどこか異様だ。この森のように、一つ一つがとにかく大きいんだ。
だから遠近感がバグりそうになる。まだ遠くにあるはずなのに、すぐ近くにあるかのような、そんな錯覚を覚えてしまうんだ。
ユイとサクラもあまりの迫力に圧倒されたのか、うわとかひゃあとかそんな驚嘆の声を上げるだけだった。
あそこがエルフの国かどうかを知っているのは、おそらく彼らしかいない。
ここまで来たならもういいだろうってことで、僕は魔法の袋からドワーフたちを出して聞いてみることにした。
「うむ。あれはエルフの国じゃ。間違いない! 見栄っ張りのエルフらしい町並みじゃろう」
「まったく、オルドの言う通りだ! エルフたちは昔から建物を大きく見せたがる!」
「ええ、私もオルドとシャックに大いに同意します。エルフたちは、ああすることで違いを演出し、自分たちのちっぽけな矜持を保っているのですよ!」
「ははっ……」
袋の中に長くいたことでよっぽど鬱憤が溜まっていたのか、オルドたちによるエルフの悪口大会が始まってしまった。
そんな話を聞くと、エルフたちが僕らを果たして受け入れてくれるんだろうかっていう不安が生じてくるのも確かだ。
それでも、もうあと少しでエルフの国へ辿り着きそうだってことで、疲れや眠気は一気に吹き飛んでいた。
なんせ、ほとんど寝ないでここまで飛行してきたからね。フラフラするけど、それでも達成感で満たされていた。
徹夜してゲームをクリアするのにも似た感覚だけど、それよりは比べ物にならないほどずっと充実感がある。
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