第22話


「クルス、ちょっといいかな? 頼みたいことがあるんだが……」


 僕が掘った洞窟内、サクラが神妙そうな顔で話しかけてきた。


「え……サクラ、そんなに深刻そうな顔してどうしたのかな?」


 もう僕ら以外、起きている者は一人もいない。ドワーフたちもユイも、心地よさそうに寝息を立てている。


「……そ、その……何も言わず、私を抱きしめてほしい……」


「え……⁉ そ、そ、それって、どういう意味かな?」


「私……兄さんがいなくて、寂しくてたまらなくて……」


「あ、そ、それでね。なるほど。う、うん、僕でよければ……」


「ありがとう……」


 僕はサクラを優しく抱きしめてやったけど、気が気じゃなかった。胸が当たってるって。


 もちろん、腕力値100だと抱きしめたら壊れちゃうので、器用値100にしておいた。これに関しては特に意味はない。いや、本当に。


「ぐすっ……兄さん……私、寂しいよ……。異世界へ来て、兄さんだけが頼りだったのに、突然私を置いていなくなってしまうなんて……」


「……」


 僕はサクラに何か慰めの言葉をかけようとしたけど、躊躇してしまった。こういうとき、なんて言ってあげればいいんだろう?


 よく考えると、彼女はまだ中学2年生の14歳なんだよなあ。


 いきなり異世界へ召喚された挙句、肉親の兄まで殺される形で失ったんだ。心細いに決まってる。


「サクラ、大丈夫だ。僕は君のお兄さんの代わりにはなれないけど、これからもずっと傍にいてあげられると思うから……」


 月並みな言い方だけど、こうしたシンプルな言葉のほうが響く場合もあると思うんだ。


「……ひっく……本当に、ずっと私の傍にいてくれる……?」


「も、もちろんだよ。僕たちはずっと一緒さ!」


「……ありがとう……。クルスに私の初めて、あげる……」


「う、うん……って、えっ……⁉」


 ま、まさか、ようやくアレを卒業できるチャンスが到来した……? い、いや、それはまずい。だって、サクラはまだ中学生なんだから、もうちょっとこう、準備段階のようなものがないと……。


 僕は無理矢理キリッとした顔を作り出し、サクラのほうを見やった。


「サクラ……気持ちは嬉しいけど、それはまだできないよ。僕たちまだ出会ったばかりだし、君はまだ中学生だし……」


「へ……? 私、中学生じゃなくてもう高校生ですけど?」


「え?」


 ゆっくりと顔を上げたのは、なんとサクラじゃなかった。


 口元は笑ってるものの目は全然笑ってない、そんな邪悪な笑みを浮かべたユイだった……。


「ちょっ、な、なんで……⁉ ユイとサクラが入れ替わってる……⁉」


「クルスさん何言ってるんですか? 入れ替わってないですけどぉー? もしかして、酔っぱらって私のことサクラさんだって思い込んでましたぁ?」


「そ、そんなはずは――はっ……⁉」


 目覚めると、そこは光が射し込む洞窟の中だった。


「……はあ……」


 なんだよ、夢だったのか……。外からは僕を冷やかすかのように、キュイキュイと鳥っぽい鳴き声が聞こえてくる。


 欠伸しながら周りを見ると、僕以外みんな寝ているのがわかった。


 妙にリアリティのある夢だったなって思ったけど、よく考えたら火酒に耐えるために魔力値を100のままにしてたし、その影響があったのかもしれない。


 はー、夢の中とはいえ、惜しかったなあ。




 それから僕はユイたちが起きてくるのを待って、用意していたパンを食べて軽く朝食を取り、クラインの町へとまた歩き出すことになった。もちろん、ドワーフたちは魔法の袋の中だ。


 そういえば、袋の中に入れてた食料が少し減ってるような気がするけど気のせいかな?


 昨晩、はしゃぐオルドたちに引きずられて僕らは遅くまでワイワイやってたし、そのときにいつの間にか食べちゃった可能性もあるか。


「――あ、あれ見てください!」


「え……」


 ユイが上空に何かを見つけたみたいだ。なんだろうと僕は緊張しつつ、彼女が指差す方向を見上げると、何かが群れをなして飛んでいるのがわかった。


 一瞬鳥かなんかかと思ったけど、その割りに形がおかしい。って、あれは……そうだ。あれに違いない。


「シーカーラビット……!」


 僕とユイの声が被る。そういえば、看板兔のルルは今頃どうしてるんだろう? モーラさんが飼ってたから、あの野性っぽい群れの中には多分いないだろうけど……。


「なんだあれ。シーカーラビットっていうのか。可愛い! モフモフしたい! 急いで【バルーントラップ】を用意しなきゃ!」


 サクラが目を輝かせてる……って、例の罠を仕掛けようとしてるのがわかったので慌ててストップした。野生のウサギだと、捕まえても簡単には懐かないだろうしね。


 お、何かひらひらと舞い落ちてきたと思ったら、羽だ。それがちょうど三枚。


 カラスの羽が散歩道に落ちてるなんてことは現実世界でよくあったけど、大きさはそれと同じくらいで真っ白になった感じのものだ。


 多分、シーカーラビットもカラスら鳥類と同じようにちょうど換羽期に入ってるんじゃないかな。


「……」


 ん、なんかひらめきそうなんだけど、起きたばっかりっていうのもあってか、やたらとぼんやりしていてダメだ。


 それならってことで、知力値100にしてみると、素晴らしいアイディアが舞い降りてくるのがわかった。これだこれ。


「ユイ、この羽根を【糸】で靴にくっつけてみて」


「えっ⁉ クルスさん、それってもしかしてダジャレですか……?」


「え?」


「靴に、くっつけての部分です!」


「いや、違うから。ただの偶然だから」


「あ、そうなんですね。って、なんだか眼差しが冷たいんですけど……⁉」


「……」


 そりゃ、今はスーパー賢者タイムに突入してるからね、しょうがないね。


「とにかく頼むよ、ユイ」


「あ、はいです!」


 ユイの【糸】で、羽根が靴に縫い付けられる格好になる。


 さあ、ここからは僕の番だってことで、【互換】スキルを使用した。


 皮の靴:羽根がついた皮の靴


 僕の狙い通り、靴の説明がちゃんと羽根がついたものに変わっている。この【羽根がついた】や【皮】の部分をほかの言葉に【互換】するだけでいい。


 皮の靴:【翼がついた身軽な】靴


「わ、わわっ⁉」


「く、靴に翼が生えた……⁉」


 その途端、両側に翼がついた靴に早変わりしたので、ユイとサクラは驚きの声を上げていた。【ウィングブーツ】の完成ってわけだ。


 試しに履いてみると、軽くだが宙に浮かび上がることができた。


 しかもその状態で歩いてみると、スイスイと滑るように勢いよく前進するのがわかる。こりゃいい。


「ク、クルスさん、それ私も履いてみたいです!」


「わ、私もそれ欲しい! 今すぐ履きたい!」


 おねだりされたので、ユイとサクラの靴も皮の靴からウィングブーツに変えてやった。


「――わっ……⁉ た、楽しいですけど、これ、クルスさんみたいに上手く進めません……!」


「な、なにこれ、楽しいけど不安定すぎっ……! って、ぶ、ぶつかる……⁉」


「……ははっ」


 二人とも、器用値100の僕と比べると全然安定しないけど、慣れてくれば普通に歩くよりも断然早く先へ進めそうだね。

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