第7話 アウロロヘギテイアの場合
ここは裏日本庁舎の4階にある記録管理課。裏日本で起きた様々な出来事を記録し、情報を管理する場所。その内容は多種多様で、例えば、近所の子供が道で転んだ事まで記録されている。
この記錄作業は各地に飛ばされた小さな蟲を通して行われていて、その蟲達を管理しているうちの一人が、アウロロヘギテイアさんだ。
緑の髪で複眼を持つ蟲人と呼ばれる種族で、蟲を操る事を得意としている。他にも蟲を操る人はいるのだが、アウロロヘギテイアさんの右に出る者はいないと言われている。
もちろん、プライバシーに関わる部分は見られないし記録もされない。ちなみに子供が転んだ記録は、その場所の道路の安全性を確認して整備し直す為に使われているのだ。
そして、アウロロヘギテイアさんは最古の異世界人でもある。
「こんにちはー!アウロロさんいらっしゃいますかー?」
「おや、誰かと思えばハルカじゃないか。ココに来るなんて珍しいね。どうしたんだい?」
「年に一度の定期調査ですよ」
「あぁ、もうそんな時期なんだね。1年というものは早いもんだ」
「ふふっ、皆さん同じ事言いますね」
定期調査とは、異世界人向けに行われる意識と健康調査である。裏日本に留まる異世界人達は様々な世界から来ているので、定期的に健康診断を受けることと、カウンセリングを受けることが義務付けられている。
ここで問題がある場合、その解決に走るのが異世界課の仕事の一つなのだ。ちなみに、落ちた最初の一年は三ヶ月に一度、二年目は半年に一度、五年目からは一年に一度の定期調査が行われる。
「では、この日に健康診断とカウンセリングの予約をしておきますね。今現在で特に困っているような事は無いですか?」
「そうだね…最近少し疲れやすくて困るねぇ」
「あら、そうなんですか?うーんと、それでは申し送り事項に書いておきますね。それと、課長に相談して少し仕事をセーブ出来るようにします」
「すまないね、よろしく頼むよ」
そう言って微笑むアウロロさんだったが、蜘蛛のような真っ黒な四つの目は、心なしか元気のないようにみえた。
◇◇◇◇◇◇◇
「長期休暇…ですか?」
アウロロさんの定期調査が終わり数日後。定期調査の結果を持った医院所属のカウンセラーである『サトリの』ローシィがやってきた。サトリというのは相手の心を読む妖怪で、ローシィはその能力を活かしてカウンセラーとして働いている。
手を握り相手の深層心理を読み、患者が言語化出来ない悩みや願いを明確に示す事で、解決を図るという手法だ。これは、忘れている記憶やトラウマの原因なんかも探ることができる。
ちなみに、彼は趣味として『患者の記憶史』という本作りもしている。長く生きる種であればあるほど埋もれた記憶は多くなるので、読み返して自分を保つ為に作成を依頼する患者も多くいるのだとか。
さて、アウロロさんの話に戻ろう。
彼はどうやら目に不調をきたしているようだ。四つの目のうち一つに炎症が見られるらしい。最近疲れやすいと言っていたのは目の不調が原因だった。
そこで、ローシィが提案したのが『長期休暇』だ。聞けばアウロロさんは休憩も休暇も取らない。有給も働き始めてからほぼ使ってない。つまり、仕事のし過ぎなのでこれを機に少し休みなさいって事になったのだとか。
本人は躊躇っていたようだが「後輩達に自分たちの力で仕事を回す経験を積ませ、身体のためにしっかり休む事を教えるのも大切なことですよ」と説得したようだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「ハルカは居るかい?」
アウロラさんが長期休暇に入ってすぐのとある日。異世界課の窓口にアウロロさんがやってきた。普段はカッチリしたスーツ姿なのだが…
「アウロロさん、アロハシャツ姿も素敵ですね!」
「ははは、昔勧められて買ったんだが袖を通す機会がなくてね。ようやく日の目を見たよ」
そう言って笑う彼は、思ったより元気そうだった。四つの目のうち一つは眼帯で隠されてはいるが。
「今日はどうしたんです?」
「あぁ、ローシィ君に『自分史』を作ってもらいに来たついでに、玄武爺と少し話をしようと思ってね。…おいでになるかい?」
「今は『あちら』に戻られてるので、呼んできますね」
「おや、それなら出直そうか?」
「大丈夫ですよ。ヒマだからって戻っていったので」
「そうかい、それなら頼むよ」
「はい!アウロロさんは応接室でお待ち下さいね」
お茶を出してから、庁舎裏の池へ向かう。そして、祠にお酒とお菓子を置いてから祝詞を上げる。
『此れの神床にお鎮まり下さる玄天上帝に伏して奉る。玄武爺、アウロロさんが来てますので、こちらに戻ってくださーい。それと、朱雀ねーさん、新作お菓子送りますね。奏上を聞し食せと伏して畏み申す』
池の祠から「すぐ戻る〜」という声と「ハルカありがとうね。またそっちに遊びに行くわ!」という声が聞こえた。
◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃ、帰ります」
「うむ、また来るとええよ〜」
玄武爺としばらく話し込んでいたアウロロさんが帰っていった。どうやら元いた世界について聞いていたようだ。…ひょっとして、帰りたくなったのだろうか?
しばらく滞在してから帰る異世界人は少なくない。やはり故郷が恋しくなるのは誰もが同じなのだと思うが、アウロロさんはずっとここへ残り続けていた。仕事への責任感が強いから、帰りたくても帰れなかったんじゃないかとも思った。
それから数日後、ローシィさんが三冊の分厚い本を持ってやってきた。アウロロさんが頼んでいた『自分史』のようだ。どうやら異世界課に届けるように頼まれていたらしい。
すると、そこにアウロロさんがやってきた。
「やぁ、そろそろかと思ったが丁度良かったみたいだね」
「こんにちは、アウロロさん。あれから調子は如何ですか?」
「あぁ、もらった目薬と休暇で随分と楽になったよ。それに、ローシィ君に話を聞いてもらって心が軽くなった気がするねぇ」
「それは何よりです。こちらがアウロロさんの『自分史』になります。言われたとおり元の世界の描写は挿絵付きで入れてあります」
「おぉ、ありがとう!ハルカ、良ければ一緒に読まないかい?」
「えっ、良いんですか?」
「もちろんさ!応接室を借りても?」
「はい、どうぞ!お茶をお持ちしますね」
ローシィは次の仕事があるからと帰っていった。私とアウロロさんは応接室で出来たばかりの本を広げる。そこにはアウロロさんの故郷の風景が描かれていた。
「わぁ!すごい、大きな…葉?」
「あぁ、これはアバゥロの葉だね。こっちはドゥラキアの樹…ハベャスの花もある。いやはや懐かしいな」
「この植物はどれくらいの大きさなんですか?」
「そうだね、家一軒分かな?」
「えっ」
「もっと大きいのだと庁舎よりも遥か天空に伸びているよ。そんな植物がそこら中にあってね。この裏日本のように穏やかで暮らしやすい環境ではなかったな」
「そうなんですか…」
挿絵を見るかぎり、自分が虫になってジャングルにいるような感覚になる。確かに住むには少し不便そうだった。
「食事もね、樹液や花の蜜、花粉に木の実…今考えるとアレを美味しいと食べていたなんて信じられないよ。裏日本には本当に美味しいものがあるからね」
主に口にしていた物も描かれている。何と言うか、全体的に昆虫が好みそうな食事だなと感じた。
「あぁ、蟲人が大型蟲に食べられるという事も良くある光景だったな。いつも一緒に過ごしていた仲間が食われた時は流石にショックだったが、それもいつものことだと…ははっ、ここに来てから私の常識はすっかり変わってしまったようだ」
「過酷な場所だったんですね」
「あの世界では、我らは小さな虫に過ぎなかったからね。それが当たり前の世界だから過酷とは思わなかったし、誰も辛いなんて言わなかったよ」
アウロロさんが淡々とページをめくる。
「当たり前というものは、世界の数だけ存在していて…そして人同士でも当たり前と感じる事は違う。それぞれが違う目線でいるままだから争いは起こるんだ。難しい話だが、互いの当たり前を意識すればまた、違った道が見えてくるのかもしれないね」
そんな事をしみじみと語る。その横顔からは何を思っているのかは窺い知る事は出来なかった。
「さて、お腹が空いたね。一緒にお昼でもどうだい?」
「あぁ、丁度お昼時ですもんね。是非ご一緒させてください」
向かった先はいつものお店。狸と狐の営むお食事処『びっ
店内に入り席に座ると、向かいの席にはドラゴンのルクドさんが座っていた。落ちてきてお寺の庭に大穴を開けた事は記憶に新しい。
落ちた当初はドラゴンの姿のままだったが、今では人の姿に変化して、こうやって食事を食べに来ている。ちなみに、お寺でお世話になっているんだとか。
「いや、やはりこの店の親子丼は美味しいねぇ」
それぞれが注文した料理に舌鼓をうつ。この料理に惚れ込んで、帰るのを遅らせている異世界人は少なくないのだ。
「疲れを感じるようになってから、妙に故郷のことを思い出すようになってね…ローシィ君に記憶を呼び起こしてもらったのさ」
「そうだったんですか」
「長く生きると、過去の記憶ってのは美化されるものなんだね。自分では故郷が本当に素晴らしかったように思えてたのさ。今思えば心が弱ってたんだね」
「アウロロさん…」
「ローシィ君が持ってきた本を読んだだろ?正直なところ、あの故郷をどう思った?」
「えっ、えっと…」
「遠慮しないで、正直に話してご覧?」
「そうですね、私には生きにくいと思いました。環境が過酷すぎて…あと…」
「「食事が合わない」」
声が揃ってびっくりしてしまうが、アウロロさんはしたり顔だ。
「そう、ここの食事は美味い。平坦な道を歩いて蟲に食われることもないし、意思疎通をして違う考え方を聞くことも出来るし学ぶことも出来る。蟲を通してこの美しい場所で行われる生活を垣間見て、なんて幸せな場所なのかと思ったのだよ」
「アウロロさん…」
「それと同時にね、私だけがこのように安全で幸せな場所に住んでいても良いのだろうか?と考えてしまってね…」
そこまで言うと、アウロロさんは淋しそうな笑顔で黙り込んでしまった。どうやら、自分だけ幸せで居ることに罪悪感を覚えてしまったのだろう。何も言えずにいると、向かいの席からルクドさんが声をかけてきた。
「お前さんはあちらの世界の奴らをどうしたいんだね?」
「えっ?」
「その口ぶりだと、どうにかしたいと思っているのではないかね?」
「いやまぁ…」
「やめとけやめとけ。そ奴らは今の生活が当たり前で何の疑問も持っておらんのだろう?お前さんがこちらで幸せだとて、そ奴らは何とも思わんのでは?」
「それはそうなんですが…」
「お前さんの考えは、それはさぞ立派なのだと思うが…この世界にある日突然「その生活は不幸だ」と言う者が現れたらどう思う?儂なら「余計な世話だ!」と言うであろうな。のう?ハルカ」
「そうですね、私もそう思います。この裏日本が好きなので」
「お前さんのは「余計な世話」というものだ。そもそも、幸せを感じることに罪はない。何ならもっと幸せを追い求めるくらいで丁度良いのよ」
「…」
「ハルカを見よ。お前さんとは違う人生を歩んでおるが…ハルカの幸せをお前さんが管理しようとは思うまい?お前さんも、儂から幸せを管理されたいとは思わんだろ。何故なら幸せとは自らが感じ掴むモノだからな。他人からアレコレ差し出されたとて、結局は受け取った者次第なのよ」
アウロロさんが何やら考え込んでいる。
「お前さんは、前の世界の奴らの生活が不幸だと思っているようだがあやつらから見ればお前さんのほうが不幸かも知れんぞ?」
「えっ?」
「何も考えず、ただ生きて暮らす。考えないから不幸を感じる事もない。考えるから悩みが生まれるならそれは幸せとは言い難い…とも考えられるの」
「…なるほど。そうですね、考えることを覚えたから苦しんでいる。それでも…それでも私は今の生活に幸せを感じています」
「うむ、それで良いのだ。お前さんは幸せな分苦しみも知った。あやつらは今のままで苦しみを知らぬ。それで良いではないか」
「そうか…このままでいいのか…」
そう呟いたアウロロさんは、幸せそうに泣き笑いしていた。
数日後、休暇を終えたアウロロさんは毎日楽しそうに仕事をしていると、ローシィから聞いたのだった。
「これを以て、異世界人アウロロヘギテイアの報告とする」
こちら裏日本庁舎異世界課 高井真悠 @Miju_0116
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