第6話 ウグルル・ウドゥグルの場合
昨晩、裏日本では珍しい地震があった。
ちょうど就寝前だったのだが、ビックリして眠気が飛んでしまった。
そのせいで、今朝はどうにも眠くて仕方ない。
「…っふあぁぁ」
ポカポカ陽気の午前10時。朝の仕事を終えて暇になる時間帯だ。ソファでウトウトとする。
ここは裏日本庁舎の異世界課。お役所だけどお役所ではない。なので、ウトウトしてても怒られない。
しかし、そんな静かな時間はすぐに終わる。さて、今日のお客様は…?
「たいへんたいへんたいへんだーーーー!!!!」
そう駆け込んできたのは一つ目小僧のタケオ君で、山のお寺に務めている。
「タケオ君、どうしたの?」
眠い目をこすりながら尋ねる。よく見れば、一つしか無い目はウルウルとして、なんだか物凄く焦った顔をしていた。
「大変なんです!一大事なんです!」
「えぇと、落ち着いて?何かあったの?」
「あったんです!!山が落ちてきたんです!!」
「へ?」
…山?えっ、山?山って落ちてくるものだっけ?
「とととととと、とにかく来てくださいぃぃぃ!!」
「わかった!わかったから!準備するから!!」
必死の様子に、慌てて支度をする。裏日本に落ちるのは人だけではない。物も落ちてくる。そうしたモノを調査するのも異世界課の仕事なのだ。調査用のキットをカバンに詰めて、タケオ君と現地へ向う。
すると、ちょっとした騒ぎ…どころじゃなかった。大騒ぎになっていた。
「あっ、ハルカさーーん!こっちですーー!」
そうやって私を呼ぶのは座敷童子のレイコちゃん。タケオ君と同じく山のお寺で過ごしている。レイコちゃんのもとへ行くと、ある方向を指さしていた。
「んん?なにあれ??」
「昨日の夜、地面が揺れたでしょう?アレが落ちてきたからなの」
目線の先には、何やら大きな丘?山?赤茶色で妙にゴツゴツした物体が半分くらい地中に埋まっていた。どうやら昨日の地震はコレが落ちてきたのが原因のようだ。
「うーん?何だろう。とりあえず規制線張るから、皆はそこから離れててね。それから、この付近にいた人は一度病院へ行ってください。未知の感染症に罹患すると怖いので」
「はーい」
「ハルカちゃん、気をつけてね?」
「おぉーい、病院へいくぞ〜」
「がんばれよー」
「悪いけど、よろしくね」
「ハルカねーちゃん、またねー!」
見物人たちが移動していく。『落ち物』の場合は、その場で検査・浄化を行ってからその後の処分が決まる。辺り一帯を封鎖して近くにいた人は病院で検査を受ける決まりになっているのだ。
規制線用のテープを張っていく。モノが大きいから結構大変だ。落ち物との距離を測りながら規制線を張ると、落ち物の方へ向う。
まずは観察。ゴツゴツした表面はなにやらウロコのようにも見える。色は赤茶色で、時折緑が混ざっていた。山のてっぺんから下の方に向かって菱形の突起物が並んでいる。突起物は下に向うほど大きくなっていた。
しばらく周囲を見て回ると、次は触ってみる。そっと触れるとやはり硬い。石のような感触だけど…何処かで触った事があるような?
「あ、玄武爺の甲羅だ」
そう、甲羅のような触り心地だ。そしてなんだか生暖かい。いや、触れた部分は温度を感じないが周辺がなんとなく暖かい。
「あー、これはもしかして?」
何となく、そうじゃないかという予感を抱きつつ現状をどうしたものかと思案する。何せ埋まっているのだ。とにかく掘り起こさねばどうしようもなかった。
「んー、周りを掘るしかないかなぁ」
そう呟くと、カバンから道具を取り出した。30〜50センチほどの柄の両端に刃と宝珠があしらわれた『金剛杵』とよばれる宝具だ。
刃の先を地面に当て、ぐるりと円を描いていく。描き終わったら刃を地面に突き刺して、宝珠に手をかざす。とりあえず、円形に深く掘れれば良いかな?
『掘削せよ』
金剛杵が光ると線を引いた内側の土が取り除かれる。ボウルの形を想像したからすり鉢状に穴がポッカリ空いた。その中央には落ち物…いや『落人』が横たわっている。
「おいおい、様子を見に来てみりゃ…こりゃとんでもねーお客さんだなぁ」
「バラギさん。そうなんですよ、どうしましょうね?」
そう。目の前にいたのは落ち物ではなく、ドラゴンだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「もしもーーーし、大丈夫ですかーーー???」
とりあえず話しかけてみるが、反応は無し。何度か呼びかけたけど起きる気配はなかった。さて困ったなぁ。
「もう、アレやったほうが早くないか?」
「そうですねぇ。暴れられると厄介ですけど…アレやって大丈夫そうですか?」
「診たところ問題は無さそうだな」
「わかりました。それじゃ、ちょっと離れてて下さい」
この場にバラギさんが居てくれてよかった。軽く診察してもらいOKが出たので、とっておきの起こし方をする。
これ、やると暴れるヒトがいるから控えてるんだけど声をかけても起きない場合の必殺技でもあるのだ。
金剛杵を手に持って、真言を唱える
『ナウマク・サンマンダ・ボダナン・インドラヤ・ソワカ!!』
その途端、ピシャーーーーンと何処からか雷がドラゴンへ落ちた。帝釈天の力を借りて、ビリッとさせたのである。ちゃんと死なないように手加減してくれてるので安全?なんだけど、大抵はパニックになっちゃうんだよね。
案の定、ドラゴンもパニック状態で起きた。
『ぬぅぉぉぉおおおお?!なんじゃぁぁぁぁあああ?!?!?』
「あのー!!!すいませーーーん!!」
力いっぱい叫んでみる。
すると、ドラゴンがギロリとコチラを睨んだ。あ、良かった通じたみたい。
「あのー、私の言葉は通じてます?ここが何処かわかりますか?」
『なんじゃ小娘!このワシに声をかけるとはいいどきょ…うん?なんじゃここは?』
「あの、説明しますんでちょっとご移動願えますか?穴埋めたいし」
『む…わかった。どこへ征けば良い?』
「あー、それじゃこの辺でお願いしまーす」
『あいわかった』
理性のあるドラゴンで良かった。これが凶暴なヒトだったら抑えるのちょっと面倒なんだよね。ちなみに、ドラゴンと呼ばれるのは西洋型、龍は東洋型。姿も違うんだよね。東洋の龍を西洋の人が見たらなんて呼ぶんだろう?空飛ぶヘビ?いや、流石にそれはないか。
『うぅむ、裏日本とな』
とりあえず、この場所のことを説明する。まぁ、みんな混乱するよね。ドラゴンもうーむと唸っている。
「えぇっと、それでお名前を教えてもらえますか?」
『ウグルル・ウドゥグル・ドゥ・グル・グドゥグ・ルグド・ドゥルグルだ』
「なるほど…長いんでルグドさんとお呼びしますね」
『うむ、それで構わぬよ』
ルグドさんが住んでいたのは火山地帯。火に強い種族で、マグマは流石に熱いけど普通の火で火傷をすることは無いそうだ。皮やウロコは耐火装備の素材として取引されているので、狩りに来る冒険者の数は少なくない。
ルグドさんはやってくる冒険者を適当にあしらいつつ、ノンビリと生活していた。ある日、何時ものように冒険者をあしらってから下に降りる洞穴へ入った。
しかし、そこにはいつもの場所はなく大きな穴が開いていた。慌てて戻ろうとしたが物凄い力に引っ張られて落ちてしまったらしい。
穴の先は見たこともない景色が眼下に広がる空中で、飛ぶのに必要な力を集められず墜落したようだ。幸い身体は頑丈なので何とも無かった。しかし、体勢が悪く頭が下になっていて身動きが取れなかったのでそのまま寝ていたようだ。
「なるほど、わかりました。とりあえず元の場所へ戻す前に身体を調べさせて下さい。未知の病気があったり、この世界の病気が感染ったりしてはいけないので」
『ワシはドラゴンじゃぞ?ヒトの病なぞ罹らぬ』
「あぁ、この世界はちょっと特殊なので。そこはこの世界のルールに従ってもらいます」
『ふむ…仕方あるまい。好きにするといい』
「ありがとうございます。それじゃ、当面の住まいを考えないといけませんね…」
ルグドさんはかなり大きいので、庁舎横の医院では入れる部屋がない。
過去にも大型の落人はいるので無くはないんだけど…
すると、バラギさんが後ろから声をかけた。
「なぁ、お前さんは変幻は出来ないのか?」
『む?お主は…ヒトではないな?変幻とは何じゃ?』
「あー、言い方が違うのか?別のナニカに化ける術だよ。そのサイズじゃ不便だからな」
『ふーむ、ワシらはそのような術は使わんからなぁ。使えるとは思うが時間はかかるぞ?』
「そうか。なら『別院』だな」
「そうですね。ちょっと連絡します」
別院こと『裏日本特殊療院』はサイズの大きな人向けの施設だ。裏日本の住人は人型になれるが、死期が近かったり病気や怪我で人型に慣れない者も出てくる。その為に大きな身体でも使える部屋を用意してある。
「連絡取れました。部屋用意してくれるらしいので移動しましょうか」
『ふむ。ワシはここでも構わんのだが…』
「ここはお寺の境内なのでちょっと…」
そう。建物に被害はなかったが、ここはお寺の境内。なので、一つ目小僧のタケオ君が駆け込んできたのだ。そりゃ、お庭にこんなの落ちてたらビックリするよね。
別院への案内はバラギさんがしてくれると言うので、私は残って後始末。周囲を浄化しなおして異世界課に連絡を入れる。必要な書類は玄武爺の眷属さんが揃えてくれるそうなので、別院の方へ向かった。
別院は本当に大きい。日本の都心にあるとても大きなビルくらいある。職員の皆さんも大型の種族で構成されている。受付に顔を出すと、ダイダラボッチのカスミさんが部屋まで案内してくれた。
ヒト用の通路を使って部屋まで行くと、大きく変幻したバラギさんと、その傍らに看護術を受けたルグドさんが床に敷かれた布団に寝そべっていた。
「お、来たな。こっちは問題ナシだ。人化の術が知りたいそうだから玄武爺に伝えておいてくれ」
『いやはや、手間をかけるの。ここについてはあらかた話は聞いた。しばらく厄介になるぞ』
それから数週間後、激辛カレーをバクバク食べる赤茶色のな髪の中年男性が目撃されるようになった。
「これを以て、異世界人ウグルル・ウドゥグル・ドゥ・グル・グドゥグ・ルグド・ドゥルグルの報告とする」
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