第5話 天狗のテンコの場合
異世界から落ちてくるのは人ばかりではない。物や動物、建物や遊具。そして、妖怪も…
◇◇◇◇◇◇◇
「うわぁぁぁぁぁぁん!!!おねーちゃぁぁぁぁぁん!!!!」
玄武爺にお茶を出して席に着くと、一人の少女が飛び込んできた。
真っ黒な髪に真っ黒な翼を持つ天狗の少女。名前はテンコ。彼女も落人だ。
彼女は天狗族の中でも落ちこぼれで、修行中に失敗ばかり。なので、天狗族の長からこちらの世界に落とされてしまった。
捨てられたというよりは、修行の為に落とされたんだけど、時々辛くなって異世界課に駆け込んてくるのだ。
この裏日本は、日本のあった世界と不思議な力で繋がり合っている。なので、他の世界では不可能な『意図的に落ちる』事が可能なのだ。
意図的に落とせるのは高位の妖怪や神様だけ。あちらの世界では暮らせない妖怪が彼らの手によって時々落とされてくる。なので、この裏日本には妖怪が沢山住んでいるのだ。
あちらの世界で暮らせないと言っても、空気が合わなかったり住処を追われたような妖怪ばかりなので、こちらで事件を起こすような妖怪は一握りだ。まぁ、事件が起きてもすぐに解決するのだけど。
さて、異世界課のソファにはシクシクと泣いているテンコちゃんがいる。
裏日本に住む天狗は、長を引退した長老達がほとんどだ。テンコちゃんはその中で必死に修行をしているのだけど…なかなか思うようにいかないようだ。
お茶と羊羹を出して隣に座る。
さて、今日は何で飛び出してきちゃったのかな?
「ぐすっ…テンコ、風、起こせなくなっちゃった…」
「…風?あれ、前は出来てたよね?風が出なくなっちゃったの?」
そう聞くと、コクリと頷いてまた涙がポタポタと落ちてきた。持ってたタオルを差し出して、背中をさする。心なしか背中の羽も小さくなっているようだ。
「ちょっと、先生に診てもらう?なにか原因があるのかも」
「…うん」
ここで言う『先生』とは妖怪専門の医師で、庁舎隣の医院に勤めている。テンコちゃんの手を引いてまずは受付へ。手続きをしたら診察室の前で待つ。
『先生』は陰陽師で
「天職です!!」
っていい笑顔で言ってたっけ。
「ふむふむ、風を起こせないんですね〜」
先生がテンコちゃんの手を持ってうーむと唸っている。手を持つのは体内の妖力の流れを診る為。これで不調を見抜くんだから凄いよね。先生曰く、不調がある箇所は妖力が滞るんだって。
「せんせい、わたし、なおる?」
「そうですねぇ。ちょっと保護者の方も交えてお話しましょうか。今日の午後にもう一度保護者の方と来てもらえますか?」
「う…」
テンコちゃんの顔が曇る。そうだよね、長達が厳しすぎて逃げてきちゃったから。その様子を見た先生が懐から人型に切られた紙を取り出した。ふっと息を吹きかけると1羽の白い鳥になる。陰陽師の扱う式神だ。
「テンコちゃんについてお話があります。午後、病院へいらしてください」
そう吹き込んで診察室の窓から飛ばした。
さすが陰陽師。そして、この先生に逆らう人はここには存在していない。ここ、裏日本でも間違いなく最強の人である。
「それじゃ、また後でね」
外にでるとちょうどお昼の時間だったので、そのままテンコちゃんを連れて「びっ狐狸庵」へ向う。ここは管狐のキサラさんが営む食事処だ。店舗の入り口には赤い座布団に座った緑色のペンギンがいる。
「クルル!ハルカ!イラッシャイマセ!」
「エルヤちゃん、こんにちは。調子はどう?」
「クルル!タノシイ!マイニチ!オイシイ!キサラ ノ ゴハン!」
「そっか〜良かったねぇ。二人なんだけど空いてるかな?」
「クルル!2メイサマ!ゴアンナイ!」
彼女はアルルトゥ・エルヤという緑のペンギンで異世界人。キサラさんの家の裏に落ちてきて、うどんの魅力に取り憑かれてこのお店でお手伝いをしながら料理を教わっている。
最初は様々な住民の姿にビックリしてプルプル震えてたけど、今では看板娘として元気にやっているようだ。
「いらっしゃい、今日は何にする?」
店へ入るとキサラさんが席まで案内してくれた。私はきつねうどん。テンコちゃんは天むすに味噌汁と漬物のセットだ。
店の厨房には狸の大将がいるんだけど、極度の人見知りで顔を見たのは一度だけ。謎に包まれた人物だけど、どの料理も美味しいんだよね。
「せんせい、お爺ちゃんたちに、なにを話すのかな…テンコ、なおらなかったら、どうしよう…っ」
「テンコちゃん…」
天むすを手に持ったままハラハラと涙をこぼし始めるテンコちゃん。そうだよね、すごく不安だよね。出来ていた事が出来なくなって、診てもらったら長達を呼ばれて。悪い方向に考えるのは普通のことだよね。
向かいあって座っていたのを、テンコちゃんの隣に移動して背中をさする。それを見ていたキサラさんがタオルを持ってきてくれた。
「テンコちゃん、何かあったの?」
「うっ…うっ…ぐすっ…」
「テンコちゃん、キサラさんに話しても大丈夫?」
「…うん…ぐすっ」
「実は…」
一通りキサラさんに説明すると、頬に手を当てて「なるほどねぇ」と呟いた。
「私、アヤカシの事はあまり詳しくなくて…先生は何か思い当たるフシがあるみたいなんですけど、まだ何も聞いてないからテンコちゃん不安になったみたいで」
「…テンコちゃん、アタシも子供の頃妖力が弱くなった事があったのよ」
「…え?」
「ほら
「ええっ!それって大変なんじゃ…」
「そうなのよ〜。他の兄弟にはイジメられるし大変だったわ…」
「…それで、どうなったの?」
いつの間にか泣き止んだテンコちゃんがそう聞いた。目に不安と期待が入り混じった色が見える。
「うふふ、それがね?しばらくすると高熱が出たの。もう、死んじゃうー!って思ったわぁ」
「…え…」
「でもねー、びっくりなのはその後!熱が引くと、妖力が上がってたの!もともと妖力がうまく出せなくて占術も得意ではなかったのだけど、それからは他の兄弟の中でも占術が得意になったわ」
「…すごい!」
「私は専門家ではないし、種族も違うから参考になるかは分からないけど…アヤカシの中には稀にそういった妖力が上手く循環しない者が生まれると聞いたことがあるわ。テンコちゃんも、もしかしてその可能性があるのではないかしら?」
なるほど。先生はその可能性も把握してるだろうし、修行をさせている長達にちゃんと話をする為に呼び出したんだろう。テンコちゃんが説明しても納得しないだろうからね…。
まだ、そうと決まったわけではないけど、少し希望が見えたからか、テンコちゃんも落ち着いたようだ。
「おなか、すいちゃった」
照れながら天むすをパクパクと食べだした。
キサラさんにこそっと「ありがとう」と伝えると
「私も同じように泣いてたの。内緒よ?」
と、可愛らしくウィンクして教えてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
しばらくして、再び診察室に訪れると既に天狗の長達が訪れていた。
天狗と言えば、鼻が高くて赤い顔の修験者の姿や顔が鳥のような姿を思い出すだろう。
しかし、この裏日本にいる天狗は皆バラバラな姿だ。鳶や鷹、僧侶や尼僧、狼や鬼…イメージと違うから戸惑うが、間違いなく彼らは天狗である。
その中で全員を取りまとめるのは最古の天狗、アマキツネの
しかし、今目の前にいるのは好々爺といった雰囲気のお爺ちゃん。変幻の術を会得しているので普段はこうしてヒトの姿をしている。ちなみに、他の天狗達も見た目はお爺ちゃん、お婆ちゃんです(お姉さんもいる)
「こんにちは、亜天さん」
「おぉ、ハルカ。息災かの?」
「はい、お陰様で。亜天さんもお元気そうですね」
「いやいや、ワシはもうお迎えを待つばかりじゃよ。そりよりも、テンコが世話になったの」
「いえ、妹が出来たみたいで嬉しいですよ」
「ほっほっほっ」
長達と談笑していると部屋のドアがノックされた。
「おっと、お待たせしてすいません」
「いやいや、ワシらが早う来すぎただけじゃよ。…して、話とは?」
「えぇ、まずはお座りください。テンコさんの今の状態についてお話します」
先生が話した内容は、キサラさんが言っていたように妖力がうまく流れずに溜まっている状態なのだそう。これを妖力詰まりと言うらしいが、事例が少ないので知らないアヤカシも多いのだとか。
テンコちゃんの場合、内包する妖力は高いが外に出す量が少なくて術を使う事に苦心していた。そして、妖力の通り道が徐々に狭くなっていてこのままでは内側の妖力が暴走して熱を出す。内側から無理やり妖力が出ようとするので身体への負担が大きく、結果的に熱を出す。
キサラさんの場合はそのまま落ち着いたが、妖力の大きさを考えると妖力の通り道を外側から開く必要がある。なので、しばらくは修行をやめて通院治療となった。
「ふむ…そのような病があるとは知らなんだな。儂らもまだまだのようじゃ。テンコよ、辛かったろうに。すまなんだな」
「じーちゃん…うっうっ…」
「我ら天狗も年々数を減らしておる。落とされたとは言え、テンコは天狗の数少ない子供。現長も我らにとっても可愛い我が子には変わらん」
「妾達も、どうにかテンコを立派な天狗にせねばなるまいと焦っておったようじゃ。ほんに、よぅ頑張ったの。まずはしっかり身体を治すが良い」
長の皆さんに可愛がられてるんだね。テンコちゃんも泣き笑いだ。
出来ない自分を責めて、辛い思いをずっとしていたテンコちゃん。まだ治療は始まっていないけれど、長達から愛されてるのも感じられて、本人の悩みも解決に向かって本当に良かった。
ここから数カ月後。
裏日本の、天狗の住処で元気に風を起こし天を駆ける黒髪の少女の姿が見られるようになった。
「これを以て、異世界人天狗族テンコの報告とする」
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