第4話 オドカン・エポカンの場合

「うむ、また来るが良い」

「そのエラソーな言葉遣いはアカン言うてるやろ!」

「むぅ…すまぬ…ゴホン、すいませ…ぬ?」

「あ〜、惜しい!そこは『すみません』より『申し訳ありません』が正解やね」


小売店「ぽんぽこ屋」は化け狸姉妹のアカネさん、アオバさんが営む店だ。

この店では、異世界人のエリゼさんがアルバイトとして働いている。


ぽんぽこ屋を出て、しばらく歩くと食事処「びっ狐狸庵」が見えてくる。店主のキサラさんとアルルトゥ・エルヤちゃんが仲良くお掃除をしていた。エルヤちゃんは緑色のペンギンで異世界人だ。


「クルルル!オハヨウ!」

「あら、おはよう。ハルカちゃん」

「おはようございます!」


挨拶を交わして、隣の建物へ向う。

裏日本庁舎異世界課…そこが私の職場だ。


庁舎内に入ると、窓口に一人の小さな男の子が立っていた。


「オドカンさん、おはようございます」

「あぁ、おはよう」


オドカン・エポカンさんは異世界人で、一見子供のように見えるがれっきとした大人だ。しばらく前に落ちてきたのだが、こちらの女性と恋仲になって定住を決めたのだ。


「今日はどうしたんです?」

「うん。玄武爺に…ちょっとな」

「玄武爺にご用事なんですね。それならこちらでお待ち下さい」


オドカンさんを応接室へ案内する。

異世界課は、その特性から応接室が据えられている。相談事のある人をそこへ通して、悩みを解消するのも異世界課の仕事の一つだ。

オドカンさんにお茶を出すと、庁舎の裏手にある池へ向う。玄武爺の住処だ。


池の中央には古い祠がある。玄武爺はここに祀られていて、課に居ない時は大抵ココにいる。


池の畔にある大きな岩の台の前に両膝を揃えて跪き、手で印を結ぶ


『此れの神床にお鎮まり下さる玄天上帝に伏して奉る。おはようございます、ハルカです。オドカン・エポカンさんが玄武爺に相談事があるそうで、応接室にお通ししています。早めに出勤してください。奏上を聞し食せと伏して畏み申す』


祠の向こうは神様たちの住まう場所と繋がっていて、祠にいる神使が伝言を神様に伝えてくれる。最初の言葉で宛先を、伝言を挟んで最後の言葉で伝言の終わりを表しているのだ。ついでに、クッキーを石の台へ置き手を合わせる。


『これ、ぽんぽこ商店の新作クッキーです。神使様方でどうぞ召し上がってください』


石の上のクッキーが消えて、一輪の花が置かれた。そっと触れると『いつもありがとうね!前のお菓子も美味しかったわ!』という伝言が聞こえた。喜んでもらえたようだ。


応接室に戻って、オドカンさんとお喋りをしていると玄武爺がやってきた。


「待たせてスマンの〜」

「玄武様、突然来てしまってすいません」

「いいんじゃよ〜。ハルカ〜お茶くれ〜」


玄武爺にお茶を淹れて、応接室の扉を閉める。必要があれば呼ばれるはずだ。私はいつもの通り、室内の掃除をしてメールチェック。その他には、この世界で暮らす落人の現況を入力していく。特に最近入った二人の様子は頻繁に見に行くようにしている。


やがて、オドカンさんと玄武爺が応接室から出てきた。とうやらお話は終わったようだ。オドカンさんの顔が晴れやかなので、きっと良い結果になったんだろう。


ふと、モニターをみるとオドカンさんの報告書があったので、何となく読み返してみる。


◇◇◇◇◇◇◇


オドカン・エポカン。小人族の青年。

庁舎裏の神池に落ちている所を発見。


(池に落ちるなんて、オドカンさんツイてないなぁ)


看護報告 看護担当:ハレミネ

『看護初日、若干の混乱は見られたものの現状把握後は落ち着いて診察を受けていました。

看護二日目、この世界の風邪ウィルスで高熱が出ました。点滴と抗ウィルス薬を投与。

看護三日目、引き続き点滴と抗ウィルス薬を投与。改善は見られず。

看護四日目、引き続き点滴と抗ウィルス薬を投与。少し熱が下がってきました。

看護五日目、抗ウィルス薬を投与。熱も下がってきました。

看護六日目、少しずつ食欲が戻り始めました。

看護七日目、何故かお腹を下してしまいました。原因は不明ですが、再び点滴を投与します…』


◇◇◇◇◇◇◇


こんな感じの報告が続く。

なんだか居た堪れなくて報告書をそっと閉じた。最後の報告を読む限り3ヶ月くらい看護されていたようです。


「そういえば、ハレミネさんとはどうなったのかな…」


そう。オドカンさんの恋のお相手は看護術士のハレミネさんなのだ。不運体質のオドカンさんのサポートをするうちに「私が守らないと!」となったらしい。ちなみに、ハレミネさんは幸せを呼ぶ白象です。


オドカンさんが異世界課を訪れてから数日が経った。休憩時間に外へ出ると、ハレミネさんも休憩に行くところだった。


「あら、ハルカちゃん。これからお昼?」

「はい。ハレミネさんもですか?」

「そうなの。珍しくこの時間に空きが出来てね〜。そうだ!一緒にお昼食べない?ちょっと話したいことがあるの。聞いてもらえる?」

「いいですよ。それじゃ、どこ行きましょうか」

「そうね〜、あそこのカリー屋はどうかしら?」

「良いですね、行きましょう!」


カリー屋『ガネーシャ』は本格的なスパイスカリーが食べられるお店だ。店主はガネーシャさん。ゾウの神様です。


店に入るとスパイシーないい香りがしています。席について、今日のランチを注文。チキンカリーとナンとサラダとラッシーが付いてきます。ナンはチーズナンに変更可能。


モチモチしたナンを一口大に千切って、カレーに浸して口に放り込むと、スパイシーな香りが口いっぱいに広がります。

すこしピリっとしますが、手が止まりません。ラッシーを飲んで口の中をサッパリさせ、またカレーを食べて…スパイスの永久機関です。


「あのね、実はオドカンさんとの事なの」


ハレミネさんが、少し悲しげに話し出します。


「実は…結婚しないか…って言われてて」

「ふぇっ?!」

「ふふ、驚いちゃうわよね。私もビックリしたわ〜」

「それで、返事はしたんですか?」

「うぅん。まだなの」


異世界人との婚姻は、前例が無いわけではない。もちろん子供だってちゃんと出来る。しかし、年月が経つにつれ帰郷したいという思いが強くなり、元いた世界へ帰ってしまう事例は少なくない。


「オドカンさんは、帰る気ないんですかね…?」

「そう思って聞いたことがあるの。そしたら『自分にはもう、帰る場所も待っている家族も居ないから』って」

「そうなんですか?」

「彼ね、ここに落ちる前の世界で戦争に巻き込まれたんですって」


オドカンさんは、家族を失くして彷徨っていた時に落ちたらしい。なので、帰りたいという気持ちが無いんだそうだ。

そうだよね。帰れたとしても、その場所が平和である可能性は低い。それに、家族も居ないんじゃ…


「ハレミネさんは何に迷ってるの?」

「うん…彼と私は種族が違うでしょう?だから、結婚して本当に上手くやっていけるのか心配で」

「種族差ですか〜。うーん、私はお二人がどんな風にお付き合いしてたかは分からないですけど、ハレミネさんはその中で何か引っかかるような事あったんですか?」

「…いいえ、無いわ。彼と居ると楽しいしとても心が落ち着くの…種族差を感じたことは無かったわ」

「それなら、良いんじゃないですか?まぁ、心配なら結婚を前提にして同棲してみるって手もあるし…」

「…そうね!そうだわ!なんで思い付かなかったのかしら!」


どうやら吹っ切れたようだ。

晴れ晴れとした顔をしたハレミネさんは、凄い勢いでランチを食べ終わると急いで店を出ていった。私の分のお会計もして。


二人が同棲を始めたのはそれから数日後のこと。

それから、二人が仲良く買い物する姿がよく見られるようになった。たまーに、落ち込んだオドカンさんが玄武爺の所へ来たり、ハレミネさんがぽんぽこ商店の軒先でエリゼさんになにやら愚痴る姿も見かけたが、それでも翌日には仲良くカリーを食べる姿があるので、二人は仲良く暮らしているようだった。


◇◇◇◇◇◇


なんだかんだで半年が経ち、一年が経った頃、オドカンさんとハレミネさんの連名で結婚の報告葉書が届いた。結婚式はどうするのかと思ったら、なんと玄武爺の祠のある池でガーデンパーティをするんだって!


それからしばらくは、異世界課の仕事をしつつガーデンパーティに向けての準備を手伝った。総務課の人達が「折角だから草むしりしましょう」と、庁舎の職員を動員して池の周りをキレイにしていった。


パーティ当日。青空の下、テーブルの上にはカリーを始め沢山の料理が並び、祠の周りは色とりどりの花で飾られていた。出勤中の職員は入れ替わりで。それ以外にも異世界人やこの世界の人も。皆が二人を見守って、皆が二人の結婚を祝福した。


沢山の人に祝われた二人は、嬉しそうに笑って寄り添っていた。



「これを以って異世界人オドカン・エポカンの報告とする」

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