第3話 アルルトゥ・エルヤの場合
「すいませーん!誰かいますかー?」
ここは裏日本庁舎の異世界課。異世界から落ちた人達の為に存在する課である。
今日もまた、誰かが落ちたようで…
「はーい!…ってキサラさんじゃないですか。どうかしましたか?」
窓口に来たのは管狐のキサラさん。食事処を営んでいる方で、庁舎の職員がお昼によく食べに行く。きつねうどんが最高に美味しいんだよね。あ、今日のお昼はきつねうどんにしようかな。
「それがねぇ、落人拾っちゃって。ちょっと来てくれるかしら?」
「わかりました、今から行きます!」
この世界の住人には、落人を見つけたら庁舎へ報告が義務付けられている。
と、いうのも落人は未知のウィルスを持っている可能性があるからだ。そして、その一つのウィルスでこの世界は簡単に滅んでしまう危険がある。逆に、この世界のウィルスで落人が命を落とすこともある。なので、落人を見つけたらすぐに報告しなければいけないのである。
「今回の落人はどんな人ですかねー」
私の隣に居るのは玄武爺。私の育て親で異世界課の課長でもある。何年行きてるのかわからないくらいご長寿さんだ。
「あれは…人なのかしらね?」
「えっ、それはどういう…」
キサラさんに案内された部屋へ入ると、奇妙な物体が目に飛び込んできた。
布団に寝かされたソレは、ミドリ色でツルンとした表面。まるで…
「ペンギン??」
そう、ペンギンだ。しかし、私がよく知るペンギンとは違う。なるほど、今回の落人は動物タイプか。
世界には様々な人種が存在している。私達が思う人間の形とは違っても対話し思考するならそれはすべて「ヒト」なのだ。
それはさて置き、世界から落ちてきたモノは一旦庁舎隣の病院へ運ばなければいけない。拾った人も一緒だ。
「それじゃ、病院へ行きますか」
「やっぱり、行かないとダメなのかしら」
「未知の病気で苦しみたいなら、残って良いですよ。病気で苦しまなくても、安全性が確保されるまで他者との接触は禁止になりますけど」
「うぅ…言ってみただけよぉ」
キサラさんの顔が渋くなっている。
まぁ、病院で検査…ってなると渋くもなるよね。気持ちはわかる。でも…やっぱり未知の病気は恐ろしいんだ。咳の一つで人が死ぬ。
病院には異世界人用の入り口がある。
この世界の人達の目に触れないように…という理由ではなく、感染症予防のためだ。病院に来る人は大抵何かしらの病気や怪我で来てるからね。こうした対策は徹底的に行われている。
それには理由があるんだけど…今は関係ないから割愛。まずは緑のペンギンをどうにかしないと。
受付を済ませると、キサラさんは検査室へ。私とペンギンは隔離部屋へ入る。
鬼族の看護師バラギさんが付き添いだ。
ベッドに緑のペンギンを寝かすと、まずはバラギさんが診察をしていく。お医者様が診察をするのが日本風だと聞いたが、ここでは看護師が診察をする。正確には看護術師と言って、妖術を使って治療や診察を行うのだ。
「よし、良いだろう。覚醒してくれ」
「はーい」
ペンギンの手?に触れて覚醒を促す。
ペンギンの目が徐々に開かれ、完全に覚醒すると飛び上がってバタバタしはじめた。
「落ち着いて、大丈夫ですよ。ここは安全な場所です。言葉は理解できますか?」
そう声を掛けると、ペンギンはバタバタするのを止めてコチラを伺うようにじっと見つめてきた。
「言葉は理解できますか?」
「クルルル…リカイ、デキル」
発せられた言葉は、すこし辿々しさがあるものの、意思の疎通は出来そうだった。
「ここに来るまでのことは覚えていますか?」
「クルルル…イツモト、イッショ、ミチ、オヨイダラ、アナ、アイタ」
「ふむふむ、いつもの道を泳いで…泳いで?いたら穴が開いた…と」
「クルルルル…」
彼女の名はアルルトゥ・エルヤ。水性生物達の世界から落ちてきたようだ。年齢という概念が無いらしいが、彼女たちの世界ではまだ幼体と呼ばれる年代らしい。
「クルルル…エルヤ、イエ、カエリタイ」
「うん、元気になったら帰れるからね。そうだ、エルヤは何が食べたい?」
「クルルル…エルヤ、イツモ、フード、タベテタ。フード、エイヨウ、イッパイ」
「フード…総合栄養食みたいなものかな?ちょっとずつ味見して、美味しかったモノを用意するのが良いかな」
エルヤの世界ではフードと呼ばれるものしか食べたことがないらしい。バラギさんの見立てでは雑食だから、この世界の普通の食事も食べられる筈だとの事だったので、まずは色んな味の付いたブロック形栄養食で様子を見る。
落人の食事は意外と大事で、人によって「食べ物」とするものは大きく異なる。生きた小動物から鉱石まで…食事が口に合わないと生命力の回復を阻害してしまう。点滴と回復術を使うしかなくなるが、それだと回復までに時間がかかるし精神的負担が大きい。なので、これは最終手段。
幸い、エルヤはブロック形栄養食が気に入ったようだ。長方形のブロックを嘴で器用に割って口に運んでいる。手は主に泳ぐ時に使うそうだ。大抵の事は嘴でこなす。ある意味器用だな…と思った。
エルヤの世界には上半身が人間で下半身が魚の魚人族・手足を持つが全身が鱗で覆われピラニアのような顔をしている蜥蜴人族・完全に魚類な魚族…と多種多様な水の生き物が生息し、大小の島があちこちにあるのだとか。
島にはエルヤのように陸で生活できる種族がいて、農耕なんかも行われているらしい。
そういった事がされているのに、食事がブロック形栄養食なのは水の生き物は総じて火が苦手だかららしい。
とうやって作るのか聞いたけれど、エルヤもよくわからないと言っていた。それもそうか。
エルヤの一族は、皆泳ぎが得意なので宅配便の仕事をしているという。
海の中には海路という、海流の路が無数に通っていて、その中を泳いでいくのだとか。まだ宅配便の仕事をしていないエルヤは、ゆっくりしか泳がせて貰えない。両親のように速く泳ぐと速度違反で捕まるんだとか。
いろんな生物が通る道だから、泳げる速度が決まってるんだね。
そして、宅配便はその速度以上で泳げるようだ。詳しく聞くと、宅配便専用の海流の路があるらしい。
そして、何故エルヤが落ちてしまったのか。
彼女は度々、裏海路で速く泳ぐ練習をしていたらしい。そこは公道ではないから、速く泳ぐ事も出来る。エルヤが使っていたのは、その中でも知ってる人の殆ど居ない場所だったそう。
そんな場所で、速度を出して泳いでいたら、突然目の前に真っ暗なヒビのような穴が開いて、うっかり飛び込んでしまったらしい。
車が急に止まれないのと一緒で、泳ぐペンギンも急には止まれないのだ。
そうして、管狐のキサラさんの家の裏に落ちてきたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「…経過は順調。抗ウィルス薬も効いているようだな。キサラの方も問題はなしだったよ」
「ありがとう、バラギさん」
今日はバラギさんによる診察の日。
この診察は毎日しているが、初日は大変だったな…。バラギさんの姿をみたエルヤが大泣きしてしまったのだ。私の事が平気だったのは魚人族を見ていたから。それにバラギさんは身体も大きいし顔もちょっと怖いもんね。
私も最初は怖くて大泣きしてたっけ。
困ったバラギさんが助っ人として呼んだのは同じく看護師のルイネさんだ。彼女はセイレーンで、歌で患者を治療する。
ルイネさんが歌でエルヤを落ち着かせて、バラギさんが看護術でエルヤの診察を行った。
三日目にはエルヤも慣れてきて、ルイネさんのサポート無しでも診察を受けられるようになった。
バラギさんの肩に乗せられたエルヤの姿は、院内でもちょっとした風物詩になっていた。
「クルルル!ハルカ!ココハ?」
「ここは『びっ
「クルルル!イイニオイ!」
「ここのうどんは絶品なのよ〜。食べてみる?」
「?!クルルルルルル!!!」
エルヤは嬉しいのか、目を真ん丸にして、手をパタパタさせている。仕草がいちいち可愛いんだよね。だから、ついつい構ってしまう。
「あら!もう外に出てこれたのね〜」
キサラさんが嬉しそうに出迎えてくれた。早速おうどんを注文する。
トントントン…
コトコト…
カチャン…
お昼にはまだ早い時間。店内は静かで、キサラさんの調理する音とお出汁のいい香りが漂っている。この空間、好きなんだよね。
「クルルル!カトゥーオ!ブンコ!」
「あら、この食材エルヤちゃんのところにもあるの?これは海で採れるものね〜」
「クルルル!」
やがて、うどんが目の前に置かれた。甘い汁をたっぷり含んだ揚げが黄金色のお汁の上でキラキラと輝いている。小口ネギの緑が鮮やかだ。フワリと漂う出汁の香りが鼻腔をくすぐる。汁を一口飲めばカツオと昆布が口に広がる。モッチリとして歯ごたえのある麺を啜ると小麦の香りが鼻に抜けていく。
「どう?エルヤちゃんの口に合うかしら?」
キサラさんが、エルヤちゃんに話しかける。
一方のエルヤちゃんは…
「…」
あれ?口に合わなかったかな?
「ク…」
「く?」
「クァァァァァァ!!!!!!」
「エ、エルヤちゃん?!」
「オイシイィィ!!ハジメテ!!!オイシイ!!!ウドン!!!スゴイ!!!!」
すごく気に入ったみたいね、良かった。
エルヤちゃんは、しばらく食事を楽しみたいと、キサラさんのトコロでお手伝いする事になった。帰る時にはレシピを沢山お土産に持っていくことだろう。
「これを以って、異世界人アルルトゥ・エルヤの報告とする」
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