第2話 吸血姫エリゼの場合

「我は吸血姫エリゼ…エグリダーシュ魔王国の王女だ」

「ふむふむ、エグリダーシュ魔王国…エリゼさん…と。それで、ここに来る前の事は思い出せますか?」

「ここに来る前…?」

「あ、無理して思い出そうとしなくて大丈夫ですよ。たぶん一時的に記憶が混乱していると思いますので」

「そうか…そなたは何者だ?」

「私はハルカと言います。ここは裏日本と呼ばれる場所で、エリゼさんが住む世界とは別の次元にある世界です」

「は?」

「うん、反応はいいですね。皆さん最初はそんな感じで信じられないんですよね〜。わかります。わたしも落ちてきた人間なので」

「…その落ちるとは?」

「この世界に来ちゃう人の事です。ある日空に穴が空いて、色んなものが落ちてくるんです。そして、その中には生物も含まれます。その落ちてきた生物の中で対話が可能な種を『落人おちびと』って呼ぶんですよ」

「…つまり、我も落ちてきたと?」

「そうなりますね〜」

「信じられぬ…」

「最初はそんなモンです。とりあえず、ここの生活に慣れることを考えて下さい」

「なんじゃと?」

「うんと、エリゼさんはまだ本調子じゃないんです。それに、落ちてきた世界を探してつなぎ直すのに時間が少し必要なんですよ。戻るためにも、まずはしっかり身体を治してもらわないとダメなんです」


いきなり「異世界です!」って言われて信じられる人間なんてほぼ居ないよね。なので、信じさせることに注力するより身体の状態を良くするほうが先決なのだ。


何せ、落人の身体はこの世界に馴染んでいない。未知のウィルスで命を落としたり、逆にウィルスをばら撒く可能性だってあるのだ。

それに、落ちた衝撃で身体もダメージを負っている。なんの力が作用するのかはわからないが、高所から落ちても何故か怪我の一切は無い。その代わり生命力が落ちてしまう。


そうなると、病気にもなりやすくなるし怪我も治りにくくなってしまう。

まずは、心を落ち着けつつ生命力の回復と、この世界用の免疫をつけてもらわねばならないのだ。


◇◇◇◇◇◇◇


「エリゼさん、お加減はどうですか〜?」


エリゼさんが落ちてきてから3日が経った。

この頃には、大抵の人は落ち着いてくる。流石に3日も過ごせばどんな場所だって慣れてくるのだ。…衣食住が満足なレベルであれば。


エリゼさんは吸血鬼族なので、血液の摂取が必要かと思ったのだけど、普通に食物から栄養を摂取することが出来るそうだ。吸血行為は相手を支配する時や力を奪うのみらしい。


とりあえず、食事が口に合えば後は何とでもなる。エリゼさんの場合は、食事の方はクリアしたので生命力の回復も早いだろう。


「して、改めて聞くがここはどこだ?」

「えぇと、ここは『裏日本』と呼ばれています。エリゼさんが住んでいた世界とは次元の違う場所にあります」

「次元…」

「うーんと、なんて言えば良いのかな。空の星がどうしてあそこにあるかは分かりますか?」

「何を当たり前なことを…あれは夜の神の裾裳であろう?」

「あー、なるほど。それじゃ、こっちで説明しますね」


予め用意していた水を張ったボウルと、大小さまざまな玉を机に置く。


「えーと、私達の世界というのは時間の海に無数に浮かんでいるんです。この海のことを時の空と書いて『じくう』と呼びます」


「この時空にはたくさんの世界があります。エリゼさんの世界では、世の中が変わるような大きな争いはありましたか?」

「うむ、確かに過去そのような事象が起きたと聞いている。我が生を受けてからは起きてはおらぬが」

「そうなんですね。例えば、その時の勝者はどうなりました?」

「ふむ。最後の大きな戦争の勝者は我が国を興したな」

「では、敗者は?」

「とうぜん、処刑されておるよ」

「その、勝者と敗者が入れ替わった世界が存在するんです」

「なんじゃと…?」

「世界の節目の時、別の未来へ進む世界が生まれるんです。そして、そのような世界が時空には溢れています」


そう言って、たくさんの玉を浮かべます。

ボウルの中は大小さまざまな玉がひしめき合っています。


「この、別々の未来を歩む世界は反発し合ってお互いを遠ざけます。すると、弾かれた勢いで別の世界にぶつかるんです」


玉と玉が離れ、コツンと音を立てて別の玉に当たる。


「そして、こうやって別のセカイに当たると災害が起きます。小さなものから大きなものまで。軽く当たった程度では変わりませんが、大きく当たると世界同士が大災害とともに融合します。これが時空で起きている現象です」

「なんという…なんという事だ。このような事国の誰も言っておらなんだぞ!!」

「そうですね、この事実を知るのはこの『裏日本』の住人だけです」

「…それは何故だ?」

「それは…この世界はなんです」

「はぁ?」

「この世界は…そうですね。普通の世界はこの大きさだとすると、裏日本はこの程度なんです」

「なんと小さい…」


そう、裏日本は小さい。普通の世界がソフトボールなら裏日本はピンポン玉だ。

それくらい小さな世界なのだ。


「この世界は、どれほど強く当たっても融合することはありません。ですが、亀裂が入って世界同士に穴が開くことがあるんです」

「つまり、その穴に我が落ちたと…そういう事か」

「そういう事ですね。でも安心して下さい、ちゃんと元の世界に帰れますから」

「そうなのか?!」

「えぇ。この世界はなんです」


そこまで話すと、エリゼさんは黙り込んでしまいました。今日はここまでですね。

時間もいつの間にか夕方になっていました。部屋に夕日が差し込んで、全てがオレンジ色に染まっていました。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌日、エリゼさんの世界を発見したと報告がありました。


「ふむ、これならすぐにでも帰せそうじゃの」

「良かった…ではエリゼさんに話してきますね」


私がエリゼさんの所へ通っている間、玄武爺が何をしていたかと言うと…「異世界の痕跡を辿って世界を探す」という、玄武爺にしか出来ない作業。かすかな痕跡を探って、確実に落人の世界を探し当てるのが、玄武爺の凄いところなのだ。


暇な時はボンヤリとお茶飲んでるだけなんたけどね。


さて、無事に世界を見つけたのでエリゼさんに報告する。帰る世界さえわかれば、いつでも帰せるのだ。この世界はそういう世界。


「なんと…我は元の世界へ帰れるのか」

「えぇ、エリゼさんの体調も良くなってますしすぐにでも帰れますよ」

「…そうか」


おや?嬉しくは無さそうだ。

実はこういう人は珍しくない。落ちてくる人は大抵だからだ。

エリゼさんもきっと、世界に飽きているんだろう。


「戻るのはいつでも可能ですし、まだしばらくはこのままです。…ゆっくり考えて下さいね」


そう伝えて、部屋を後にした。

あとは彼女がゆっくり考えるべき問題だ。どちらに転んでも、私は私の仕事をするだけ。


わたしはそっと、空を見上げた。

遥か彼方の生まれ故郷を思って。


◇◇◇◇◇◇◇


しばらくすると、エリゼさんが完全に回復したとの連絡を受けた。

なので、玄武爺とともに意思確認へ向う。


「さて、そろそろこの部屋から出ても大丈夫ですが…この後はどうしますか?」

「…どうするとは?」

「いえ、帰られるなら今からあちらへお送りしますし、しばらく滞在するなら住む場所と仕事を斡旋させていただきます」

「我に働けと?」

「働かざる者食うべからず。お前さんが、元の世界でいかに権力を持っていようと、この世界では通用せん。お前さんがここに留まる間は、お前さんもここの住人達となんら変わらない一人の人間でしかないのじゃよ」

「一人の…」

「それで、どうされますか?」

「…滞在期限はあるのか?」

「そうさな、お前さんが元の世界に帰りたくなったらそれが期限じゃの」

「わかった。しばらくここに滞在したい。住処と仕事の斡旋を頼む」

「わかりました。それでは住民課へご案内しますね!」


こうして、裏日本に新たな住民が増えた。

名前はエリゼ・カタストフ。

職業は…


「い、いらっしゃいませ…」

「エリゼちゃん、まだ慣れへんの〜?」

「アカン、そんな急かしたら可哀想やで?」

「せやけど、客商売やからねぇ」

「まぁ、ボチボチ頑張ってもろたらええやん」


小売店「ぽんぽこ屋」の店員だ。

化け狸の姉妹アカネさんとアオバさん指導の元、まずはこの世界の人達に慣れてもらうところからエリゼさんの新しい生活が始まる。 



「これを以て、異世界人エリゼの報告とする」

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