第23話 救いようもないバカ、それがロザック王子

 結局、クリスティーヌ救出どころか、現場にたどり着くこともできないまま出戻ったロザックの前に、マルティカ達は姿を現した。


「おぉ、無事に救出を果たしたか! さすがマルティカだ!」


 その第一声に違和感を覚えた二人は、嫌悪感を露わにした。少なくても今は、誘拐されて怖い思いをしたクリスティーヌに、最大限の気遣いを見せてもらいたかった。


 マルティカはクリスティーヌの背中を押して、ロザックへ還した。今回の件で流石に愛想を尽かしたかもしれないが、これが彼女自身が望んだ立場だ。責任を持って全うしてもらいたい。


「ふん、お姉様に心配してもらわなくても、私が王妃としてフィガー王国を守ってみせますわ」


 最後までツンツンと可愛げのない態度だったが、そう言ってもらえた方が肩の荷が降りる。負けず嫌いな妹のことだ。きっと良い国になるように働きかけてくれるに違いない。


「何かあった時には遠慮なく頼って? いつでも聖女として力をお貸しいたします」

「———聖女としてでなくても、たまには顔を見せに来て下さい」


 小さく言われた言葉に、マルティカも綻ぶように笑い、手を振って別れを告げた。


「そういえば、先程の話は本当ですか? 大聖教神殿が保護してくれるって」

「聖女様が望めば、いつでも歓迎すると伺っています。もちろんテルズニアでも、その他の国でも」

「それならテルズニアに戻って頂いてもいいですか? レツァード様の容態が気になるので」


「待て! 私は認めないぞ、マルティカ」


 その一声と共に部屋全体に結界魔法が張られ、マルティカ達は足止めを喰らった。出ることができなくなった部屋で、油断した自分を大いに悔やみながら、魔法の使用者である王子を睨み付けた。


「私が何の策も立てずに、君を見逃すとでも思ったかい? あははは、そんな無能だと思われていたなんて心外だね!」


 むしろ逆だ。他国の騎士であるキドもいるのに、こんな問題を起こして、ここまで救いようもない愚か者だとは思わなかった。次第に頭まで痛くなり、視界が大きく揺れた。睡眠魔法、もしくは麻痺魔法だろうか?


「大丈夫だ、キド団長は後で丁重におもてなしをしてから帰国してもらうから。もっとも記憶操作はさせてもらうけどな」

「くっ、そんなことをしても、聖女様に何かあればタダでは済まないぞ! 大体何故そこまで聖女様に固執するんだ?」


 ロザックは大きく溜息を吐き、やれやれと軽く両手を上げた。


「元々彼女は私のだ。自分のモノを取り返そうとすることの何が悪い?」


 モノ? コイツは聖女様を人としてすら見ていないのか? こんな男に渡してはいけない。キドは力を振り絞って身体を起こしたが、思うように動けない。


「まぁさ、マルティカが私の子を孕むまで幽閉すれば、大聖教神殿も諦めるだろう! 既成事実さえ作ればコッチのもんだ!」


 鬼畜野郎め……!

 コイツだけは許してはいけない! だがキドもマルティカも、そして唯一味方になってくれそうなクリスティーヌも、すでに意識を失う寸前だった。


「さぁさぁ、早速子作りをしようとするか。マルティカに魔力封じの鎖をつけろ。万が一、暴走でもされたら困るからな」

「か、彼女に触るな、ゲス野郎」

「たかが一兵士が一国の王子に口答えをするのか? それこそ国際問題になりかねないぞ? お前の無礼の代償は、たっぷりとテルズニアに請求させてもらうからな?」


「へぇ、それじゃ小国の王子と大国の王位継承者、同じ後継者同士ならどっちが上だろうな」


 聞き覚えのある声に、マルティカの絶望で閉ざされかけていた心に光が蘇った。あのロザックに対しても臆しない、遠慮ない口調。硬く閉ざされていた扉が、ゆっくりと開いた。


「貴様……っ、レツァード! 下級兵士の分際で何を言ってるんだ!」

「アンタさ、口を開けばそればかりだな。もっと他に言うことはないのか? それに今の俺はフィガーの兵士じゃない。テルズニアのサライ王妃の養子で、アンタと同じ王族の後継者なんだよ」


 ———っ⁉︎

 まさかそのカードを切ってくるとは思っていなかった。王子の立場という切り札がなくなったロザックは、太刀打ちすることができず、狼狽えて座り込んだ。


「しかも俺とマルティカ様は、将来を誓い合った仲なんで。言質はサライ王妃に頼めば証言してくれるはずだ。ってことで、俺の大事な嫁さんを返してもらうぞ」


 厚く張られた結界を斬り砕き、床に伏せられていたマルティカに手を差し伸べた。久しぶりに見たレツァードの顔色は、決して良くはなかった。きっと無理して来てくれたに違いない。


「キド、お前はいつまで這いつくばってる気だ? テメェ程の人間が、この程度の結界でひれ伏せるなんて情けねぇな」

「くっ、中と外じゃ違うんだよ……っ!」

「分かってるよ。俺がいない間、マルティカ様を守ってくれてありがとうな」


 そしていよいよ……ロザック王子との直接対決だ。レツァードは腕を回して、大きく構えた。武器を使わないだけでも有り難いと感謝してもらいたい。


「ま、待て! 私はフィガー王国の王子だぞ? そんな私を殴ったりしたら、いくら王族とはいえタダでは済まないぞ?」

「他国からの信頼度や好感度は、テルズニアが高いんだよ。嘘と張りぼてで誤魔化し続けていた貧困国の言い分なんて、誰も耳を傾けねぇよ」


 まずは肩慣らしに、軽く腹部へ一発。半分も力を込めてないのに、随分と大袈裟に苦しむもんだと、レツァードは呆れて見ていた。まるで地中にあげられた魚のように、バタバタ足掻いて情けない。


「痛い、痛い! お父様にも叩かれたことがないのに!」

「へぇ、ちゃんと躾けられてりゃ、少しはマトモな人間になれたかもしれないのに、残念だな。しかしヒョロいな。テメェも人の上に立つ人間なら、大事な人を守れるように剣くらい振って鍛えな?」


 岩のように硬く握られた拳が、ロザックの顔面をぶっ飛ばした。骨の砕ける音、飛び散った歯の数々。原型を留めていないその姿に、誰もが呆然と眺めるしかなかった。


「すまないね、クリスティーヌ様。アンタの旦那を粉々にして」

「と、とんでもない! 丁度私も腹が立って、殴りたかったところだし」

「まぁさ、これからアンタにとって俺は義兄になる。困ったことがあれば、いつでもテルズニア王国は手を貸すから。その代わり……このクズ王子が粗相をしないように、しっかり見てやってくれ」


 この暴力の後では、ニッコリと微笑む顔も脅しにしかならない。こうして愛しい人の築年の恨みを晴らしたレツァードは、改めてマルティカの前で跪いた。


「遅くなりました。一緒に帰りましょう、マルティカ様」

「いいえ、とんでもないです。迎えに来てくださってありがとうございます、レツァード様」


 こうして二人は手を取り、再び歩き出した。


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