第22話 妹との和解、そして———……

 レツァードと出会ってから、マルティカの状況は一変した。


 不幸だと思っていた生い立ちだが、今は聖女である自分に誇りを持ち始めた。

 彼が隣にいてくれるだけで、自分が良いモノになったような気がして自信がついた。生きることに意味をもち、世界が輝き出した。


 そんな今の彼女の隣には愛しい人の姿はなかった。彼は命を賭けて守ってくれて、そして生死の淵で戦い続けている。

 そんな彼の元へ戻る為にも、早く妹を助けなければ。


「聖女様、クリスティーヌ様が幽閉されているのは、山奥の無人の小屋です。魔物も出没するし、治安はいいとも言えそうもない。他の兵士と共に向かった方がいいんじゃないんですか?」

「必要ありません。これでもレツァード様に護衛されるまでは、一人でも戦っていたので」


 このくらいの魔物は問題ない。生命力が枯渇していた時ならともかく、今は溢れんばかりの力が漲っている。キドと共に魔物を薙ぎ倒し、どんどん先へと進んだ。


 それに比べ、ロザック一行は慣れない獣道に足を取られていた。泥で足を滑らせ、情けなく音を上げて喚いていた。


「まて、マルティカ……! 君一人では、危険だ!」

「———あいつ、まだいたのか。危ないのは王子達の方です。倒しそびれた魔物に気付かれる前に、さっさと城に戻ったほうがいい!」


 キドの忠告も聞かずについてきたロザック達だったが、姿が見えなくなってきた頃「ひぃぃぃぃー……」と尻尾を巻いて逃げ出す声が響き渡った。


「———さぁ、先を急ごうか?」


 到着した目的の小屋の前で、マルティカは息を整えた。




「なぁ、この女、本当に王子の婚約者なのか? 警護も手薄で簡単に拐えたんだけど?」

「うるせぇなー、テメェは……。あぁ、間違いない。このデカい胸にエロい顔。ロザック王子の婚約者クリスティーヌだ」


 猿轡を噛まされ、ロープで縛られたクリスティーヌは身動き取れない状況に置かれていた。屈辱だ……こんな輩に不覚を取るなんて。


「これで俺達も大金持ち! 身代金をたんまり貰おうぜ、親分!」


 ———もらえるわけがないじゃない。

 以前の美貌を取り戻した姉を前に、太刀打ちできるはずがないとクリスティーヌも自負していた。そんな役立たずに身代金なんて、ケチで自己中な王子が出すとは到底思えない。

 むしろ今回の件で邪魔者が死ねば、面倒なことから解放されるとでも思ってるくらいだろう。


『つくづく男を見る目がなかったわね、私も。あんなのでも、良い男に映っていたのよね』


 でも、それはきっと姉のモノだったから。

 父親にしろ、聖女という肩書きにしろ、マルティカが持っていたものは全てキラキラしていて羨ましかった。だから奪って、奪って、奪い続けた結果がこれだった。


『私はここで死ぬのだろう。誰からも想われることもなく、いなくなって清々したと言われながら』


 諦め掛けたその時だった。勢いよく吹き飛ばされた木製の扉が、一人の誘拐犯に直撃した。壁まで吹き飛ばされた子分を見て、親分もワナワナと腰を抜かした。


「しまった、加減を間違えてしまいました。怪我はありませんか、誘拐犯さん」


 ゆっくりと入ってくる女性の姿に悲鳴を上げ、親分は子分を置いて逃げ出した。思っていたよりも小心者の誘拐犯だったらしい。


「クリスティーヌ、遅くなってごめんなさい。怪我はない?」


 姿を見せた人物に、信じられないと目を大きく開いた。何故ここでマルティカお姉様が来るのよ! 猿轡を外されたと同時に、溢れる悪意を浴びせるように吐き出していた。


「ふざけないで! 何でアンタが来るのよ! 偽善者! 私のことなんて嫌いなくせに!」


 今まで、どれだけの仕打ちを繰り返したと思っているの? 婚約者を奪い、蔑んだ言葉を投げつけ、尊厳も全部踏み躙って嘲笑ってきたのに!

 憎くて仕方ない恋敵を助けに来るなんて、頭がおかしいんじゃないの?


「そうね、私自身でも分からない。あなたからは本当に様々な仕打ちを受けたし、憎んだこともあった。でも———……」


 ———憎みきれない妹。こうして無事な姿を確認し、安堵している自分がいるとマルティカも自覚した。束縛していた縄を解き、泣きじゃくる妹を抱き締めた。


「よく頑張ったね、恐かったね」


 優しく頭を撫でられたクリスティーヌは、我慢していた感情を堪えられずにワッと泣き出した。溢れる大粒の涙が落ちる度に、二人の心に張り付いていたわだかまりや黒い感情が剥がれていくような気がした。


「離れてよ、もう……っ! アンタにだけは見られたくない!」

「うん、分かった。分かったから」


 相変わらず減らず口の減らない妹だが、目を瞑って水に流すことに決めた。こうして無事に保護した妹を連れ、一同は城へと戻っていった。

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