第20話 突然の別れ

 瘴気の沼穴に存在していた魔族の少年。少年の撃退と瘴気の浄化を果たしたマルティカ達だったが、払った代償は大きかった。


 最初に意識を取り戻したキドの目に映り込んだのは、美しさを取り戻した生命力漲る森林。そして、その奥で泣き喚きながら詠唱を繰り返す聖女の姿だった。


「聖女様……っ、一体何が」

「キド様、助けて……! レツァード様の血が、止まらないの……傷が塞がらなくて」


 一目で絶望に陥るほど満身創痍な身体。特に抉られた脇腹の傷は、一刻を争うと判断した為、持っていた最高級治癒薬ポーションを傷にぶっかけて応急処置を試みた。一時的には傷は塞がったが、下がった体温、意識は戻らないままだった。


「私を守る為に、こんなになってまで……っ! いや、いやァ……っ、助けて、助けてください……!」


 ぐしゃぐしゃになる程に泣きじゃくった顔。自分達が気を失っている間に、何が起きたのだろうと焦慮した。だが今は自責の念に駆られている場合


「大丈夫だ、俺に任せて」


 キドは首に掛けていた獣笛を鳴らし、聖獣を呼び出した。体長5メートルはゆうにある大きな鳥が舞い降りた。


「……っ、なんだ? 何が起きた?」


 ようやく目を覚ましたユーエンとリリアンも、珍しい聖獣に度肝を抜かれた。


「目を覚まして良かった。すまない、事態は一刻を争う。俺とレツァードは先に城へ戻るから、聖女様を連れて戻ってくれ」

「は? え、待て。一体何が起きたんだ?」


 だが説明をする前に、聖獣に跨ったキド達は飛び立ってしまった。残されたのは泣きじゃくるマルティカと、茫然とするユーエン達。


「えーっと、すいません……一体、俺達が気を失ってた間に何があったんですか?」


 申し訳なく尋ねたが、彼女は一向に泣き止んでくれず、途方に暮れることになった。



「それじゃ、私達が瘴気に当てられている間に、魔族の少年とレツァード先輩が戦っていたんですね?」


 やっと泣き止んだマルティカから、事情を聞いた二人は言葉を失っていた。


 正直、今回の討伐を甘く見ていた。

 フィガーでも討伐に参加したことがなかった二人だが、毎回生きて帰る聖女の姿を見ていたし、彼女でこなせることなら容易いと軽視していたのだ。


「ガラドス帝国を滅亡まで追い込んだ魔族……そんな奴が潜んでいたなんて」

「あんな濃度の高い瘴気も初めてでした。レツァード様がいなければ、誰も太刀打ちできなかったと思います」


 太刀打ちどころか、おそらく全滅だっただろう。そんな凶悪な敵相手に、瀕死とはいえ生き残ったレツァードを尊敬した。


「でも、戦闘の後意識を失って……、何度も回復魔法を唱えたけど、全然塞がらなくて」

「おそらくだけど、致死量の瘴気を浴びていたせいで生命力が落ちていたんでしょうね。けどキドの応急処置で塞がったんでしょ? きっと大丈夫ですよ」

「そうッス。とりあえず私達に出来ることは、早く城に戻ることです。無事に討伐も終えたし、戻りましょう?」


 帰りは魔物も出なかった為、一行は夜通し歩いて城へと戻った。それでも掛かった時間は丸一日を要していた。


 そんな彼女達を城門で待ち続けていたルウルが駆け寄り、マルティカを力いっぱい抱き締めた。


「マルティカ様! よくぞご無事で……!」

「ルウル……レツァード様は? 彼の容態はどうなの?」


 ルウルは苦虫を噛んだような顔で、ぐっと歯を食いしばって説明を始めた。


「まず傷の処置は無事に終わり、失った血液も補充して心拍も正常に戻ってきました。ただ———」


 知りたい、なのにその先を聞くのが怖い。

 だが、確認する責任が自分にはある。


「ルウル、教えて。レツァード様は無事なの?」

「無事です、今のところは」


 答えてくれたのは目の前の彼女ではなく、奥から姿を見せた王妃だった。ショールを羽織り、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「今のところって、どういう意味ですか?」

「彼は今、重度の瘴気を浴びたせいで昏睡状態に陥っています。身体の回復に精神が追いついていない状態と申しましょうか。けれど問題ありません。彼は前にもこのような状況に陥りましたが、無事に意識を取り戻しましたから」


 安心していいと、言うことだろうか?

 溜まっていた疲労が一気に襲い、その場に崩れるように座り込んだ。


 ———良かった、無事で……。


「マルティカ様、今回は本当にありがとうございました。相当危険な目に遭わせてしまい、本当に申し訳ないです」

「いえ、それが私の責務なので……」


 大事な人が無事なら、自分はいくら傷つこうと関係ない。そんなことより早く会いたい。立ちあがろうとするマルティカに、サライは酷な言葉を続けた。


「マルティカ様……実はあなた達が討伐に出ている間にフィガー王国から伝報が入り、すぐに戻るようにと指示がありました」


 フィガー王国から? そんなの関係ない……。自分は彼に会いたいのだ。彼が目を覚ますまで側にいたいんだ。


「あなたの妹であるクリスティーヌが、何者かに誘拐されたそうです。消息、詳細ともに不明とのことでした」


 非情な一報に視界が揺れた。

 何で……こんな時に? もう何も考えられない。一体誰が、何を目的にクリスティーヌを?


「———腹違いとはいえ血の繋がった家族でしょう? レツァードのことは私達に任せて、早くフィガー王国に戻りなさい」

「で、でも、私は……!」

「マルティカ様。あなたはそんな薄情な人間ではないでしょう? レツァードを想っているのなら、気をしっかり持ちなさい。大丈夫よ、あなたなら大丈夫」


 包まれるように抱かれた温もりは、懐かしい母のようだった。その優しさを胸に覚悟を決めた。


「フィガー王国まではキドに送らせます。疲れていると思いますが、いけますよね?」


 マルティカは力強く頷き、自らの足で力強く立ち上がった。


「———はい、心遣い感謝いたします」


 こうしてマルティカは、皆から離れて一人でフィガー王国へ戻ることになった。

 後ろ髪を引かれないのかと聞かれたら、嘘になる。だが進むしかない。信じるしかない。


 キドと共に聖獣に跨り、夜の空を舞った。


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