第16話 選択の自由、相応しい未来

 あれから晩餐会に招かれたマルティカは達は、延々とレツァードの話を聞かされることとなった。


「私はレツァードが小さい頃から目を掛けていたから、本当に息子のように思えちゃって。ほら、この子ったら無愛想でしょ? そのせいで強面に拍車が掛かって、浮いた話が全然なかったのよ?」


「———王妃、今回俺達は瘴気の浄化に来たんです。余計なことを言うのは慎んでください」

「もう、マルティカちゃんの前だからって格好つけてねぇ。あんなに可愛いかったのに、どこで道を間違えたのか……?」


 王妃のレツァードへの愛の深さが伝わってくる。

 ちなみにユーエン達は、畏まった席は苦手だと会食を辞退し、街へと遊びに行ってしまった。

 その為、王と王妃とマルティカ達という胃が痛くなる組み合わせで会食が始まったのだ。


「というよりもね、本当に事を急ぐ必要がなくなったのよ。依頼を了承してもらった頃からかしら? 徘徊していた魔物が減ったのよ」


 原因不明だと王妃は首を傾げていたが、マルティカには心当たりがあった。

 自分の浄化の作用は幸福度に比例している。レツァードと出会ってから、討伐に出なくても浄化効果が発生していることに気付いたのだ。

 だがそんなことを他の人に言えるわけもなく、黙秘したままやり過ごしていた。


「けど瘴気が完全に消えたわけじゃない———ですよね?」


 そう、重度の瘴気の奈落渦は、直接聖女が浄化に出向かなければ消えない。それに依頼では凶悪な魔物も目撃されたと報告されていた。

 王妃は小さく咳払いをし、真面目な空気を醸し出した。


「正直、レツァードが同行してくれて良かったと感謝しているわ。瘴気の奈落渦の付近で、討伐不可能の魔物に襲撃されているの」


 討伐不可能と判断されたということは、既に何人もの兵士が犠牲になったのだろう。レツァードを見ると眉間に皺を寄せて思索に更けていた。


「テルズニアの兵士ですら敵わないなら、相当な手練でなければ足手纏いになることが予測されます。魔族の可能性もあるから部隊は少鋭精鋭にしましょう。魔物の討伐は俺が指揮するんで、後の者にはマルティカ様の護衛をするように手配をお願いします」

「分かったわ。御免なさいね、本来なら自分たちで何とかしなければならないのに」


 魔物はともかく、瘴気は聖女でなければ浄化できない。頼ってもらって当たり前だ。


「ところでマルティカちゃん。あなたは最近、フィガーの王子と婚約破棄をしたじゃない? なぜ破棄になったの?」


 突然ぶっ込んだ話題になり、思わず咳き込んだ。サライ王妃……何故、このタイミングで聞くんですか? 涙目で彼女の表情が滲んで見えない。


「王子と私の妹と恋仲になったので、婚約破棄を言い渡されました。そもそも私が女として劣っていたのが原因なので、やむ得ないんですが」

「まぁ、ひどい話ね。ねぇ、あなた」

「そうだな。フィガー王国には予々かねがね物申したいことは多々あったが、ここまで酷い状況だとは思っていなかったな」

「そうよ、この際だから色々と物申しましょう? そもそも聖女様に対する待遇が酷いのよ。他の聖女の状況はご存知かしら? 一人は大神殿、もう一人は皇女として手厚くもてなされて過ごしているわ」


 ———知らなかった。

 外交が遮断されていて、そんな情報は一切聞かされていなかった。


「もしあなたが、そのままロザック王子と婚姻を結んでいたら、破談、もしくは死ぬまでフィガー王国に縛られていたでしょう。でもね、こんなことを他国の私が言っていいのか分からないけど、世界は広いの。限られた環境だけでなくもっと色んな経験を積んで、自分に相応しい選択をして欲しいわ」


 自分に相応しい選択。そんなこと考えたことがなかった。たとえ身が引き裂かれるような不遇でも、聖女だから耐えるのが当たり前だと刷り込まれていた為、考える余地もなかった。マルティカは黙り込み、自身の在り方について考えてみた。


「———すいません、今日は少し身体が堪えてきたので、お先に失礼してもよろしいですか? マルティカ様もお疲れでしょう?」


 そう言って差し伸べられた手を取って、一足先に退席することにした。


「そういえば、あなた達同室にしましたが、問題ないですよね?」


 ニコっと微笑まれて頷くことしかできなかった。ありがたい気遣いだが、プレッシャーを感じる。流石のレツァードも何か仕組まれていないよなと、不審がって顔を歪めた。


「サライ王妃、何か企んでますか?」

「あらら、何もないわよ? あなた達には末永く仲良くして欲しいと願っているだけよ?」


 怪しい、これは何かを企んでいる顔だ。

 王妃の思惑を見抜けぬまま、重い足取りでマルティカ達は部屋へと向かった。

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