第15話 深緑の国、テルズニア王国
数日掛けてようやく辿り着いた見知らぬ土地の美しさに、一行は目を奪われていた。国境沿いの丘の上からテルズニア王国が一望できる。
海のように広い湖、どこまでも生い茂る深緑の森林。とても凶悪なモンスターが徘徊しているとは思えない、生命力が満ち溢れた綺麗な国だった。
澄んだ空気が美味しい———……
マルティカは初めてのはずなのになぜか懐かしい風を感じながら、両手を広げた。
「ここが今回、瘴気浄化を依頼してきたテルズニア王国です」
関所で手続きを終えたレツァードとルウルが声を掛けてきた。これで入国できる。一行はまだ見ぬ国に足を踏み入れた。
「いやぁー……噂は
「本当ッスねー。これって木造の家ですか? 一つ一つ丁寧に仕上げられてスゴいなー」
石造りがベースのフィガー王国とは違い、綺麗に整った家が立ち並んでいた。服装も文化も違い過ぎて、まるで異世界に迷い込んだみたいだ。
「街並みもですけど、何よりも兵士への教育が行き届いていて素晴らしいです。マルティカ様への敬意がきちんとされていて合格ですね!」
来て早々城までの馬車で送迎されて、何かと手厚くもてなされて落ち着かなかった。
唯一の入国経験者であるレツァードは、代わり代わりに尋ねてくる兵士と話してばかりだった。ジッと見つめていると、マルティカの視線に気付き柔らかく笑ってくれたのが、すぐに会話に戻ってしまった。
「マルティカ様よりも業務を優先するなんて、槍でも降るんじゃないのー?」
「ユーエン様……あれが在るべき本来の姿だと思うんですが? 真面目にお仕事をされないと、国際問題に発展しかねないんじゃないんですか?」
面倒くさいことは人任せな彼に皮肉を交えて伝えたが、全く響いていなかった。
「適材適所。だってレツァードの奴、ここの王様達とも顔見知りらしいし?」
「え、そうなんですか?」
自分の知らないことを彼が知ってるのが、少しショックだった。いつだって自分が一番でありたかったのに。
「だってさ、今話してる相手のあの鎧とか勲章とか、相当階級の高い兵士だと思うよ? そんなのと対等に話すアイツは恐ろしい奴だよ」
知らなかった一面を知れて嬉しい反面、遠い人のように感じて寂しい。早くいつものように側にいて欲しいと欲を出してしまった。
そして城門に着いたマルティカたちは、その豪華絢爛さに更に言葉を失った。
格が違う……フィガー王国しか知らなかった上に、それが最上級だと思っていた自分が恥ずかしい。前にレツァードが活気がないと言っていたことを思い出して痛感した。フィガー王国は色々と遅れ過ぎだ。
「マルティカ様、遠路遥々お越し頂き、ありがとうございます。私はテルズニアの王妃サライでございます」
馬車を降りると同時に、歓迎の言葉を掛けてくれた人物に驚いた。マルティカは慌ててスカートの裾を持ち、頭を下げた。
「マルティカ・マリッシュでございます。この度はご要請頂き、ありがとうございます」
「お顔をお上げください。無理を言ってお越し頂いたのは私共です。聖女様に御足労おかけしたお詫び、どう申せば良いのいか……」
あまりに腰が低すぎる態度に、どう反応するが正解、どの反応が正解なのか分からなくなった。すると後からついてきていたレツァードが、助けるように間に入ってくれた。
「サライ王妃、お久しぶりです」
「まぁ、レツァード! 変わりなかった? 少し痩せたんじゃない? ちゃんとご飯は食べているの? また鍛錬ばかりしてるんじゃないでしょうね?」
突如始まった質問の嵐に、空気が砕けた。王妃というよりも、母親のような振る舞いに一同は唖然とした。
「ガラドスのバサラ様も心配しておりましたよ。たまにはお顔をお見せになりなさい?」
「たまにはって、この国を離れて数ヶ月しか経ってないじゃないですか? 俺のことをそんな気に掛けなくても———……」
すっかり置いてけぼりを喰らっていたマルティカ達に気付いたのか、大きく咳払いをして態度を改めた。
「すいません、紹介が遅れました。サライ王妃、彼女がフィガー王国に在籍している聖女のマルティカ様です」
背中にそっと手を添えられ、落ち着かせようとしてくれているのが伝わってきた。
「ふふ、レツァード。もう既にご挨拶は済ませましたよ? 素敵なお嬢さんですね」
「ありがとうございます。俺にとって大事な人なので、王妃にそう言ってもらえると嬉しいです」
大事な人ってところで、各自がそれぞれの反応を示した。特にサライは、ワナワナと小刻みに震え、興奮が抑えきれない様子だった。
「レツァード、あなた……結婚したの⁉︎ 私達、何も聞いてないわよ?」
「結婚はまだですが、いずれは……生涯掛けて守りたいと思っているので」
あの、そんな話、私も聞いてません……!
結婚とか、婚約とか、当分無縁だと思っていた言葉に頭がパニックになった。
「まぁー、これはお祝いをしなければならないじゃない! セバス、料理長に言って、今すぐ最高のおもてなしを用意するようにしなさい!」
どんどん大袈裟になっていく事態に、最早お手上げ状態だった。一体レツァードは何者なのだ?
「あら、マルティカちゃんは何も知らずにレツァードとお付き合いしたの? 彼は最年少で将軍補佐まで登り詰めた優秀な人材なのよ? 各国が喉から手が出るほど欲しがっている最高の軍人だったんだかから。マルティカちゃんは見る目があるわー」
———マルティカちゃん?
いや、気にするのは、そこではない。
実力の伴った人だろうとは思っていたが、予想を上回る評価に驚きを隠せなかった。そんな人が何故、下級兵士として不当な扱いを受けているの?
「フィガー王国は閉鎖的な国だから、彼の栄誉を知らなかったのね。本当に勿体無いわ」
「大袈裟です、王妃。マルティカ様もこの人の話は話半分に聞いててください……って、マルティカ様?」
色々とキャパオーバーを迎えた私は、気付けば彼に寄りかかって頭が真っ白になっていた。
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