第9話 彼の部屋で……【甘々微エロ/R−15】

 レツァードに好意を寄せる同僚リリアンの話を聞いて、モヤモヤと嫉妬塗れになったマルティカだったが、ユーエンに誘われてレツァードの部屋へ遊びに行くことになった。



「———いやいやいや、聞いてないから。マルティカ様もマルティカ様ですよ。なんでこんなスケコマシの誘いにホイホイ乗ったんですか?」


 ドアを開けた瞬間、予想だにしていなかった組み合わせにレツァードは平常心を失いそうだった。いや、むしろ面白くなかったと言った方が正しいか。

 正直気に食わなかった。自分の知らないところで他の男が近付いていることが。


 この間まで彼女の側にいたのは自分だけだったのに、イライラして止まらない。ただでさえ悪い人相が、更に険悪な形相に変わった。


「ごめんなさい、すぐに帰りますから……」

「えー、帰らないでよ聖女様。こんなムサイ男二人じゃ華がないし、一緒に話そうよー」


 そう言いながら隣に座るように招く様子を見て、流石にこれ以上は見たくないと咄嗟に手が伸びた。


「あっ、マルティカ様はここに」


 思わず掴んで、そのまま引き寄せてしまった。これじゃ、まるで嫉妬じゃないか……。下っ端の下級兵士である自分が聖女である彼女にそんな感情を抱くなんて、許されないのに。

 焦りや恥ずかしさ、身の程知らずな自分を悔やむ情けなさなど、様々な感情が入り混じって困惑した。


「ねぇねぇレツァード? 俺、一応君の上司。讃えて敬うべき俺から綺麗所を横取りするなんて、いい度胸してるねー」

「は? いや、ユーエンのことは別に。女好きのスケコマシとしか認識してねぇけど?」

「おい、コラテメェ! 聖女様の前でふざけたことを言うんじゃないぞ!」

「俺がこの国で尊敬しているのは、マルティカ様だけだから関係ない」


 ギャーギャー喚く二人を見て、思わず笑みが溢れた。


「お二人って本当に仲がいいんですね。羨ましいです」


 可愛らしく笑う彼女を見て、二人とも心臓を鷲掴みされて甘酸っぱい切なさに襲われた。反則だ、その笑顔は———!


「そうだ。羨ましいと言えば、リリアンの話を聞いてマルティカ様が触りたいって言ってたぞ?」

「あ? 何を?」

「レツァードの筋肉。俺も触ったけど、あれは興奮するよなー」


 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、ユーエンは挑発を続けた。余計なことをと睨みつけたが、視界の片隅に入り込んだ目を輝かせたマルティカに思わず顔が引き攣った。


「服の上からじゃなくて直じゃないとあの感動は伝わらないからな? ほら、脱ーげ、脱ーげ、脱ーげ!」


 止めろ止めろ、それ以上無茶を言うな?


「触ってもいいんですか?」


 だからそんな無垢な目で見ないでください……っ! 長々と唸った葛藤の末、観念したように「———どうぞ」と脱ぎだした。


 見せられた筋肉は見事に引き締まって、全く無駄がない。鍛え尽くされた肉体美に、マルティカも釘付けになった。興奮が止まらない。


「聖女様、ここも触っておき? この脇腹の筋肉もスゴいから」

「おい、止めろ。それ以上ふざけるなら、俺も黙ってないぞ?」


 側から見たら奇妙な光景だろう。

 強面の半裸の男をペタペタ触る興味津々の真面目少女。こんなの絵面、面白がらない方が勿体無い。


「そういや一緒に風呂に入った時に見たんですけど、レツァードのアレって見た目同様にデカいッスよ? コイツと付き合う女性は苦労するでしょうねー」


 流石に性に疎いマルティカも、思い浮かんだモノに恥ずかしさを隠せなかった。こんな状況で囁くなんて反則だ。見てはいけないと思いつつ、視線も下に向けられた。


「おい、ユーエン! お前!」

「えー、事実じゃん? んじゃ、俺は帰るから後はごゆっくりー♡」


 微妙な空気だけを残して、ユーエンは立ち去った。


 いやいや、こんな状態でどうしろと言うんだろう。マルティカの手は大胸筋を堪能している真っ最中だし、突き離すタイミングを完全に失ったとレツァードは嘆いた。


「あのレツァード様……これ」

「え?」


 彼女の指先が二の腕に触れ、ゆっくりと肌を這った。身体の奥が熱くなる。込み上がるモノが爆発しそうだ。


「少し、触ってもいいですか?」

「何を触るんですか! 待ってください、マルティカ様! 俺にも心の準備が!」


 そんな彼女が見つめていたのは腕の傷だった。この前の討伐で負ったポイズンウルフの噛み傷だった。


「よく見れば傷だらけ……。痛かったですよね」

「あー……、まぁ治るまでは痛いですけど戦ってる時は無我夢中だし、今まで忘れていたくらいなので大丈夫ですよ」


 顔の左頬に刻まれた傷は幼少期の古傷だし、右肩から背中に向かって裂けた大きな損傷は、ガラドスから王妃と王子を逃す際に負った傷だ。その時ばかりは死を覚悟したが、それに比べればあの程度何も問題ない。


「でも、私のせいで負った傷には変わらないですから……」


 ポイズンウルフの牙には毒感染効果があり、人によっては致命的なダメージになる場合もある。大事に至らなかったのは運が良かっただけで、万が一の事態もあり得たのだ。


「それじゃ名誉の傷ですね。誇らしいくらいです」


 彼は自慢気に笑みを浮かべたが、負わせた原因となったマルティカとしては胸が苦しい。思わず愛しさが込み上がり、自分でも気付かない間に力を入れて彼の腕にしがみついていた。


「それよりマルティカ様の方が心配なんですが、傷とか残ってないですか?」


 聖女であるマルティカには浄化魔法以外にも自然治癒が付与されていたので、よほどの負傷でない限り傷は残らないのだ。


「なので目立った傷はないんです。私だけ申し訳ないですが……」

「いや、俺は男なんでいいんですが、マルティカ様は女性ですから。その綺麗な肌に傷が残らなくて良かった」


 心配そうに目を細めるレツァードに、また胸が締め付けられた。心臓が騒がしくて、思うように息ができない。キュッと切なくなる。


「でも、もしかしたらマルティカ様の見えないところに傷が残ってるかもしれないし」


 そう言って、彼の太い指が背中をスゥ……となぞった。ゾクゾクと込み上がった感覚に戸惑いながらも、拒むことができなかった。


「俺の肌にも触れたんですから、今度は俺が確認してもいいですか?」


 か、確認って……?


「背中とか? 傷があったら困るじゃないですか」


 二の腕を掴まれ抱き寄せられたかと思ったら、そのまま腕を回されて意地悪に耳元で囁かれた。


「マルティカ様だけ楽しんで、ズルいですよ?」


 ズルいのは彼の方だ。こんな聞かれ方をしたら、断れない。マルティカは観念するようにローブを緩めた。

 上半身裸の彼の前で羽織っていた衣服を脱いで、誰にも見せたことのない部分を曝け出した。

 必死に胸元を押さえて落ちないように背中だけを見せているのだが、恥ずかし過ぎて泣きそうだ。今すぐにでも逃げ出したい。でも彼の願いなら叶えたいと、強く握り締めて必死に耐えた。


 一方、隠れていた肌を目の前にしたレツァードも、あまりの美しさに言葉を失っていた。真夜中に降り積もった新雪のような滑らかさ。触れるだけで罪になりそうな、悪いことをしている気持ちに襲われる。


「見る限り傷はなさそうですね。触れても……いいですか?」


 小さく頷いたのを見て、恐る恐る伸ばした。生まれたばかりの赤子に触れるように、優しく撫でた。その度にビクっと震える彼女に、レツァードの自制心はもう限界を超えていた。


「ん……っ、ンッ」


 もっと触れたくなって、そのまま隠された膨らみにも手を伸ばし、手のひらに包み込んだ。他の肌とは違った柔らかく沈む感触。弄るように動かすと、指と指の間に違う感触を挟み込み、思わず固まってしまった。


「んンっ、ンッ……っ!」


 クニクニと動かす度に、彼女が悶えて甘い声で啼き出す。普段からは想像できない艶っぷりに歯止めが効かなくなっていた。


『いいのか? このまま触れていても……俺なんかが彼女と一線を越えてもいいのか? 嫌なら拒むよな?』


 マルティカ様の顔も満更じゃない。おそらくこのチャンスを不意にしたら、一生童貞のままだろう。いくしかないんじゃ———っ!


 艶やかに濡れた唇を指で撫でて、他の指で顎をくいっと上げた。いけ、いけ……っ、他の男に奪われるくらいなら!


 真っ赤に肌を染めて、困った顔の彼女の全部が見たい一心で仮面を剥ぎ取った。


 レツァードしか知らない、本当の彼女———……。


「レツァード様……や、恥ずかしい」

「俺もめちゃくちゃ恥ずかしいです。けど可愛過ぎて、もう」


 首筋に顔を埋めて舌を這わせた瞬間、破壊される勢いでドアが開けられた。


「レツァード先輩、飲みましょう! ユーエン隊長が奢ってくれるらしいッスよ!」


 ———リリアンっ! しまった、鍵をかけ忘れてた!

 素顔を晒したマルティカを他の人に見せるわけにはいかず、隠すように押し倒した。この時ばかりはデカい身体に心底感謝した。


「今、筋トレしてるから後で行く! 先に行ってくれ!」

「マジですか! イジメ抜いた先輩の筋肉が目の前にあるんですか⁉︎ 触りたい、触らせて下さい!」


 来るな、来るな! こんな状況を見られたらマルティカ様の評判が下がる!


「さっさと行け! こっちに来るな‼︎」


 必死過ぎて、顔面凶悪レベルがエンカウントを突き抜けた。殺人級の恐ろしさに、流石のリリアンも引き気味に後退って出ていった。


 何がともあれ、マルティカ様のメンツは死守できた。だが油断は出来ない。さっさと服を直して送り届けなければ。


「あれ……マルティカ様?」


 下を見ると、すっかり逆上せたマルティカが気を失って倒れ込んでいた。


「マジかよ……っ、どうすりゃいいんだ?」


 一人でアタフタと焦ったレツァードは、何とか服を着せて何事もなかったかのように送り届けた。

 しかしその後、とても飲みに行く気分にはなれず、一人で悶々とした夜を過ごしていた。

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