第7話 初めての反抗

 新たな瘴気の浄化を終えたマルティカ達だったが、前回とは打って変わり、彼女達を迎えたのは不穏な雰囲気だった。


 王子の命に背いたと、大勢の兵士が城外に待ち構えていたのだ。


「お待ちしておりましたわ、マルティカお姉様。そして反逆者レツァード。何でも王子の命令を無視して、そのゴブリンの護衛を選んだとか?」


 偉そうに踏ん反ったクリスティーヌに、レツァードは不機嫌にガンを垂れた。普段の優しい彼を見慣れている分、強面に迫力が増して足が竦んだ。


「俺が命に背いた? ふざけたことを言わないで下さい。俺はこの国で一番お守りしなければならない人の護衛についただけです。それの何がおかしいんですか?」

「そもそもその考えがおかしいのよ。そんな貧相な女に守る価値なんてないでしょう? 国民を悩ませていた瘴気も片付いたし、用済みじゃなくて?」


 あー………………この女、ぶん殴りてぇー。

 本当に殴りはしないが、それほどの殺意を抱いた。


 元々マリッシュ家は子爵で、僅かな財力も権力しか持ち合わせていなかったが、聖女であるマルティカのお陰で一躍した家系だった。

 本来なら何の力もないクリスティーヌが偉そうにできるのも、全てマルティカのおかげだというのに、この女は! 恩を仇で返すとは、このことを言うのだろう。


「待って、クリスティーヌ! レツァード様は悪くないの!」


 初めて声をあげて反抗したマルティカに、クリスティーヌも他の兵士も驚いた。あのオドオドしている小動物のような聖女様が反論した?


「な、何よ、お姉様! あなたが大声をあげるなんて珍しいじゃない。声帯が死んでると思っていたけど、ちゃんと喋れるのね?」


「そんなことどうでもいい! 何で……っ、どうしてレツァード様が反逆者扱いされなければならないの? こんな素晴らしい人を罰するなんて、いくらクリスティーヌでも許さないから!」


 流石のクリスティーヌも怖じけるようにたじろいだ。あのお姉様が逆らうなんて、あってはならないことなのに!


「まぁまぁ、そうは言っても違反は違反なので。簡単に許せないんですよ、聖女様」


 そう発言したのは、クリスティーヌやロザックの護衛隊長を務めるユーエンだった。

 容姿端麗で剣聖の称号を持つ、フィガー王国の中でも数少ない実力者だ。


「そうよ! ユーエンの言う通り、王子の命令は絶対! だからその者に罰を!」

「けどさー、いつまた瘴気が発生するか分からないし、今後全部の討伐を彼に押し付ければいいんじゃないですか?」


「え……?」と、腑に落ちない、微妙な雰囲気が漂った。


「あれでもレツァードは国民から人気がありますからね。下手に処刑をして民衆の名声を下げるより、最善の選択だと思いますけど? それに言われていたじゃないですか? 聖女様の護衛は死刑宣告と同じだって。うん、立派な処罰だ」


 いや、勝手に護衛したから罰を与えるって言ってるのに、この人……頭がおかしいのだろうか?


「それともクリスティーヌ様は、ゴリラみたいなゴツい奴が四六時中一緒にいてもいいんですか? いくら強くてもヤダなぁー。クリスティーヌ様はもっとセンスのあるお方だと思っていたのに」


「センス?」

「そう。例えば……俺のような騎士とか? 一流ならばそばにおく従者も選ばないと」


 確かにユーエンの言い分は一理ある。

 腕は立っても、あんな険悪な強面兵士をそばには置きたくない。

 そもそもゴブリンのような貧相なお姉さまにこそ、お似合いな脳筋ゴリラだ。


「それなら許してあげますわ! その代わり、今後お姉様にレツァード以外の護衛は付けません。よろしいですわね?」

「いや、いやいやいや! そもそもマルティカ様は、この国の為に戦ってるのに!」


 反論しようとしたレツァードの元に、ユーエンは一瞬で距離を詰めて「しィ……」と人差し指を唇に当ててきた。


「大人しく言うことを聞きな? あの手のワガママお嬢様は、手のひらで転がした方がいいって」


 コソっと耳打ちするように言われ、喉まで出かけた暴言を飲み込んだ。この男、タイプは違うが強い。


「それと護衛だけじゃ勿体無いから、今後は兵士達に指南をつけてね? 君ってガラドスでも実力者だったんでしょ? 兵力アップの為に尽くしてねー?」


 ヒラヒラと茶化すように手を振りながら立ち去るユーエン達を見送り、マルティカ達は脱力するように項垂れた。


「く……っ、すいません、俺のせいでマルティカ様に迷惑をかけて!」

「とんでもないです。レツァード様は私の為に命に背いて下さったのですから」


 とはいえ、初めてした反抗……。

 まだ胸がドキドキして、落ち着かない。


「それより俺しか護衛できなくなって、本当にすいません。その代わり命に替えてでもお守りしますから」

「そんな気負わないで下さい。むしろレツァード様がご一緒なら、百人力ですし、心強いです」


 最悪の事態を免れたと安心しつつ、やはりクリスティーヌ達は一筋縄ではいかないと認識し直した。そして護衛隊長のユーエン、彼のことも気掛かりだった。

 果たして奴は、味方なのか敵なのか……。動向を気にしつつ、探りを入れようと思い直したレツァードだった。

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