第5話 初デート「俺だけが知ってる秘密ですね」
準備を終えたレツァードと共に、久々に城下町を散策することになったマルティカは、珍しく気持ちが浮き立っていた。
フィガー王国に生まれて十七年経つが、こんなにゆっくり見て回ったことはなかった。
『どうしよう……! 案内って何をすればいいの?』
幼少期から王子の婚約者としての王妃教育で勉強漬けの日々。そして聖女としての務めや鍛錬。思い返せば、ゆっくりと息つく暇すらなかった気がする。
その為、異性どころか友人、家族ともゆっくりした記憶がない。
『討伐に出た後も、帰還すれば疲れ果ててベッドに横になってばかりだったし。それに魔物を倒しても倒しても湧いてくるから、休む暇もなかったな……』
こうしてゆっくり出来るのが夢のようだ。そういえば、ちゃんとテーブルについて食事をしたのも
「いやー……フィガー王国って言っちゃ何だけど、王国なんて名ばかりの貧困の酷い国ですね。娯楽どころか飲食店も少ない」
少し前まであらゆる分野で発展を遂げていたガラドス帝国にいたレツァードからすれば、ツマらなく物足りなく感じるのも無理はない。
「す、すいません……っ、私がちゃんと瘴気を浄化できずに魔物が徘徊していたから。この国に活気がないのは私のせいです」
「え、いや、そんなつもりじゃ……! 正直、俺が住んでいたガラドスも活気があったというよりも、荒々しくて暴力と兵器ばかりの国だったんで! それにフィガー王国は今からじゃないんですか? これからちゃんと瘴気を浄化していけば、きっと魔物も少なくなりますから」
ニッと笑うレツァードに釣られて、マルティカも笑みを溢した。
そう、やっと一歩を踏み出せたのだ。自分も、この国も。
「それより……歩くスピード、早くないですか? 大丈夫ですか?」
「え? 大丈夫ですけど?」
「それなら良かった。ほら、俺と聖女様じゃ、かなり体格差があるから」
確かに。彼と話をするとき、首が痛くなるほど見上げてしまう。20センチ、いや30センチ以上は差があるかもしれない。それに筋肉質のレツァードと小柄なマルティカでは、子供と大人が並んで歩いているようなものだ。
「す、すいません……っ! 私、もっと早く歩きます」
「いや、そんなこと気にしないで下さい! 俺、こうして女性と歩くの初めてなんで、浮かれてるっていうか、その……楽しいです」
耳まで真っ赤にしながら照れるレツァードに、胸が締め付けられた。何だろう、この感情は……。目の前がチカチカして、眩しい。
初めて味わう感覚に、マルティカは困惑を隠さなかった。
「私もです……。こんなふうに歩くの、初めてなので」
「そうなんですか? それじゃ、これからも俺と一緒に過ごしてくれませんか? 俺もこの国で仲良くなれそうな人がいなくて、暇っていうか、悲しいっていうか」
「い、いいんですか? ぜひ、レツァード様さえよろしければ!」
思いがけない約束が叶い、胸がいっぱいだった。今日は勇気を出して訪ねて良かったと、自分を褒めてあげたくなった。最初はお礼を伝えられればと思っていたけれど、こうして一緒に街を歩いたり、話が出来て……。
「この時間が、ずっと続いたらいいのに……」
思わず呟いた瞬間、遠くから「モンスターカップルだ!」と無神経な子供の声が聞こえた。
も、モンスターカップル?
「ねぇ、お母さん! 脳筋ゴリラとゴブリン聖女だよ?」
「アンタ! 英雄様に何て無礼なことを! 申し訳ございません! どうかお許しを‼︎」
深々と頭を下げる母親を宥めながら、二人して苦笑を浮かべていた。
自分達、そんなふうに見られていたのか。
ショックを感じつつも、母親の影からしゅん……と落ち込みながら見ていた少年に、レツァードは笑い掛けて高々と抱き上げた。
「わぁああああっ! は、放せ! このゴリラ!」
「ゴリラじゃねーよ、このガキ! ほら、俺のことが気になって仕方ないんだろう? 肩車してやるから、じっとしろって」
最初は抵抗していた少年も次第に笑い声を上げて、気付けば大勢の子供達が群がっていた。
この前まで辛気臭かったフィガー王国に、活気が戻ってきた。まさにそれを実感する光景だった。
一見恐ろしい強面だが根は優しい、きっと彼ならすぐに皆に馴染むだろう。そうなれば自分は……不要な存在になるかもしれない。
せっかく生まれた温かな気持ちが、小さく消えていくのを感じながら、マルティカは諦めて眺めていた。
「ふぅー……、子供達の相手をするのも体力使うな。すいません、聖女様を置いて」
「いえ、気になさらずに……。あの、そのまま他の方と過ごしても良かったんですよ? 私のことなんて気にしないで」
これ以上の言葉を口にすると、涙が溢れそうだ。気付かれる前に顔を背けて去ろうとしたのだが、真っ直ぐに見つめるレツァードから逃れられなくて、そのまま腕を掴まれた。
「何を言ってるんですか? 今日は聖女様が案内してくれるって約束だったじゃないですか。そしてこれからも」
「レツァード様……!」
「聖女様じゃないとダメなんです。俺は聖女様がいいんです」
力強い言葉を告げられ、そのまま掴まれたまま歩き出した。触れている部分が熱を帯びる。ううん、腕だけじゃない。顔も、身体も全部、変な汗が出る。
「せ、聖女じゃなくて……」
「ん? 何ですか?」
「マルティカって、呼んで下さい」
シワを寄せがちな眉間が驚いて上がって見えたが、直ぐにクシャッと笑みを浮かべて「マルティカ様」と呼んでくれた。
「あっちに美味い飯屋があるらしいですよ? 一緒に行きませんか?」
「———はい!」
自分を選んでもらえることがこんなに嬉しいなんて。この時初めて選ばれる喜びを知った。
「そういやあの子供、何でマルティカ様のことをゴブリンなんて言ったんですか?」
「え……?」
それを本人に聞く? 気まずい雰囲気が漂ったが、当の本人は全く気付いていなかった。
「それは私が、ゴブリンみたいな容姿をしているから……」
「いや、全然ゴブリンじゃないし? そりゃ最初見た時はガリガリだったけど、今はこんなにプニプニと健康的になったじゃないですか」
そう言って、手のひらや腕をモミモミと揉み出した。こんな容易く異性に触れるなんて、レツァードは手練れなのだろうか?
「それに顔だって、せっかく綺麗なのに仮面で隠すなんて勿体無い」
「き、綺麗なんて恐れ多い……」
ずっとずっと、物心がついた時から虐げられてきた容姿。ロザックやクリスティーヌから嘲笑されてきた見た目を隠すように、気付けば仮面をつけて過ごすようになっていた。なので今更外すことなんて、簡単には出来なかった。
「けど、この前の討伐の時は外してましたよね?」
「討伐の時は他の人も戦いに集中してるから、気にならないんです。けど普段はどうしても……」
これ以上、無理を言うのは可哀想だと察したレツァードは、ポンポンと頭を撫でた。不意な行動に、またしても真っ赤に反応してしまう。
「それじゃ、マルティカの美しさを知ってるのは俺だけなんですね。ちょっと優越感。けどいつか、自信が付いて外せる日が来たらいいっすね」
彼の優しさに、再び胸が温かくなった。
いつか、そんな日が来たら———その時は。
マルティカは自覚した気持ちを胸に抱いて、歩き出した。
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