第4話 大柄強面兵士の苦悩【レツァード視点】

 王子の新たな婚約者発表という明るい話題で、久方振りにフィガー王国に活気が戻ってきた。


 ———というのは建前で、初の瘴気の浄化成功に、国民の歓喜は盛大に湧き上がっていた。

 特にガラドス帝国からきた兵士レツァードは、巨大な身体に強面というインパクトもあり、あっという間に名が知れ渡った。


「あの大きな大剣でモンスターを薙ぎ倒すんでしょ? カッコいいよレツァード様!」


「あの方のお陰で、フィガー王国も平穏を取り戻しつつあります。ありがたやァ……」


「あのガラドス帝国で高い階級の軍人を務めていたなんて……! ぜひお見知りおき願いたいです♡」


 国民の評判は上々だった。

 しかし、数日経っても遠巻きで見る観衆のみで、誰一人レツァードの元に近付く者はいなかった。


 まるで見世物小屋の檻の中に隔離された珍獣のような扱いに、流石のレツァードも心が折れそうだった。


「———別にチヤホヤされたくて、護衛したわけじゃないから」


 とは言いつつ、腫れ物に触れるような扱いは遠慮願いたい。せめて普通を所望する。


 更に追い討ちをかけるように、同じ釜の飯を食している宿舎の兵士にまで怯えられたのは、かなり堪えた。

 思うように農作物が育たなかったフィガー王国の弊害なのか、兵士達の身体付きも良くなかった為、余計にレツァードとの体格差が目立ってしまったのだ。


 自分は普通に鍛錬をしたいだけなのだが、如何なもんか……。


 そんな時、珍しくレツァードの部屋に来客が訪れた。ドアを開けると顔の上半分を仮面で覆った小柄な女性が立っていたが、誰だ?

 清掃や給仕の者にしては身なりも上物だし、振る舞いや佇まいも上品だけれども。


「レツァード様、お身体の調子はいかがですか?」


 聞き覚えのある声に、慌てて態度を改めた。

 目の前の人は、下っ端の兵士宿舎に来ていいような人物ではなかったからだ。


「聖女様……! 何でこんな所に⁉︎」


 聖女といえば、瘴気を浄化できる雲の上の存在だ。世界にも数名しか誕生していない貴重な人が、何故⁉︎


「何故って、そんな……ご迷惑でしたか?」

「いや、迷惑とかではなく、その……」


 聖女様が来ることが分かっていれば、もう少し身なりも気を遣ったのに。部屋も散らかり放題だし、服装も軽装だ。無礼にも程がある。


「気を遣わないで下さい。これをお渡しできればと思って、少し寄っただけなので」


 籠の中に入っていたのは焼きたてのパン、そして果物のジャム。香ばしいハムやソーセージなども入っていた。


「先日は護衛をありがとうございました。レツァード様のお陰で、初めて浄化に成功致しました」

「いや、礼だなんて。俺は当たり前のことをしただけなので。むしろ俺なんかよりも聖女様の方が」

「私は普段よりも調子が良いくらいでした」


 いや、あんなに枯渇寸前まで生気を失っていたのに? 

 彼女が死ぬ寸前まで干からびていたのを、この目で見ていたのだ。確かにその後は見る見るうちに生気を満たしてはいたが、それでもだ。


「聖女様は、いつもあんな討伐に参加させられているんですか?」

「え、あ……はい。それが聖女としての責務なので」


 さも当たり前のように頷く彼女が、酷く憐れに見えた。瀕死に追い込まれても尚、文句一つ言わずに偉業を成し得たのに。そんなマルティカに待ち受けていた仕打ちは婚約破棄。しかも妹に未来の王妃の立場を奪われる最悪な展開だった。


「俺が逆ギレしたせいで破棄を受け入れたみたいになってしまいましたが、聖女様は良かったんですか?」

「え? どうせ私には受け入れるしかないから……。なのでレツァード様が気にする必要は何処にもありませんよ」


 いやいや、だから何でそんなに受け身なんだ? 俺が聖女様の立場なら、間違いなくぶん殴ってボコボコにしてやるのに。むしろ優し過ぎる聖女様の代わりに、今すぐにでも殴りに行きたいくらいだ。


 そもそも、ここに来たのも理由もそうだ。俺のような一端の兵士への用なんて、侍女にでも頼めばいい。聖女様自らするなんて、おかしいだろう?


「あっ、そ、それでは……これで失礼します。お邪魔いたしました」


 不穏な雰囲気を察したのか、そそくさと去ろうとする彼女を帰したくないと、咄嗟に掴んで引き止めた。


「聖女様、もしよろしければお願いしたいことがあるんですが」

「え? な、何ですか?」


 この自己評価の低い聖女様を、少しでも笑わせたい。これが正解かは分からないが、他に方法が思いつかなかった。


「まだフィガー王国について知らないことが多いので、色々と教えてもらいたいのですが」


 変な空気が漂った。仮面をしていても分かる、困惑の表情。


「私が……ですか?」

「すっ、すいません! 嫌なら断って下さい! 俺みたいな下っ端が無礼なことを!」


 それ以前に、今までレツァードの容姿を怖がって、一緒に遊んでくれる女性なんていなかったのに……早まった、?


 こうして普通に話してくれていたから、すっかり忘れていた。大抵の女性はレツァードのことを避けていた事実を———……。


「あの、私でよろしければ、ぜひ。ご案内させて下さい」


 え……?


「いいんですか? え、聖女様はその、俺みたいな強面と歩くの嫌じゃないんですか?」


 まさか了承してもらえるとは思っていなくて、余計なことを聞いてしまった。これで嫌だと言われたら5秒で泣ける。

 しかし彼女は不思議そうに首を傾げた。


「怖くないですよ。レツァード様は鍛えられて、頼もしい存在です」


 ———天使! この人は身も心も聖女様だ。


「俺、少し支度をしてくるので、お待ち頂いてもいいですか?」

「分かりました。今日は一日お暇を頂いていたので、レツァード様のお役に立てて嬉しいです」


 少しでも笑顔にしてあげたいと思ったのに、俺の方がニヤけてしまう。ダメだ、胸が苦しくて息が出来ない。


「俺なんかじゃ、到底届きやしない高嶺の花なのに……」


 レツァードは大きく息を吸って、支度を始めた。

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