第11話 告白【甘々描写あり】

 本来なら婚約破棄を言い渡されて憐れで可哀想な立場だったマルティカだが、レツァード達のお陰で思い掛け無いサプライズを受けることになった。


「オーッホホホホ! 国民も従者達も私とロザック様を祝う為に、一生懸命準備をして下さってるのよ? こんなことなら、さっさとお姉様と婚約破棄させたら良かったわ」


 何も知らないクリスティーヌは自慢気に高笑いをしていたが、最早そんな戯言は耳に入りもしなかった。そんな風の噂で届いたクリスティーヌの言葉よりも、レツァードの約束の言葉ばかり反芻して幸せに酔いしれていた。


「今晩、マルティカ様の部屋に迎えに行くので、お待ち下さい」


 昼間の騒動の中、背後から抱き締められながら言われたが、こんなの意識しない方が難しい。そわそわと落ち着かない気持ちのまま部屋で待っていると、訪問を知らせる力強いノックが聞こえた。

 跳ね上がる心臓。上擦る声、手が震えて上手くドアノブを握らない。


 恐る恐るドアを開けると、そこにいたのは緊張で強張った顔をしたレツァードだった。


「マルティカ様、その……今日は俺なんかの為に時間を作って下さって、ありがとうございます」

「いえ! こちらこそわざわざ迎えに来て下さって、ありがとうございます」


 ギグシャクする空気の中、耐えられずに態度を崩したレツァードが笑い出す。そんな彼に釣られるようにマルティカも笑い、和やかな雰囲気が漂い出した。


「昼間はすいません。あんな状況で言うつもりじゃなかったんですが。それに大事なパーティーのエスコートも、俺なんかがすることになって」

「とんでもないです。むしろ嬉しかったです。私はレツァード様が良かったので」


 甘い雰囲気が漂う中、緊張に耐えられなくなったレツァードは、腕を差し出して促した。


「本当は今すぐ抱き締めたいくらい気持ちが高揚してるんですけど、順番を守りたいので一緒に来てもらえますか?」


 逞しい彼の腕に手を乗せ、寄り添うように歩き出した。


 レツァードが連れてきたのは、満月が綺麗に見える高台の部屋。大きな窓一面に映し出された大きな月と、ベッドまで並べられたキャンドルがロマンチックな雰囲気を演出していた。そして極め付けは部屋中に散りばめられた真紅のバラ。棘は処理されていて、手間とお金が掛かったことが容易に想像できた。


「そんなことは気にしなくていいんです。マルティカ様のような方が、俺みたいな男を選んで下さったんですから、これくらいさせて下さい。いや、むしろ……本当に俺なんかがエスコートしていいんですか?」


 きっと公な場で同伴すれば、もう否定できないだろう。だからそれは私のセリフだ。私なんかでいいのだろうか?


「俺はマルティカ様に出会う前からお慕いしてたんで。国の為に生命を懸けている聖女の話を聞いた時から、俺の命も捧げようと思っていたんです。でも実際にお会いして、もっと……」


 気持ちが溢れて、止まらくなった。

 だってこんな彼女の濡れた瞳を見て、理性なんて保てるはずがなかった。


 マルティカの小さな体を抱き上げて、真っ白なベッドに座らせた。

 月明かりだけが二人を照らす。そんな神秘的な部屋で、跪いて手の甲にキスを落とした。


「これから先、何があっても俺がマルティカ様を守り続けます。あなたがずっと笑顔でいられるように、この手をずっと放しません」

「レツァード様、嬉しいです。私もあなたのことが」

「俺もマルティカ様を、愛しています」


 そしてしばらくの間見つめあった二人は、綻ぶように笑みを交わし、距離を縮めて抱き合った。


 ドクン、ドクンと、力強くて心地の良いリズムにゆっくりと目を閉じた。


「夢みたいだ……。最初はあなたを守れるだけで幸せだったのに」

「私もです。でも、ダメですね。もっともっと欲しいと欲張りになってしまいます。私、レツァード様の笑った顔が本当に好きなのでその、笑ってくれませんか?」


 虚を突かれたレツァードは「ん?」と驚いたが、すぐに笑って頬に手を添えた。


「欲張りっていうから、もっと無理難題言われるかと思った。いいですよ、あなたが望むなら、ずっと笑っていますよ」


 だから……、そう言って耳の付け根に吐息を掛けて、唇を押し付けてきた。


「俺も、欲張りになっていいですか?」


 色気を帯びた声に、身体の奥がぞくっと震えた。心臓がもたない。頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。


 長くて太い彼の指が、ゆっくりと身体を這う。けれど優しくて、決して嫌な気配はない。存在を確かめるような愛撫に愛しさを感じる。


「くすぐったい、レツァ———……」


 最後まで名前を言い切る前に、唇を塞がれ、そのまま包まれるように後頭部を撫でられた。


 触れるだけの、重ねるだけの、ただそれだけの行為なのに……どうしてこんなに苦しくなるのだろうか?


 あまりの嬉しさに、涙が溢れた。

 マルティカはこの時初めて、生まれてきたことに感謝した。何度も死にたいと思ってきたけど、諦めなくて良かったと実感した。


「マルティカ様……俺、こんなに誰かを愛しいと思ったのは、初めてです」

「私もです。レツァード様、お願いです。何があっても、絶対に……私よりも先に死なないで下さい」


 こんな最愛の人を失うなんて、きっと耐えられない。

 だけど彼は苦笑を浮かべて「それは約束できないな」と断ってきた。


「俺はマルティカ様を守ることが一番で、あなたが危険な目に遭っていたら、自分の命なんて顧みずに飛び出します」

「そんな……」


「でも、一秒でも長くあなたのそばにいるのは俺でありたいから。もっと強くなります。ずっとずっと守れるように」


 永遠にも思えるキスを交わしあって、二人は愛を誓い合った。そして横になってしばらくして、再び口付けを重ね合った。




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