第6話

 山奥に進むと木々がより一層生い茂ってきた。鬱蒼とした森は不気味さを醸し出す。


 歩いていく内に雰囲気にのまれ、気温が低くなったように感じた。吹き出していた汗もいつの間にか引いている。


「おもしろい神主殿だったっスね!」


「そうだったな。それにしてもあの神主、いろんなことに詳しかったな……」


「薬屋の息子だったと言ってたし、俺みたいに様々な場所を歩き回ったことがあるんだろ。じいさんのことを知ってたくらいだしな」


「そういうことか。なんかそういうのいいよな」


「兄貴?」


 歩きながらサスケが聞き返すと、征司は鼻の下をかいてはにかんだ。


 歳相応の少年の笑顔だ。彼はサスケの肩に腕を回す。


「若いうちからいろんなとこ行ってさ、俺らの知らないことをよく知ってて……そういう人って生きていくの楽しそうだなって思ったんだよ。俺もそうなりたい」


「それならもうなってるじゃない」


「そうか……そうだよな……」


 小紅は征司に近づいて隣を歩いた。やや頬が染まっており、征司のことを見ようとしない。


 彼は噛みしめるようにうなずき、小紅の頭に手の平を乗せた。


「お前もだぜ、小紅。ありがと」


「別に私は何もしてないし……」


「一緒に来れて嬉しいってこと。やっぱり俺の幼馴染は最高!」


「頭さわるとお花落ちちゃうから!」


 征司は慌てる小紅に構わず、彼女の頭をなでくりまわす。


 サスケと京弥はおもしろそうに見ていたが、真っ赤になった小紅ににらみつけられて口元を押さえた。


 征司が小紅の想いに気づかずに彼女をときめかせるものだから、笑いがこみ上げてきてしょうがない。思わずニヤケてしまう。


 小紅は花が落ちていないか頭をさわった。せっかくもらった花をここで失くしたくない。植物だからいずれは枯れてしまうが、綺麗な間は癒しとしてそばに置いておきたい。


「お……お? あれ、子どもじゃないか……?」


「こんな山奥に子どもなんていないでしょ……え? 二人もいる……」


「サスケよりもずっと子どもみてぇだが着ているものは上等だな……」


「この山には山姫以外にも人外がいるってことっスかね?」


 サスケの一言に三人が一斉に振り向き、顔を青ざめさせた。


「ど、どうする!? とりあえず話しかけてみる!?」


「襲ってくるような人外だったらどうするんスか!」


 サスケが征司の腕を掴んで引き止めているが、小紅が先に歩き始めた。






 あとの三人が止めるのも聞かず、小紅は子どもの元へ歩いていく。


 彼らは水干袴を履いていた。被っている水干には紅色の菊綴がついている。


 水干なんてまた古風な格好。昔の貴族の子どものようだ。後ろでまとめた髪を二つに分けて輪を作っている少年と、顔の横にたらした髪で円を描くようにくくった少年。水干は紫と黄色の色違いだが、まったく同じ格好だ。顔もよく似ている。


 彼らは何かを探しているのか、焦った表情で茂みをガサゴソと漁っている。


「どうしたの?」


「「ひゃあ!?」」


「だ、大丈夫?」


 小紅に突然話しかけられて驚いたのか、二人は派手にとび上がって尻もちをついた。


 二人は涙目で尻をさすりながら立ち上がった。


「くぅ……! この わっぱ!! 何をするのじゃ!」


「我らが何者か知っての狼藉か……」


「わっぱって……あんたたちの方がずっと子どもじゃない」


「我らは神に仕える楽師ぞ!」


「楽師?」


 二人は胸を張ってあごを持ち上げた。身長は小紅の半分ほどしかないが、態度は大きい。


 だが、神の楽師。こんな山奥にたった二人でいるのだし、ありえる話なのかもしれない。


 旅は始まったばかりだというのに奇怪な存在にもう慣れてしまった。


「姉貴! どうしたっスか?」


「あ、うん……このコたち、神様の演奏隊みたい」


 飛び出したサスケに話すと、楽師が肩を怒らせた。髪もプルプルと震えている。


「これ童! 我らはそんなお気楽な者ではない! バカにしておるのか!」


 二人は茂みから枝を引っこ抜くと、サスケのことをつつき始めた。素早い動きで四方をみ、間髪入れずに攻撃する。彼が腕を払いのけ、煽られた振袖も枝で叩き落とした。


「いたっ。いたたたっ! なんで俺!?」


「そなたが一番届きやすいからじゃ。どうだ、参ったか?」


「大して痛くないっス────って、なんでまたつつくっスか! や、やめっ……やめろ!」






 神々の楽師と名乗った子どもはそれぞれ蘭丸らんまる蓮丸れんまると名乗った。


 頭の後ろに髪の輪っかがあるのが蘭丸、顔の横に髪の輪っかがあるのが蓮丸らしい。


 彼らは征司たちから話を聞くと、何かを思い出したような表情で拳を打った。


「おー、お主らか。そういえば見覚えがある気がするのう……」


「妙な四人組だから思い出したわい。おぬしらは何しにここへ参った」


「山姫に会いに────」


「この愚か者!」


「いだあぁっ!」


 蓮丸がバチで征司の脛を思い切り殴った。力任せにやるものだから、征司は涙目でその場で派手に飛び回って悶絶した。


「何すんだよぉ!」


「気安く山姫様に会いたいなどとぬかしおって……」


「この身の程知らずめ!」


「ちゃんと理由があんだよぉ! こいつの聴力を返してもらうの!」


 征司が脛を押さえながら指さすと、蘭丸と蓮丸は顔を見合わせた。蘭丸が背中からひょうたんを出し、掲げてみせた。


「それなら我らが奪ったぞ?」


「は?」


「神々がお通りになられた時、お主は顔を上げたじゃろう。無礼な真似をしたから我らが奪ったのじゃ。このひょうたんの中に────」


「うーし、サスケ。これでお前の耳は元通りだ」


「よかったっス!」


「何をする! 返さんか!」


 京弥はあっさりと蘭丸の手からひょうたんを奪った。ぴょんぴょんとちびっこたちが跳びはねて奪おうとするが、そこそこ長身の京弥には届かない。


 サスケも守備体勢に入った。二人の首根っこを掴んで京弥から引き剥がす。


「二人とも京弥の兄貴から離れるっス!」


「離れてもいいが……それを我らから取り上げた所で耳は元に戻らんぞ?」


「……マジっスか?」


「そうじゃ。我らがまじないを解かなければひょうたんの中身は出ないし、お主の耳は聞こえないままだ」


「ただし、我らの言う事をきくのであれば返してやっても構わない」


「本当っスか!? なんでもやるっス!」


 サスケは態度を急変させ、京弥にひょうたんを返させた。


 京弥は不服そうな顔で腕を組んだが、サスケは気づいていない。彼は二人と目線を合わせるように膝に手をついた。


「それで何をすればいいんスか?」


「蘭丸の……笛を探してほしい」


「笛?」


「そうじゃ。この辺りで落としてしまって……あれは神から頂いた特別な笛なのじゃ。失くしたと知られたらどんな目に遭うか分からん……」


「人からもらったモンを失くすなんざ、神の楽師でも中身はガキだな……」


「兄貴! 探すっスよ!」


「俺、お前の心変わりが早いところ嫌いじゃないわ」


 というわけで手分けして横笛おうてきを探すことになった。面倒な仕事が増えたとは言え、サスケの聴力には代えられない。


 山姫を探したり神々に交渉する必要が無くなったので安い仕事だ。


 手分けしてこの辺りを探ることにした。


 赤く色づいてきた低木や青々とした草木の茂み、落ちた枯れ葉の上。探す範囲が広くて大変だ。


 探している間に葉っぱが頭や服にくっついた。時々虫も。征司は腕を這っているしゃくとり虫を人差し指で飛ばした。


「でもよー蘭丸、蓮丸。聴力を奪うのは神様だと俺は聞いてたぜ。お前たちのことは知らなかったよ」


 茂みをかき分けながら征司が話しかけると、蘭丸が無愛想に答えた。


「我らも人ならざる者。人間が知らなくても不思議ではあるまい」


 子どもの姿でも中身は征司たちよりも長く生きている者たちだ。ぶすっとした顔は子どもらしくない不機嫌さを浮かべている。


「お前たちは神様とは違うのか?」


「我らが神など恐れ多い……我らはお主らの言葉で言う精霊。神がこの山をお通りになる時に、歓迎の意を込めて楽器を奏でるのじゃ」


「そこの大きいのは我らと神々が近づいたのによく気づいたのう。よく山を歩くのか?」


「それなりになー」


 京弥は茂みをのぞきながら短く答えた。


 その後も捜索範囲を広げて探し回ったが一向に見つからない。


「兄貴たちー。川っスよ川!」


 サスケは顔を輝かせ、振り向いた。


 もう諦めた方がいいのだろうか……と迷い始めた時、サスケが小さな川を見つけた。そこだけ木々に邪魔されることなく、陽光を受けて輝いている。その川の沿いには秋の花がちらほらと咲いていた。まるで絵のように美しい。


「おー本当だ」


「すごい綺麗……私、喉乾いちゃったよ」


「そういえば飲まず食わずだったな。水筒すいづつの中も空だし、休憩がてら水を頂くか」


 川は一段低い場所にあった。


 四人は川の近く下りると膝をつき、手の平を川の中に沈めた。その冷たさに驚きながら、水をすくい上げた。川底をのぞけるほど透き通っている。


 笛を探すのに夢中で忘れていたが、喉がかなり乾いている。その喉を早く潤そうと口の横がピクッと動き、口の端から一筋こぼれた。


 征司は水を一気に飲み干すと口の端を拭い、止めていた息を盛大に吐き出した。


「ぷはーっ。生き返るー!」


「この川の水は他よりも美味いな……」


 京弥は水筒の中を揺らし、川面を見つめた。流れが速い川の底には小さな丸い石がたくさん転がっている。


「この山の川は特別なのじゃ。水量も急流も多いがために何も住めないが、清さで言ったらこの国一だと思う」


 蓮丸が川の水面をなでた。隣で小紅は水をすくい、指のすき間からこぼした。


「へ~……夏だったらここで遊びたかったな」


「じゃあまた夏に来ようぜ。こんな綺麗な山だ、一度しか来ねえのはもったいないよ」


 征司は再び水をがぶ飲みしたが、小紅は”そうだね……”と小さな声で同意してほほえんだ。


 隣で聞いていた京弥は口元をにんまりと上げる。


「また来る頃にはこの中の誰かが結婚してたりして」


「けっこん!?」


「小紅にも縁談話の一つや二つは来てるだろ」


「別にないし……」


 彼女はふくれっ面でそっぽを向いた。そのふくれっ面の意味は果たして。


 京弥ははたかれた腕を手ごと袖の中に隠した。アゴをなでると口の端を上げた。


「じゃあ村に帰った頃には来てるかもな。お前の見目は悪くない。慣れた相手でないとあまり笑わないのが短所だが大した問題じゃない────冷たっ」


 京弥が水面を指先でなでていると横から水が飛んできた。まばらな前髪からぽたぽたと雫が垂れる。横をにらみつけると、征司が笑顔で後頭部をかいていた。


「いやーっ、悪りぃ。ちょっかいかけようと思ったら結構派手にかかっちまった」


「……冷てぇよ」


「そっか、なんか涼しそうでいいな。俺もついでに顔洗っちゃお」


 征司は手の平で水をすくうと思い切り自分の顔に打ち付けた。バシャバシャと勢いよく冷たい水を浴びる姿は清々しい。


「ふーさっぱりしたぜ。やっぱり俺じゃ京弥みたく水も滴るいい男にはなれないな」


「征司、髪まで濡れてるよ? 風邪引くよ」


「大丈夫大丈夫、すぐに乾くよ。小紅は心配症だなぁ」


「だって京弥より派手に濡れてるもん……」


「俺の心配は無しかよ」


「あんたはどうでもいい────って、征司何してるの!?」


 犬のように頭を振って水気を飛ばす征司に、小紅は笑った。子どもみたいにやんちゃな幼なじみから目を離せない。


 百歩譲って京弥が整った顔をしているとしても小紅は絶対に惹かれない。中身は不誠実で誰のことも好きにならない男だ。昔から村の若い女たちが彼を見ては色めき立つ姿に共感できなかった。


 三人で川のそばにいたら、後ろで華麗に着地する足音が聴こえた。


「おーい兄貴たちー。何してるんスか? 俺、もう笛見つけちゃったっスよ」


「えぇ早くね!?」


「兄貴たちが遊んでいる間に頑張ったっス」


「あ……なんかすまん」


 サスケは岩に足をかけて笛を掲げている。握った笛は黄金色で光を放っていた。


 そのそばで蘭丸と蓮丸が涙を流し、手をこすり合わせて何度も頭を下げている。サスケは腰を屈めると蘭丸に笛を差し出した。


「これっスよね?」


「そうじゃ……心から礼を申すぞ! 童」


「これで神に叱られることはなかろう……」


 蘭丸は心底ホッとしたような表情になった。相変わらず”童”呼ばわりされているがサスケは気にしていないようだ。二人が安心している姿に心から喜んでいるらしい。


「見つかってよかったっス!」


「よく見つけたなー。どこにあったんだ?」


 征司たちがサスケの元へ駆け寄ると、彼はそばの木を見上げて指さした。


「木に引っかかっていたっス。いくら地面を探しても出て来なかったからもしかして……って木に登ったっス。話を聞いたらこの二人、さっきまでケンカしていてぶとうとして笛を振り上げた瞬間にぶっ飛んだらしいっス」


 サスケは頭を下げて感謝する楽師二人の頭をなでた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る