第10話(2)凱旋

                   ♢


「あっ、いらっしゃったわね……」


 車から優雅に降りてきた最愛に魅蘭が気付く。


「ふふっ、高級車での送迎……さすがはお嬢様ね」


 恋が微笑む。


「あ、あの車ならば我が家でも、最新の車種を!」


「そういうマウントの取り合いは良いですから」


「むっ……」


 ヴィオラの言葉に魅蘭は黙る。


「……皆様、ごきげんよう」


 三人に近づいた最愛が挨拶する。


「ごきげんよう♪」


「こんにちは」


 恋とヴィオラが挨拶を返す。


「……チャオ!」


「チャ、チャオ……?」


 魅蘭の挨拶に最愛が面食らう。


「あ、今、面食らいましたわね?」


 魅蘭が最愛に迫る。


「え、ええ……」


「ノリが悪いですわ!」


「ノリ……?」


「いつもの貴女ならば、相手の鋭いシュートを弾くがごとく、今の挨拶にも間髪入れずに反応することが出来たはず!」


「そ、そうでしょうか?」


「そうでしょうとも!」


「は、はあ……」


 戸惑う最愛をよそに魅蘭が話を続ける。


「察するにまだ先の敗北を引きずっていらっしゃいますわね!」


「え……」


「一度や二度の敗北がなんです! 倒されても倒されても……それでもなお立ち上がってくるのが、溝ノ口最愛という人間でしょう⁉」


「いや、そんなに倒された経験はありませんが……」


 最愛が首を傾げる。


「とにかくそろそろ立ち直りなさい! それでもワタクシのライバルですか⁉」


 魅蘭が最愛をビシっと指差す。


「立ち直ったつもりでしたが……」


「え?」


「真珠さん、雛子さん、円さんが気晴らしに遊びに連れていって下さって……」


「そういえば、そういう画像が回ってきましたね……」


「なかなか楽しそうだったわね~♪」


 ヴィオラと恋が頷く。


「……立ち直った?」


「ええ、そのつもりですが……」


「あ、そ、そうなの……」


 魅蘭がトーンダウンする。


「あと……」


「え?」


「別に貴女とライバルのつもりはありませんが」


「ぐはっ!」


 魅蘭が倒れ込む。最愛が慌てる。


「あっ、だ、大丈夫ですか⁉」


「追い打ちをかけるなんてさすがね~♪」


 恋が悪そうな笑みを浮かべる。


「ラ、ライバルではないと……?」


 魅蘭がなんとか半身を起こす。


「大丈夫ですか? お手を……」


 最愛が手を差し伸べる。


「ふん!」


「!」


 魅蘭が最愛の手を払いのける。


「この鷺沼魅蘭、施しは受けませんわ!」


「……」


 最愛が再び手を差し伸べる。


「なんですの!」


 魅蘭が再び手を払いのける。


「………」


「なんですの⁉」


 三度手を差し伸べてくる最愛に魅蘭が声を上げる。


「……友が困っていたら、手を差し伸べる……当然のことでしょう?」


「と、友……⁉」


「ええ」


 最愛が頷く。魅蘭が顔を赤らめながら告げる。


「し、仕方ありませんわね! 手を引いてくださってもよろしくてよ!」


「……はい!」


 最愛が魅蘭の手をがっしりと掴み、引き上げる。


「……美しい友情ね……」


 恋がハンカチで目元を拭う。


「茶番でしょう」


「ヴィオラちゃん、夢がないわね~」


「恥じらいはあります。この恰好で、路上であんなことをしていたら、目立ってしょうがありません。さっさと会場に入りましょう」


 紫色を基調としたドレスの裾をちょっと持ち上げながらヴィオラが先を歩く。


「ふふん、冷静ね……」


 恋、魅蘭と最愛がそれに続く。


「……良いオペラでしたわ」


 オペラ鑑賞後、高級レストランで魅蘭はしみじみと語る。


「どういうところが?」


「へっ⁉」


 恋に問われ、魅蘭が声を上げる。


「どこがお気に召したのかなって……」


「そ、それは、スペクタクルで壮大なところですわ!」


「『アイーダ』という演目は大体スペクタクルで壮大だと思いますが……」


「へえっ⁉」


 ヴィオラの冷静な指摘に魅蘭がさらに声を上げる。恋が最愛に尋ねる。


「最愛ちゃんはどうだった?」


「ええ、ちょうど同じ楽団の同じ演目をローマで観劇したのですが……」


「へええっ⁉」


 最愛の言葉に対し、魅蘭が素っ頓狂な声を上げる。最愛はそれに構わず話を続ける。


「長旅の疲れを感じさせない、素晴らしいパフォーマンスでした……」


「刺激を受けた?」


「ええ、大いに」


 最愛が深く頷く。


「それはなにより……闘志が戻ってきたみたいだわ」


 恋がヴィオラに囁く。


「ほ、本場でオペラを観劇……ぐぬぬっ……」


「余計な闘志も湧いてしまったようですが……」


 ヴィオラが魅蘭を見ながら小声で呟く。

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