第7話(1)お嬢様、乗る

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「ふう……」


 ヴィオラがため息をつく。


「どうかされましたか?」


 最愛が尋ねる。


「いえ、キャプテンにはほとほと参りましたよ……」


 ヴィオラが額を軽く抑える。


「そうですか?」


 最愛が首を傾げる。


「そうですよ」


「何故?」


「何故って……」


「連絡を間違えたことですか?」


「ええ。それ以外にありますか?」


「本来ならば藤沢集合のところ、わたくしとヴィオラさんの二人だけ、鎌倉集合だと伝えられていたことですね」


「そうです。まったく、なんでそんな初歩的なミスを……」


 ヴィオラが腕を組む。


「……この場合、確認を怠ったわたくしたちにも非があるのでは?」


「むっ……」


「違いますか?」


「まあ、それはそうかもしれません。幸い、ここ鎌倉から藤沢までは小一時間ほどです。練習試合までは余裕で間に合いますね」


「こういうことを申してはなんなのですが……」


「はい?」


「わたくしは逆に楽しみなのです」


「楽しみ?」


 ヴィオラが首を傾げる。


「ええ、これに乗ることが出来るからです!」


 最愛が電車の車両を指し示す。


「ああ、江ノ電ですか……」


「そう! 江ノ電です!」


 最愛が興奮気味に応える。


「そ、そんなにテンションが上がりますか?」


「ええ、それはもう!」


 最愛が両手をグッと力強く握りしめる。


「ず、随分と盛り上がっていますね。確かに生粋のお嬢様にとってはあまり縁のない沿線なのかもしれませんが……」


「切符も買ってきました!」


「い、いつの間に⁉」


「ついさっきです!」


「私がお手洗いに行っている時ですか……よく買えましたね?」


「駅員さんにお聞きしました。はい、こちらがヴィオラさんの分です」


 最愛が切符をヴィオラに渡す。


「ああ、どうもありがとうございます……って⁉ こ、この切符……『のりおりくん』⁉」


「ええ、いわゆる一日乗車券というものです。これさえあれば、乗り降り自由の優れもの!」


「ど、どういうことですか⁉」


「実は百合ヶ丘さんから連絡がありまして……」


「キャプテンから?」


「はい、どうせだったらヴィオラさんと江ノ電沿線観光でもしてきたらどうかと……」


「練習とはいえ、試合前に悠長なことを……」


「駄目……でしょうか?」


 最愛が俯き加減になり、そこから上目遣いで遠慮がちにヴィオラを見つめる。


「ぐっ……」


「払い戻しとかは出来るのでしょうか?」


 最愛が切符売り場に目を向ける。


「ああ、ちょっと待ってください。ちょっとだけですよ?」


「え?」


「だから観光ですよ。大分余裕があるとはいえ、そんなに時間はかけていられませんからね」


「はい!」


「とにかく出発しましょう」


 ヴィオラたちが江ノ電に乗り込む。二人は座席に座る。最愛が端末を取り出して呟く。


「実は行ってみたい場所は既にリストアップしてあります」


「し、仕事が早いですね……」


「ざっと、百ヶ所ほどなのですが……」


「お、多すぎる⁉」


 ヴィオラがびっくり仰天する。


「? なんですか?」


「さ、さすがにそんなには回ることが出来ませんよ。今日は数ヶ所ほどに留めましょう……」


「……確かにそうですね。分かりました」


 最愛が頷く。


「分かってくれたのなら良かった……」


 ヴィオラが胸をなでおろす。由比ヶ浜駅で降りた二人はある建物へと向かう。


「……ここが鎌倉文学館です! 文豪たちの直筆原稿などが展示されているそうです!」


「建物自体も洋館に和風のエッセンスが盛り込まれて、なかなか趣がありますね……」


「我が家の別荘によく似ています」


「は、はあ……」


「ああ、数ある中でわりと小さい方のですよ?」


 最愛が屈託のない笑顔を浮かべる。


「あ、悪意のない、無自覚なマウント⁉」


 ヴィオラが困惑する。


「さて、時間的に次が最後ですね……」


「長谷寺、極楽寺と見てきましたが……たまにはこういうのも良いかもしれませんね。いつも、キャプテンに振り回されていますから……」


「ああ、この駅で降ります」


「? 鎌倉高校前?」


 二人は鎌倉高校前駅で降りると、少し歩き、ある踏切前にたどり着く。


「ここです!」


「ああ、いわゆる聖地というやつですか」


 ヴィオラが納得する。


「え? 一見なんの変哲もない踏切ですが……ヴィオラさん、鉄道にお詳しいのですか? ひょっとして……鉄女?」


「こ、今度は無自覚な煽り⁉ って、なにも知らないで来たのですか?」


「はい。なんとかの有名スポットということでしたので……」


 最愛が頷きながら呟く。


「……知らず知らずのうちに、最愛さんに振り回されている⁉」


 二人はなんだかんだで江ノ電沿線の観光を楽しんだ。その数時間後……。


「……!」


 最愛が相手の放ったシュートを防ぐ。


「最愛さん! こっちに!」


「ヴィオラさん!」


 最愛がヴィオラにボールを送る。


「ナイス! ……それっ!」


 相手をかわしたヴィオラが巧みなシュートを決める。最愛が声を上げる。


「ナイスゴール!」


「よし! 観光も良い気分転換になった……ということにしておきましょう!」


 ヴィオラは控えめにガッツポーズをする。試合はヴィオラの活躍もあって川崎ステラが勝利を収めた。これで遠征4連勝である。

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