第6話(4)お嬢様、見渡す
「しかし、恋も思い切ったことを考えるよね、神奈川遠征だなんてさ」
「ええ、そうですね」
円の言葉に最愛が頷く。
「まあ、皆で一緒に移動するのは楽しいけどね」
「はい、同感です」
「それにしても驚くべきなのは……」
「え?」
「行く先々で練習試合を組むことの出来る恋の顔の広さだよ」
「ああ、それは確かに……」
「色々と有名だって聞いていたけど、ここまでとはね」
「さすがは主将ですね」
「うん、頼れるよね」
円が頷く。
「はい」
「本当に怪我から戻ってきてくれて良かったよ……」
「ええ」
「あ、べ、別にヴィオラがキャプテンとして役不足だったとか、そういうことを言っているわけじゃないよ?」
円が少し慌てる。
「もちろんそれは分かっています」
「ああ、分かってくれているのなら良いんだけどさ……」
「……」
「でも恋が戻ってきたことは本当に大きいんだ。それは実感しているでしょ?」
「ええ、肌でひしひしと感じています」
円の問いに最愛が答える。
「あの守備能力の高さ、いるといないとではまったくの大違いだからね。さらに彼女がいることで、ヴィオラを一列前で使うことが出来る。これも重要」
円は右手の人差し指をピシッと立てる。
「ふむ……」
「ヴィオラの良さを攻撃面でも発揮させられるからね。これまではどうしても守備に能力のリソースを割かざるを得なかったから……」
「ああ……」
「そこに恋が復帰。守備のバリエーションが増えたことが大きい」
「守備のバリエーション?」
「うん、守備的に行きたいときは、恋とヴィオラを並べるという形をとることも出来るようになった。これはなかなか堅いよ」
円は右手の指を二本立てて見せる。
「なるほど……」
最愛が頷く。
「まあ、うちのチームの場合は攻撃的に行こう!っていうのが主な戦術みたいなものだから、こういう形を取ることはあまりないかもしれないけどね……」
円が苦笑する。
「そうかもしれませんね」
「ただ、戦術的バリエーションというか、オプションが増えたというのは間違いなく良いことではあるからね」
「確かに……」
「これなら……」
円が途中で話をやめる。
「? どうかされましたか?」
最愛が首を傾げる。
「い、いや、なんでもないよ……!」
「なんでもないということはないと思いますが……」
「ま、まあ、きっとその内分かるさ」
「その内?」
「そう、その内ね」
「う~ん?」
最愛が首を捻る。
「しかし、見事だね、この小田原城からの景色は!」
円は小田原城の天守閣から外を眺めて、歓声を上げる。
「ええ、小田原の街が一望出来ます」
「本当だね」
「さらに相模湾も見ることが出来ます」
最愛が海の方を指差す。
「おおっ、こうして見ると海も結構近く感じるね」
「そうですね」
「なんだか偉くなったような気分だよ」
「ふふっ……」
円の言葉に最愛が笑みを浮かべる。
「どうして城に上ろうと?」
「そうですね、やはり人の上に立つ者として、こういう光景には日頃から慣れておくべきだと家の者から言われておりまして……」
「て、帝王学⁉」
「……というのは冗談です」
「じょ、冗談なんだ。良かった……」
円が少しホッとする。
「『一国一城の主を目指せ』とは常日頃から言われています」
「や、やっぱり帝王学!」
「そういうことをお話ししたら、円さんと一緒にこの小田原のお城に上ってみたらどうかと百合ヶ丘さんからご提案を頂きまして……」
「恋から? ……なんでだろう?」
「さあ、そこまでは……」
「皆で来ても良かったと思うけどな……」
「それもそうですね」
「あははっ! 人がまるでゴミのようだ!」
「えっ⁉」
両手を広げて声を上げる円に最愛が驚く。円が慌てる。
「い、いや、これも冗談だよ⁉ 高い所に上ったときのお約束みたいな……」
「じょ、冗談ですか……」
「そ、そう、冗談……」
「結構お似合いだったかと……」
「ええ?」
「なんというか普段とのギャップがあって……『ゴミくず、虫けら』はインパクトが……」
「い、いや、そこまでは言っていないよ⁉」
円と最愛は小田原市内観光をひと通り楽しんだ。その数時間後……。
「……!」
最愛が相手の放ったシュートを防ぐ。
「最愛! こっちに!」
「円さん!」
最愛が円にボールを送る。
「はい! ……それっ!」
真珠とパス交換をした円が相手ゴール前に侵入し、巧みなシュートを決める。
「やったあ!」
「ナイスよ~円ちゃん~♪」
「恋、言いたいことは分かったよ! 相手を見下せって言うのは言い過ぎだけど、常に心に余裕を持ってプレーしろってことなんだね!」
「え? あ~そうよ、伝わって何よりだわ~」
恋はとりあえず頷いておく。試合は円の活躍もあって川崎ステラが勝利を収めた。これで遠征3連勝である。
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