第6話(3)お嬢様、歩く

「しかし、神奈川遠征とは……恋のやつも思い切ったな……」


「そうですね」


 真珠の言葉に最愛が頷く。


「まあ、その考え方は正直嫌いじゃねえが……」


「そうなのですか?」


「ああ」


「へえ……」


「なんだ、意外かよ?」


「少々……」


「そうか」


「そうです」


「ただな」


「はい」


「オレ的には言葉を言い換えた方がしっくりくるんだよ」


「言葉を言い換える?」


 最愛が首を傾げる。


「そうだ」


「どういう風にですか?」


「聞きたいか?」


 真珠が笑みを浮かべる。


「いいえ」


「そうか……って、いいえ⁉」


 真珠が驚く。


「はい、いいえ」


「や、ややこしいな……」


 真珠が戸惑う。


「いいえです!」


「強調しなくてもいいよ!」


「ああ、そうですか」


「っていうか聞きたくないのか?」


「ええ」


「なんでだよ」


「う~ん……さほど興味が無いからでしょうかね?」


「いや、かね?ってこっちに聞くな!」


「これは失礼しました……」


 最愛が軽く頭を下げる。


「い、いや、別に謝らなくても良いけどよ……」


「では、あらためて……」


「うん?」


「お聞かせくださいますか?」


「あ、ああ……」


「どうぞ」


 最愛が促す。


「そうだな、言い換えるなら、『神奈川制覇!』の方が良いな」


「……」


「………」


「…………」


「いや、そこで黙るなよ! なんか恥ずいな!」


「どういう反応をすれば良いのか分からなくなってしまって……」


「ああ、そうかい……」


「神奈川制覇ですか……」


 最愛が顎に手を当てる。


「いいよ、その辺は深く考えなくても!」


「フットサルだけで制覇するのは現実的ではないのでは?」


「マジレスすんな!」


「はあ……」


「ったく、行くぞ……」


「はい……」


「って、どこにだよ⁉」


 先を行こうとした真珠が振り返って最愛に問う。


「え?」


「ってか、ここはどこだよ⁉」


「南足柄市にある足柄古道です」


「ダシガラうどん⁉」


「あしがらこどうです。古代に東西を結ぶ街道として発展しました」


「こ、古代……」


「奈良時代には官道として整備されたそうです」


「な、奈良時代⁉」


「ええ、万葉集にはこの道のことを詠んだ歌が多く収録されています」


「それってつまり……すごい昔ってことだよな⁉」


「……そうです」


 少し間を空けてから最愛が頷く。


「あ! 今、こいつ馬鹿だと思っただろう⁉」


「いいえ」


「いいや! 絶対思ったね!」


「まあ、それはともかく……」


「話を変えるなよ!」


「この古道を真珠さんと歩いたらどうかと、百合ヶ丘さんからご提案を頂きまして……」


「恋から? どういうこった?」


「さあ……」


 最愛が首を捻る。


「お前も分からないんじゃ意味がねえな。戻ろうぜ」


「ただ……」


「ん?」


「この道にはヤマトタケルや源頼朝、徳川家康などにまつわる史跡が数多く残っています」


「……なんか、聞いたことあるようなないような名前だな……」


「後は金太郎伝説も残っていますね」


「⁉ き、金太郎って、超有名人じゃねえか⁉」


「ま、まあ、そうですね……」


「分かったぜ! この道を歩き切れば、オレも歴史に名を残せるような偉大な人物になれるってことを恋は言いたいんだな⁉」


「……おそらく」


 最愛はとりあえず頷いておく。


「よっしゃ! 先を進むぜ!」


 真珠と最愛は足柄古道を踏破した。その数時間後……。


「……!」


 真珠が相手の放ったシュートをキャッチする。


「よし! 最愛! こっちによこせ!」


「真珠さん!」


 最愛が真珠に素早くボールを送る。大柄な体格のディフェンスが真珠に体を寄せる。


「ふん!」


「⁉」


 真珠が相手のタックルを弾き返して、豪快なシュートを決める。


「よっしゃあ!」


「ナイス~真珠ちゃん♪」


「へへっ、恋! あの道を歩けってのは足腰と体幹を鍛えろってことだったんだな!」


「へ? う~ん、そうよ♪」


 恋は適当に頷いておいた。遠征2戦目、川崎ステラは連勝を収めた。

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