第7話(2)お嬢様、お参りする

「ああ! 最愛さん! ご覧になって!」


 魅蘭が興奮気味に最愛に声をかける。


「はい……」


「リアクションが薄いですわね!」


「そうでしょうか?」


「そうですわよ! 貴女、こちらがどなたかお分かり?」


「どなたって……」


「鎌倉の大仏さまですわよ!」


「それはもちろん、よく存じ上げております」


 最愛が深く頷く。


「なにか、今ひとつ感動が伝わってきませんわね?」


「そういう性格なもので……」


「むう……」


「すみません……」


 最愛が頭を下げる。


「い、いや、別に謝らなくても良いのですが……」


「はあ……」


「実はワタクシはここに一度来たことがあるのですわ」


「へえ……」


「なんとびっくりな体験が出来るのです!」


「体験?」


 最愛が首を傾げる。


「ええ!」


「そんなアトラクションじゃあるまいし……」


「もはやアトラクションを超えていますわ!」


「アトラクションを超えている?」


「ええ! そうです!」


「……よく分かりませんね」


「言うなればアブストラクションですわ!」


「……やっぱりよく分かりません」


「まあ、百聞は一見に如かず! こちらにどうぞ!」


「? 大仏さんの脇に列が出来ている?」


「少し待っていればよろしいですわ」


「ふむ……」


「……さあ、参りましょう!」


「こ、これは……」


 魅蘭に続いて、最愛が中に入った。そう、大仏の中である。


「大仏さまの胎内ですわ!」


 魅蘭が両手を広げて声を上げる。


「胎内……」


 最愛が周りを不思議そうに見回す。


「ふふっ、さすがに少しは驚いたようですわね!」


「ええ……まさか、内部に入れるとは知りませんでした」


「そういうリアクションが欲しかったのですわ!」


 魅蘭が最愛をビシっと指差す。


「はあ、そうですか……」


「しかし、こうしてみると……感じませんか?」


 魅蘭が再び両手を広げ、目を閉じて、顔を上げる。


「……何をですか?」


「一体感です」


「一体感?」


「そう、今までにない一体感です。大仏さまと身も心も一つになるような……」


「感じません」


「即答⁉」


 魅蘭が面食らう。


「全然。これっぽっちも」


「追い打ち⁉」


 魅蘭がさらに面食らう。


「申し訳ありません……」


 最愛が再び頭を下げる。


「いえ、謝る必要はありません」


「え?」


「ちょっと言ってみただけですから」


「ちょっと言ってみただけ⁉」


 今度は最愛が面食らう。


「ほう、なかなか珍しい反応ですね……」


 魅蘭が笑みを浮かべる。


「そ、それは、そんなに突拍子もないことをおっしゃられたら……」


「貴女のそういう表情を見られただけでも、来た甲斐があるというものです」


「え?」


「さあ、次に参りましょうか」


 魅蘭が最愛を促す。


「ここが銭洗弁財天ですか……」


「ええ、金運を良くして下さるという神様ですわ」


「お名前は存じ上げておりましたが……」


「まずは社務所で蝋燭とお線香を買い、ザルを借ります」


「蝋燭とお線香……」


「ええ、これをそれぞれお供えしてから、お水で銭を洗います」


「銭はさすがに所持しておりませんが……」


 最愛が困ったような表情になる。


「それはそうでしょう。いつの時代から来たのですか。硬貨でも構いません」


「さきほどの蝋燭と大仏さまの胎内に入る際に支払って、使い果たしてしまいました……」


「紙幣でも構わないそうですよ」


「そうなのですか?」


「ええ、一部だけちょっと濡らして、後はすぐに拭き取るのです。洗うときは、お金をザルの上に乗せるように」


「ふむ……」


 二人はお金を洗う。お参りを済ませた後、魅蘭が笑う。


「ふふっ、これでお互いに金運が上がりますわね」


「そうですね……」


 やがて二人は鶴岡八幡宮に参拝する。参拝を終えた後、階段の上から魅蘭が声を上げる。


「ほらっ! ここから鎌倉の街が一望できますわ!」


「ええ、まさしく壮観ですね」


「ワタクシ、決意しましたわ! かつての英雄の如く、フットサルで幕府を開きましょう!」


「ちょっと、いや、ほとんど何をおっしゃっているのか分かりませんが、意気込みは十二分に伝わってきました……」


 魅蘭の力強い言葉に最愛が頷く。その数時間後……。


「……!」


 最愛が相手の放ったシュートを防ぐ。


「最愛さん! こちらですわ!」


「それっ!」


 最愛が魅蘭にボールを送る。


「ナイスですわ! ……それっ!」


 相手の裏に抜け出した魅蘭がシュートを流し込む。最愛が声を上げる。


「ナイスシュート!」


「ふふっ! ライバルとともに、この鎌倉の地から天下取りですわ!」


 魅蘭が気炎を上げる。試合は魅蘭のゴールが決勝点となり、川崎ステラが勝利を収めた。これで遠征5連勝である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る