第16話「意地悪な女神様」

「――和輝様は、とんでもなく鬼畜だったのですね」


 そう辛辣しんらつな言葉とニコニコ笑顔を向けてくるのは、我らが女神様だ。

 俺と美奈は天界に戻ってきたのだが、月夜にやったことを女神様はちゃんと見ていたらしい。


 ちなみに、月夜はてきとーに布でくるんで、ルークに預けておいた。

 後はどうなろうと知らない。


 ――さて、それはそうと、俺はこの女神様の反応をどう捉えたらいいんだ?

 普通にこの笑顔が怖いんだが?


「殺さなければ、目をつむると言ってくださったじゃないですか」

「大丈夫です、これは文句ではありません。ただ事実を言っているだけです」


 うん、だからどう捉えたらいいんだ?

 せめて怒るか不問にするか、どっちかにしてくれ。


「えっと……美奈、戻るか?」


 女神様が何を考えているかわからない以上、俺はもう白羽のもとへ戻ったほうがいいと思った。

 美奈は一瞬ビクッとしたが、小さく頷く。

 怯えたのは、先程の月夜の件があるからだろう。


「和輝様、まだ行っては駄目ですよ?」


 しかし――女神様に引き留められてしまう。

 ひんやりとした手は気持ちいいが、女神が下界の生き物に触れていいのだろうか……?


「な、何か?」

「天界にモンスターを連れてくるなんて、とてもいい度胸をされていますね?」

「えっ……?」


 ニコッと笑みを向けられ、俺はダラダラと汗をかきながら美奈を見る。

 その腕には、ラウンドキャット――美奈は『ねここ』と呼んでいるが、ねここが抱えられていた。


 うん、忘れてた……。

 あまりにもおとなしかったので、美奈が抱っこしていても全然違和感がなかった。

 そう、まるでぬいぐるみを抱っこしているかのようだったのだ。


 おかげで、女神様がお怒りになっている。


「わざとではないので、許してもらえませんかね……?」


 決して、俺はわざと連れてきたわけじゃない。


 ……まぁ、美奈はわざと連れて来ているが、俺は悪くないはずだ。


「はぁ……仕方がありません。幸い美奈様がテイムされているモンスターなので、美奈様の必要な武器とし、見過ごしてあげましょう」


 女神様は言葉にしている通り、仕方がなさそうに溜息を吐いて、普通の優しい笑顔になった。


 多分、今美奈はテイムをしていないはずだが、そういうことにしてくれたのだろう。

 とはいえ――。


「美奈、そいつを連れて行くのは駄目だからな?」


 いくら雑魚モンスターとはいえ、俺たちが元いた世界では十分に脅威だ。

 美奈に懐いているからといって、俺の言うことは聞かないのだし、連れていけない。


「えぇ……だめ……?」


 しかし、美奈はねここを口元に抱き上げて、上目遣いで見つめてきた。

 あざといのがなんだかムカつく。


 そういえば、昔街に入る時に、剣哉に同じようなことをしていたな。

 まぁ当然、モンスターなんて連れて入ったらかなり文句を言われるので、剣哉も拒否をしていたが。


 ただ、ここで俺が拒否してしまうと、あの剣哉と同じことをやることに……。


「もしねここが他の人に見つかったら、新種として連れていかれることになるぞ?」


 一瞬、剣哉と同じことをするのは嫌だから連れていこうかと考えたが、さすがにその選択はできなかった。

 向こうには白羽だっているんだ。

 万が一でも、危険な目に遭わすことはできない。


「…………」


 美奈は悲しそうにねここを見つめる。

 見た目はほぼ俺たちの世界にいた猫で、ただ丸っこいだけだから、よほど気に入っているんだろう。

 まぁ、動画映えするモンスターではあるし……。


「女神様、このラウンドキャットから攻撃性を排除することってできますか?」


 とりあえず、女神様に交渉してみることにした。

 これで無理なら、他のモンスターたちと同じ場所に戻すしかない。


「私ではなくて、美奈様のテイムスキルで確実だと思いますが?」

「いえ、女神様にお願いしたいです」


 俺は美奈を信じていない。

 先程助けたことで、一応言うことを聞くようにはなったが、いつ牙をくかもわからないのだ。

 ましてやそれが、白羽に向いたりなんてしたら、最悪の事態になる。


 そうならないためにも、女神様に任せたい。


「……まぁいいでしょう」

「本当!?」


 女神様が頷くと、美奈が嬉しそうに声をあげた。

 これで連れていけると理解したのだろう。


 だが――。


「えぇ、断った場合、私も触手責めされるかもしれませんからね?」


 女神様はいじわるそうな笑みを浮かべながら、そんなことを言ってきた。

 絶対そんなことがないとわかっているくせに、やっぱり意地悪だ。


「和輝、触手プレイが好きだったんだ……」

「おい、美奈。勘違いするなよ? あれは月夜を足止めするためにしただけで、別に好んでいるわけじゃないからな?」


 美奈がドン引きした顔で数歩後ずさったので、俺は一応訂正をしておく。

 そんな趣味があるなら、美奈もあのまま触手の中に放り込んでいた。

 いくらテイムスキルを持つ美奈だって、そのスキルを使う暇がなければモンスターにやられてしまうんだから。


「…………」

「よしわかった、もう置いていくから好きにしてくれ」


 美奈がジト目を向けてきたので、俺は背中を向けて『ワープホール』を作り出した。


「ま、待って! だめだめ、置いて行っちゃやだぁ!」


 しかし、ここに置いて行かれるのは嫌だったらしく、美奈はギュッと俺の背中に抱き着いてきた。

 まぁ、天界に残らされると、そのまま女神様に下界へと下ろされるから嫌がっているんだろう。


「もう変なことは言わないな?」

「んっ……!」


「俺の言うことは素直に聞けよ?」

「んっ……!」


「じゃあ、女神様にねここを渡してこい」


 美奈が一生懸命頷いていることを確認した俺は、女神様のほうに行くよう指示する。

 それによって、美奈はテテテッと女神様のところに走っていき、ねここの攻撃性を無くしてもらった。


「これで爪は、和輝様たちがおられた世界の猫と変わらないですし、身体能力も変わりません。見た目はこのままのほうがいいと思いますので、あちらの世界では外に連れ出したりしないようお気を付けてください」


 別に見た目に関しては要望を言ってないんだが、もしかしたら女神様がこのまん丸フォルムが好きなのかもしれない。


「それじゃあ、次はおやつを持ってきますんで」

「えぇ、期待して――ではなくて、そんなものは不要です」


 うん、明らかに期待しているので、ちゃんと今度は持ってこよう。

 俺たちはそのまま、白羽の部屋に戻る。


 すると――

「「「――あっ……」」」


 下着姿の白羽が、目の前に立っていた。

 手にはパジャマを持っているので、着替えようとしていたのだろう。

 顔は火照ほてっているし、髪もまだ若干濡れているので、どうやら風呂に入った後だったらしい。 


 いや、うん――が悪すぎるだろ……!

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