第15話「後始末」
「――ふぅ……」
俺は美奈のもとに戻ると、息を吐いて力を抜いた。
やっとこれで気を抜ける。
ほんっと、クソ剣哉のせいで今日は凄く疲れた。
「和輝……!」
座りたい気分になっていると、俺に気付いた美奈が駆け寄ってきた。
その手には、まんまるとした猫みたいなモンスターが抱えられている。
美奈が一番最初にテイムした、ラウンドキャットという雑魚モンスターだ。
「ちゃんと、王国軍は説得できたみたいだな」
俺と剣哉が飛んでから争った、新たな形跡がない。
何より俺が戻ってきた時美奈は、嬉しそうにモンスターたちと話していたのだ。
説得できていなければ、そんな余裕がないだろう。
「そんなことよりも、お兄ちゃんは……?」
「置いてきただけで、死んではいないさ。会いたいなら、連れて行ってやるぞ?」
「いい……」
美奈は首を左右に振る。
さすがに会いに行く選択はしないか。
「じゃあ、後はこいつらをどうするかだが――」
「――和輝殿、少しよろしいか?」
モンスターたちを見ていると、背後から野太い声で話しかけられた。
振り返れば、鎧に身を包んだいかついおじさんが俺を見据えている。
確か名前は、ロベルト・ルークだったか?
王の側近で、アルカディア最強の剣士といわれている男だ。
こいつがいるのは、想定外だったな。
この人数にルークまでいるのなら、美奈一人ではモンスターを守れなかっただろう。
「まさか、あんたまでいるとはな。王の側近で、絶対に傍を離れなかったはずなのに、どういう風の吹きまわしだ?」
「私とて、この場にいるのは不本意だ。だが、王の命であれば仕方があるまい」
そういえば、剣哉が操っていたんだったな。
となれば、ルークを連れてくるのも当然か。
「お互い大変だな」
「ふむ……やはり、和輝殿は変わられましたな。昔は剣哉殿たちの後ろに控えておられていたのに、今ではとても凛々しく見える」
「やめてくれ、お世辞なんて。いったい何が狙いだ?」
「別に取り入ろうとして言ったことではない、素直な感想だ。まぁ、本題に入ろう」
ルークは仕方がなさそうに笑った後、ジッと俺を見つめてきた。
品定めをするかのような目だ。
俺が敵なのか、それとも味方なのかを見極めようとしているのだろう。
「我々は王より、和輝殿と美奈殿を捕らえる命を受けている。なんでも、お二人が手を組んで、世界を支配しようと企んでいるのだとか」
「はっ、なるほどね。で、それを素直に教えてどうするんだ? 俺たちが否定したところで、王の命令ならお前は俺たちを捕らえるつもりなんだろ?」
「私も、そう
おそらく、確証はなくとも、国王が操られていることに気付いているのだろう。
剣哉が思い通りに操るということは、今までとは違った言動をすることになるので、よく知っている人間なら疑っても不思議ではない。
何より、剣哉自身が先程失言をしているのだしな。
「だからと言って、俺が言ったことを
「判断材料にはさせて頂く。その上で和輝殿たちが正しいと思うなら、少なくとも私は貴殿を信じよう」
ルークはまっすぐな目で、俺を見つめてくる。
あまり関わりはなかったが、芯がある男だとは思う。
俺を信じると言った以上は、本当に俺たちが正しいと思えば信じてくれるだろう。
だが正直、俺はこの世界のことなんてどうでもいい。
ただ、俺たちがやることを邪魔さえしなければいいのだ。
だから無視することもできるが――剣哉の思い通りにさせておくのは、面白くない。
「剣哉は女神様から、相手を『魅了』する力を貰っている」
俺は他の人間には聞こえないよう、ルークにだけ耳打ちをする。
下手に広めてしまえば、剣哉が『魅了』のリスクに気付いてしまう。
それではつまらないので、奴を泳がせておきたい。
ルークほどの人間であれば、話すべき相手をしっかりと見極めるだろう。
「先程操ると言っていたのは、その力か……。となれば、やはり王は……」
「あぁ、間違いない。だけど、『魅了』は一人にしかかけることができず、別の誰かにかけた場合は、先にかかっていたほうの『魅了』が解ける。そしてこれはおそらくだが、『魅了』されている間の記憶はないだろうな」
素に戻った月夜が、『魅了』のことを剣哉に指摘していないようなので、多分あっている。
いくら剣哉に従順な月夜でも、操られていた記憶があればそのことを剣哉に言うだろうし、そうであれば剣哉は、月夜の『魅了』が解けていることに気付くだろう。
その様子がない以上、記憶はないと考えるべきだ。
「別の人間に『魅了』をかけさせる以外に、解除方法はないのか……?」
「俺は知らないな」
女神様に聞けばわかるだろうが、わざわざそこまでしてやるつもりはない。
「くっ……そうなれば、こちらで方法を模索するしかないのか……。剣哉殿は、いったい何を考えているのだ……?」
「それはあんたらで探ってくれ。おそらく、あんたらのもとに戻るだろうからな。ただ――下手を打てば、国は壊滅するぞ?」
いくらルークが強いからといって、剣哉には勝てない。
そして、どんなものでも斬れるチート能力を持つ剣哉相手に、人数なんて大した有利にもならないだろう。
もしこいつらが剣哉を倒せるなら、とっくに自分たちで魔王を倒せているはずだ。
下手に捕まえようとすれば、返り討ちにあうだけだろう。
「和輝殿は、力を貸してくれないのか……?」
「忘れるな、あんたのとこの国王は、俺を馬鹿にしていたことを」
「それは……」
ルークは気まずそうに言葉を呑みこむ。
それもそうだろう。
心当たりがあるのだからな。
アルカディアの国王は、剣哉をたいそう気に入っていた。
だから剣哉というか、美奈の言うことを鵜呑みにし、俺を冷遇していたのだ。
そのことは今でも忘れていない。
「しかし、クラーラ姫は、そのようなことをしていませんので……」
クラーラ姫とは、アルカディアの姫様であり、剣哉が狙っている人だ。
確かにあの人は俺に対しても親切だった。
だがそれは、人の目があるからだろう。
裏では他の奴らと同じく、俺を卑下していたに違いない。
なんせ、あの国王の娘なのだから。
「どうでもいいが、トップである国王が俺を見下していたんだ。そんなところに力を貸すつもりはない」
「…………」
「ただ、一つだけ教えてやる。剣哉がアルカディアにいる一番の理由は、クラーラ姫がいるからだ。せいぜい操られないよう、気を遣ってやれ」
俺はそれだけ言うと、ルークに背を向けた。
これが、昔クラーラがしてくれた親切に対する、せめてものお礼だろう。
後のことは知らない。
「和輝……」
俺たちのやりとりを見ていた美奈は、『いいの……?』と言いたげな表情で俺を見上げてくる。
まぁ美奈から見れば、ルークや国王は助ける価値がある側の人間だから、気にしているのだろう。
これが一般人だったら、こいつも助けようとはしない。
そういうところを実際に見てきたんだからな。
「美奈のスキルで、このモンスターたち小っちゃくできないのか?」
「無茶言わないでよ……」
空気を変えるために聞いてみると、美奈は元気なく首を左右に振った。
さすがに無理か。
いったんこのモンスターたちを天界に連れて行く――なんてことをしたら、女神様がキレそうだな。
仕方がない、せめて昔月夜たちと行ったことがない地域で、ここと似た環境のところに連れて行くか。
そう思った俺は、美奈ともどもモンスターたちを、《ワープホール》で移動させるのだった。
ちなみにその後、月夜を助けるためには美奈の力が必要だったので、月夜のもとに美奈を連れて行くと――。
「あ、あひひ……も、もうだめ……。もう、なにも……あはは……でないから……」
汗だくで白目を剥き、あヘ顔になっている月夜を見て、美奈が心底ドン引きしたように俺を見てきたのだった。
うん、絶対今、美奈の中で俺の株が落ちたな。
まぁ気にしないのだが。
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